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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ヂヒギ村の惨劇(白色を纏う亡霊)――
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滋養強壮で肉を食う①


 リヒトは門の外で待っていたが、あたしを見るなり盛大に舌打ちをした。


「生きる希望を与えてどうする」


 聞いていたのかよ。

 と思いながら、無視して横を通り抜ける。

 リュックを隠している場所へ向かうと、二メートルほど距離をとってリヒトがついてきた。


「本当の事を言えばいいものを。あいつらが望んでいた言葉通りに答えやがって、馬鹿が」


「別にいいだろ。…村長たちに借りがあっただけだ。それを返したんだよ」


「借り?」


「あたしにとっては重要だった、としか言えない」


 草の隙間に置いていたリュックは無事だ。持ち上げようとしたが、身体に響く。

 重い……筋力が使い物になってないな。体力も限界に近い、もう当分戦闘出来ないぞ。

 さっさと飯食って寝よ。


 リュックを背負おうとしたら、リヒトがサッとあたしからリュックを奪う。

 驚いて目を開くと、ごみを見るような目で毒づかれた。


「ったく。貸せ。この生きる屍が」


「死んでねぇよ! リュックを返せ」


「治療をしたいんだろ。最初に野宿した場所まで行くぞ。ついてこい」


 さっさと歩き始めた。あたしは片手で顔を覆う。

 体がボロボロなのがモロバレだったようだ。

 リュックを返してもらおうと追っかけるが、リヒトに追いつけない。


 くっそ。

 あたしの足いいいいいいっ!


 毒づきながら追いかけると、森の中腹で日が完全に沈んだ。黄昏が過ぎ去った時刻になり、最初に野営したポイントに到着する。


 リヒトが野営の準備で、焚火を作ったところだった。

 あたしは背中で汗をかきながら、近くの木に腕を置き、体重をかけて呼吸を整える。


 呼吸も辛いぞ。肺も損傷したか? 

 ああもう、くっそ。追いつけなかった。

 しかももう準備してるし!


「準備、あとは、何が残ってる?」


 呼吸が整ったので焚火に歩み寄る。リヒトは倒れていた大木を運んで焚火の近くに置いた。椅子に使うようだ。

 リヒトは指で大木を示す。


「黙れ重傷人。大人しくここに座ってろ」


「野営の準備くらい出来るんだが」


「今は座れ。火の番をしろ」


 そういえば焚火の火が小さい。

 あたしは大木に腰を下ろして、横に置かれている小枝を入れながあ、火の高さを調節した。


 リヒトは焚火から少し離れたところに置いているリュックから、折り畳み式のバケツを取り出した。

 水を汲みに行くんだな。

 一キロくらい離れた場所に川が流れていたはずだ。あたしは立ち上がる。


「よし。あたしが」


「水汲もうとしてまた骨拾ってくるんだろ犬みたいに。ふざけるなよ。犬なら犬でそこで大人しく座ってろ駄犬が! 準備の邪魔すんじゃねーよ!」


 急に罵倒された。

 準備するだけで、なんで怒鳴られるんだよ!?


「なんなんだよ一体! 怪我してるけど動けるぞ!? 変な気を使わないでくれ!」


 リヒトから白い目で見られた。


「あばら折って呼吸苦しいの隠してるだろ。お前の大丈夫は全く信用できない」


「なぜわかった!」


「呼吸音がおかしいんだよ! お前が今やることは回復薬飲んで休むことだ! 倒れる可能性があるなら大人しくしてろ!」


 倒れる可能性があるので、言い返せない。

 黙っていたら、それみたことか、と鼻で笑って準備に戻るリヒト。

 気が引けるので手伝おうとすると睨まれた。仕方なく回復薬を飲んで座っている。

 結局、野宿準備を押し付けてしまって、居心地が悪い。


 あたしはがっくりと肩を落とす。自分に出来ることは何かと考えて、警戒網を広げる。

 

 毒霧が消えて二日目くらいになるかな。森の中に生物の気配が戻ってきている。

 この分だと、一週間もすれば小動物も戻ってきて、妖獣や猛獣も戻ってくるだろう。


 あたしが動けない間、厄介な猛獣が現れなきゃいいが。

 念のために罠を仕掛けてこようかな。上手くすれば明日は肉が食べられる。


「ちょっと所用に」


「罠を仕掛けるのは止めろ」


 リヒトに冷淡に告げられ、あたしは浮かせた腰を戻した。


 そうだった。こいつは読めるんだった。

 さっきトイレは済ませてきた。くっそ。次に行きたくなった時に罠も設置しとくか。


 いや待てよ?

 そもそも、なんでリヒトが文句言うんだ? 


 野営の準備は全部リヒトがやったんだから、あたしは安全の確認と危険回避予防はをやるべきだろう? 


 そう結論付けてゆっくり立ち上がると、リヒトは眉間に皺を寄せた。


「だから」


「安心して寝る為に罠を仕掛けてくる」


 決して遊びではない。憂さ晴らしでもない。

 多少なりとも安眠できる環境にしたいだけだ。

 ここ数日、お互い睡眠がろくにとれていない。体調を崩して倒れる前に、少しでも寝られる時間は作っておくべきだ。


「あんたも寝ないといけないしさ」


「ちゃんと寝てる」


「嘘つけ」


 あたしはリヒトの顔を見た。目の下のクマが目立ってきているし、疲労感も伝わってくる。

 連日術を使っている上、夜通し見張りをしているから殆ど寝てないはずだ。休息をとらないと体力回復ができない。

 リヒトがここまで頑張っているんだから、これ以上甘えるわけにはいかない。


「災いないから休憩できるし、猛獣くらいなら罠でなんとかなる。それに携帯食料じゃ疲労回復に物足りないから、罠にかかった動物から肉を手に入れたい」


 お肉の焼けるイメージを想像すると、急速に腹が減ってくる。携帯食だけだとやっぱ足りない。


「やっぱり今食べたいから肉狩ってくる!」


 リヒトはドン引きしたように表情を引きつらせた。みるみる眉間にシワがよっていく。


「ってことで、行ってくる!」

 

 リヒトが思考している時は隙ができる。善は急げだ。


「おい!」


 リヒトが止めようと立ち上がったが、あたしの駆け出す動きに付いてこれなかった。あっという間に引き離して木々に身を隠したので、術も間に合わなかったようだ。


「だから休めと……くっそ脳筋馬鹿め!」


 片手で頭を抱えて激しく毒づいているが、無視だな!

 諦めたリヒトが座ったのを確認してから、あたしは意気揚々と森の中を走る。

 痛みなんてなんのその。獲物を求めて動くのが一番楽しいな!



 途中で薬草や香辛料を摘んだりしながら、三キロ走ったところで雌鹿を発見した。


 小振りだなー。狩ってみるか。


 気配を殺し背後から近づいて、首にナイフを投げて仕留める。頸動脈に切れ込みをいれて脈動とともに出血が止まるまで待つ。

 その後で体の状態をチェックする。変な病気持ってたりするもんな。

 とりあえずダニ、水疱、腐敗部分、化膿がない。 

 よしよし、アタリだ。


 近くに川があったのでそこで血や泥など落とす。

 また引っ張りあげて、そこで中身を傷つけないよう慎重に腹を切り開き、尿道と食道気道を切り離して結び、内臓を取り出す。


 オッケー、内臓も綺麗だな。

 妖獣は寄生虫がつきにくいんだけど、通常動物はけっこうついてたりするから。注意しないと。


 中に溜まった血を洗ったところで、背中から刃をいれて皮を剥ぎ、解体する。

 ネックやカタ、ロースとヒレ、モモを取る。二人で食べるには十分な量がとれた。

 バラとスネ面倒だったので、取るのをやめた。


 水に浸けて粗方冷えたところで引き上げる。

 肉以外はここに残して戻ることにしよう。他の動植物が食べてくれるはずだから。



 野宿場所に到着すると、リヒトはお湯を沸かしながら、焚火の明かりを頼りに、ペンを走らせて本に記入している。


 あたしの足音に気づいて顔をあげると、苦手な虫を見るような視線を送ってきた。


「マジで肉持ってきやがった」


「鹿を仕留めたから焼こうぜ!」


 あたしは一キロほどの塊に分けてから、綺麗な水で肉をよく洗い、厚めと薄めに切っておく。


 あら塩をまぶした薄い肉に、摘んだ薬草をちぎって挟み込みながら丸めて、細い木の枝に刺して串焼きにする。数は一串に六個だ。わりとでかい。


 あたし達はしばし、焼ける肉を見つめる。

 肉汁がぽたぽたと火の上に落ちる。煙と共に香ばしい肉の匂いが広がると、思わず生唾を飲んだ。


「うーん、そろそろ焼けたかな?」


 焼き具合を確認するため、ナイフで切れ目をいれた。うん。いい感じ。


「お先に」


 あたしは串焼きの肉を頬張る。


 熱々でジューシー!

 肉の甘味と塩と草の苦みバランスが丁度良い!

 毒もないし、弱った体にとって格別のご馳走だ!


「美味しい。あんたも食べなよ」


「毒見が言うなら間違いないか」


 リヒトも串焼きを食べる。

 

「……うまい」


 ゆっくりと噛みしめながら、リヒトは黙々と肉を口に入れた。一人十本は用意したので足りるはずだ。


「それはよかった」


 しばらく肉の焼ける音と咀嚼音が響く。


「あ。そろそろいいかも」


 焚き火の周りに置いた石が熱を持ったので、ナイフで転がしながら並べ始めた。それを見たリヒトが首を傾げる。


「蒸し焼き料理も食べたくてね」

 

 並べた石の上に、丸めて口を縛った大きい葉っぱを置く。中には厚めに切った肉と刻んだ甘い木の実、薬草が入っている。

 砂を満遍なくかけて放置する。地中でじっくり熱を通すタイプの蒸し焼きだ。


「出来上がるまでちょっと時間がかかるけど、明日の早朝に食べればいいかな。涼しいから腐らないでしょ」


 リヒトは砂の山を眺めながら、口元を少しだけ綻ばせた。


「そうか。楽しみだな。腐ってないことを祈る」


「だよねー。お肉美味しい。食べれるだけ食べてよ。もし残ったら適当に燻製にするから」


 焼いては食べてを繰り返し、満腹になるまで無言で食べ続けた。



読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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