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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ヂヒギ村の惨劇(白色を纏う亡霊)――
173/279

彼らが選択した惨劇⑥


 やったかなー?


 あたしが刀を引き抜くと、ぶわっと石壁の下から黒い靄が広がった。おのれぇぇぇ。と幻聴が聞こえた気がするが、黒い靄はすぐに消滅する。

 額から熱が消えた。討伐完了だな。


 時を同じくして、村人たちの顔が人に戻る。

 みな呆然としていた。その場に立ちすくんでいたり、座りこんだ者もいる。

 俺たちは、私たちは、儂らは一体。そんな声があちこちから聞こえる。

 どうやら魔王の支配が解けたようだ。これでもう襲われないよな。


「はぁ。めんどくさ」


 切っ先にべったりと血がついているので、手拭きを取り出して刀身を拭いてから鞘に納める。


 終わった、と思った途端、疲れがどっとやってきた。全身が鉛のように重くなったが、まだやることがある。石壁の下敷きになっている村人を助けなればならない。あたしは気合を入れた。


 石壁から降りて端っこに両手をかける。持ちあげるが……見た目よりもはるかに重い!

 何の成分いれてんだこれ!?

 筋力低下しているので少ししか浮かないぞ。あたし一人じゃ無理だな!


「おい! ぼさっとしてないで、石の下敷きになっているやつを助けろ! 石を動かすのを手伝え!」


 あたしが叫ぶと、村人たちは我に返る。手に持っていた武器を急いで捨てると、ふらふらした足取りのまま石壁に駆け寄り、手をかける。

 集まった村人は殆どが老人だ。若者は病に侵されていて体力がないのか、蹲ったり、気を失っている。

 正直にいえば、全く戦力にならない。


 奥義を出せばいいんだが、そうすると、あたしがガス欠を起して動けなくなる可能性がある。自分たちで救出してもらうしかない。

 こりゃ、圧死する奴ら増えそうだな。

 半ば諦めていると


「魔王は倒したか!?」


 聞きなれた声がしたので顔を上げる。

 こちらにわらわらやってくる老人に混じって、リヒトが走ってやって来た。

 そういえば、この石壁はあいつが作ったモノだったな。


「魔王は倒した。だからこの石壁どうにかしてくれ。村人が潰されてる」


「あ?」


 肩で息をしながら、リヒトが不満そうに声をあげた。面倒らしい。術を発動するのに体への負担が大きかったのかもな。だがもう一仕事してもらいたい。


「石壁壊せよ」


「あー? まぁ、もう使うことはないか」

<ゲノーモスよ。砂に還れ>


 石の塀が砂に戻る。

 潰された村人たちが砂まみれになって現れた。うめき声をあげて動けない者、軽傷ですぐ動ける者、事切れている者がいる。


 あたしは砂まみれの村人を見渡しながら、ホッとする。


「よかった。生きてるやつがいる」


「死んでてもいいだろうに」


 倒れている村人を助け起こす光景を、穢れた物を見るような目つきで一瞥するリヒト。

 あたしは首を左右に振る。


「犠牲は最小限がいいに決まってる」


「はぁ。まぁいいか。さて。依代はどこだ?」


「ええと。あれだな」


 砂が血を吸って赤く固まっている場所がある。半分だけ人の形で盛り上がっていた。あたしは顔部分の砂を払い除ける。


 額から大量出血しているナルベルトは、目を見開き、苦痛に歪んだ顔のまま絶命していた。

 胸や胴体の砂も払ってみると、体の左側が燃えたように塵になっていた。


 目を見開いているナルベルトの瞼をそっと閉じてやる。そして黙とうをした。


「すまないな。あたしの行動が軽率だったばかりに。あれだけ魔王と同化したら倒すしか手がなかった。すまないな」


 まぁ。生かして助ける、っていうのは無理だって思っていたから、精神的ダメージは全然ないけど。

 気分がいいものでもないからなー。

 丁寧に弔われることを祈っているよ。


 黙祷を終えて立ち上がると、リヒトが首を左右に振った。


「そいつが勝手に思い込んだだけで、お前に責任はない」


「そうなのか?」


 納得出来なかったので腕を組んで聞き返すと、リヒトは頷きながら


「責任はあちらにある」


 冷淡にそう告げる。

 リヒトの視線は村長達に注がれると、すぐに舌打ちした。


「もうここには用がない。出るぞ」


 思いっきり機嫌が悪くなった。

 言葉通り、さっさと踵を返して早足で門の方向へ向う。村人達の混乱や嘆きに一切目もくれず、我関せずとばかりに横を通り過ぎる。


 あたしは村長たちを一瞥する。

 シェイリーに覆いかぶされていたからダメージ受けたかもと思ったが、外傷はなさそうだ。

 村長は震えながら身を縮ませて亀のように丸くなり、医者やその助手は自分の両手で自分の肩を抱いて震えていた。


 周囲を見渡す。

 震えて泣いている老人、助けている老人や若者。叫んで半狂乱になっている老婆。遺体に嘆く老人などなど、現場は騒然としていた。


 家に籠っていた若者や、子供が窓からちらほら顔を出している。彼らは病に罹っているようで手足が黒ずんでいたが、心なしか顔色は良さそうだ。


 シェイリーが消滅し、その力で生み出された毒も消滅したのなら、病は改善するだろう。


 他にも健康そうな中年達がドアを開けて出てくる。村人達が元に戻ったと分かって出てきたっぽい。


 よし。大丈夫そうだから、村から出よう。

 あたしも災いの責任が全くない、と言い切れない立場だ。なにより、説明するのが億劫だ。混乱に乗じてこの場から逃げてしまおう。


「なんで、こんな、ことに」


 ーーーーと、思っていたのに、村長の声が聞こえて、そちらを一瞥する。


「わしは、殺した。なんで、殺したのだろう。どうして孫を、親しき友人を、どうして」


 亀のように身を縮ませているのに、視線はあたし達に向いている。

 というか、一瞥したときにうっかり目が合ってしまった。

 これ、独り言の呟きではなく、あたし達に問いかけているぞ。


「どうして……どうして……」


 村長の『殺した』は、どの事を言っているのだろうか?

 病を治そうと思って行った行為か。

 魔王の配下になって、不幸ではない同胞を片っ端から殺した行為か。


「旅の方。教えて下され。事態を納めた貴方達なら、分かるのでは?」


 村長はゆっくりと立ち上がると、幽鬼のようにふらふらこっちへやってきた。

 

 うわ。目が合ったからあたしの方へきたんだけど!

 

 悪寒を感じてあたしは村長から距離をとる。

 彼は老人だが、いざとなったらその動きは機敏だ。自分の体重で精一杯の今、他に体重をかけられたら動けなくなる。だから近づかないでほしい。


 そんなあたしの密かな焦りをよそに、村長は死人のように青白い顔のまま、助けを求めるように両手を伸ばしてジリジリと近づいてくる。


「どうして、この村は、こんなことに? あれは、ナルベルトが、いや、ナルベルトではない。あんなことをやるような若者じゃなかった。なのに、なにをやってしまったのか。でも儂らもやったことじゃ」


 恐怖演出すんじゃない!

 このまま走って逃げたいが、追ってきそうだ!


「儂らはどうしてあんな酷いことを……恐ろしいことを……。旅の方、貴女は知っておろう。あれは『災い』だったのですか?」


 事の発端は親子を殺したこと。だが、その辺はもう言っても仕方ないことだ。

 あの時は『その選択』が村にとって一番良いと思い、行動した。

 しかし、それが引き金になって三つの災いを呼び込んだことになるので、『結果だけみるならその選択が間違っていた』ってだけの話。


 あたしは説教する立場でもないし、村の惨状を悲しむ立場でもない。

 だから適当に答える。


「運が悪かっただけだ」


 薬で病気を治そうとして、必死で愛しい子に毒を盛って殺していた事実。

 魔王に操られて罪もない同胞を殺しまわった事実。


 この事実によって、ヂヒギ村の人達は後悔の念に駆られている。

 それは、あたし達が関与することではない。


「ですが。ですが、これだけの惨事、手を汚して。皆、立ち直れない。村はおしまいじゃ」


 村長を始め、周りの村人が泣き始めた。嗚咽があちこちから聞こえてくる。

 ここ数日の記憶はしっかりあるようだな。

 まぁそっちの方がいい。でないと、本当にあたしの無差別殺人事件で終わってしまう。


 リヒトは明らかに迷惑そうな表情をしたあと、能面のように無表情になって、さっさと歩いて行ってしまった。後ろから嘆願の眼差しが刺さってもあいつは微動だにしない。


 あたしもさっさと去りたかったが、村長から穴が空くほど凝視されている。

 何か言わなかったら、ずっと這いずって憑いてきそうな不気味さがある。

 自分たちで勝手にやれよ。って言いたいが、ぐっと堪えた。

 一応、村長や医者たちには地下での恩がある。

 仕方ない、気休めくらいやるよ!


「だから!」


あたし叫んだ。


「立ち直れないなら、まずは野ざらしにされている遺体を丁寧に弔って、泣きながら謝りつくせ! あいつらが一番の被害者だ! 誰かの責任にしたいなら、全部、災いのせいにするといいだろーが! あんたたちは生き残ったんだ。好きなように解釈すればいい! ここで災いが三つも起こったからこんなひどい悲劇が起こった。って言えばいい! だからもうあたしに聞くな!」


 責任は全部、魔王に押し付ければいい。存分に引き受けてくれるはずだ。

 

 村長は目を大きく見開く。

 天啓を受けたかのような表情を浮かべると、両手を握り、祈りを行った。


「そうか。そうだったか。災いが、三つも。それで、それで、こんな惨事が」


 乾いた口で喋る掠れた声が、少しだけ希望を見出したように明るい。


「災いで、わしらは同士討ちをした。だから誰も悪くない、誰も、悪くないんじゃ。誰も、悪くないんじゃ……」


 嗚咽を上げて、村人たちは泣き始める。

 誰も悪くない。災いのせいで狂ってしまっただけ。私たちに非はない。

 そう小さな声が騒めく。


「それでいいだろう。じゃぁな!」


 あたしはこの場から逃げるため速足で歩く。

 体中の骨や筋肉に激痛が走るが、この村にもうこれ以上居たくないため、とにかく早く歩いた。

 

「旅の方、ありがとうございます」


 後方から、村長の声が聞こえた。


「ごめんなさい、ありがとう」


 後方から、村長の妻や医者から声が聞こえるので。


 ーーーー無視した。




読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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