彼らが選択した惨劇⑤
息を大きく吸い込み、魔王の胸部が膨らむ。次の瞬間。
【何をやっているこのでくの坊達がああああ!】
村人に対して激しい恫喝を行った。
耳をつんざくほどの大音響が空気を振動させる。
うっわ。人が怒鳴ったとは思えない。爆音か衝撃波のような威力がある。
鼓膜を守るため、あたしは反射的に耳を塞いだ。
マズイな、眷属を使う気満々だぞ!
そう思うが、耳を塞ぐ手を離すことができない。
今は耳を守るのが一番だ。
【このガキが全ての元凶だ! 薬が体内に宿っているにも関わらず俺達を助けずのうのうと生きている。その上、嘆いている俺達を嘲笑いに戻ってきた! 許せるか!? 許せないだろう! ガキを掴まて血を絞り取れ! そして殺せえええ!】
おいおい。空評被害もいいとこだ。どこをどう考えたらそんな感想浮かぶのか分からない。
被害者面を貫き通すなんて、ふてぶてしいにもほどがある。
とか、暢気に考えている場合じゃないな。
魔王の恫喝を聞いた途端、茫然自失し戦意喪失だった村人たちが鬼の顔に変貌した。ピシっと背筋を伸ばすと、敵であるあたしを狙う。
四方八方から射殺すような視線がささってくるなぁ。うっわー。これは多いぞー。
視線で人数が把握できるが、全くもって面倒だ。
魔王だけ倒したいのに。
はぁ。眷属に手加減できないから全員殺すしかないぞ。嫌になるなぁ。
前回は人間相手に手加減をしていたから、この手を使えば勝てると思ったかもしれない。でも今度は人間でも容赦しない。あたしに危害を加える者は容赦なく切り捨てるので、そのつもりで。
同じ轍は二度と踏まないからな。
あたしは刀を構える。
「あーそー。一人じゃ倒せないから眷属使うんだな。魔王のくせにセコすぎ。正々堂々とこいよ」
視界が揺れる。重心がふらつき、頭の中で鐘が鳴ってる。
あ、しまった、まだ脳震盪起してるかもしれん。
まぁ、魔王を倒すくらいならなんとかなるだろう。
「そうだ」
「全て悪いのはあいつだ」
「殺さないと」
ざわ、ざわ、と獣のように目を爛々とさせた村人たちが、そこら辺にあった武器を持ってジリジリと寄ってくる。
逃がさないように円陣で包囲してきたな。
優位に立ったと思った魔王がふんぞり返った。憎たらしい表情からあざ笑うような表情に変わる。
【姫の命を奪ったお前を決して生かしたりはしない】
同じセリフしかないのか。聞き飽きたわ。
それにしても、足に力が入らないなぁ。胴体のダメージ考えるだけで気が遠くなる。
余計な体力を使うのはやめよう。村人や魔王がこっちに走ってくるのを待とうか。
【我の願いを邪魔する者は死ねええええええええええええ!】
魔王が全力で走って、あたしとの間合いを一気に詰めた。
わぁ。速いね!
でもこっちはカウンター狙いだから丁度いい!
魔王が両腕を振りかぶる。
あたしは刀を構えて闘気を籠め、奥義を放とうとして
ゴゴゴゴゴゴゴ
「!?」
【!?】
唐突に足元から激しい地響きが来た。
「何事だ!?」
あたしは揺れに動揺して魔王から目をそらすが、魔王は揺れを気にせず両腕を振り下ろした。
全然気にしないなぁ!
うわ。技出すタイミングちょっと遅くなったかも!
とりあえず、相殺狙いで出すか。
「一刀……」
あたしも刀を振り上げる。
岩を受け止めるイメージで一刀両断を放とうとしたが、その前に、あたしの刀身の先が触れるか触れないかの絶妙な距離から、壁が伸びあがった。
地面から壁が生えてきたんだけど!
ガァン。
と刀が壁に当たって切れるが、刀を引っ込めると、ピタッと切れ目がくっついて上に伸び上がる。
あたしは目を見開いて筍のように伸びる壁を眺めた。
ガァン。
魔王の振り下ろした拳が、下から伸びあがった壁に引っかかる。壁は腕をひっかけたまま魔王を持ち上げた。
ぶぅん。
魔王は壁に引っ張られて、勢いがついたゴムボールのように空に飛ばされた。
【なん、だと!?】
驚きの声を上げた途端、ドスン、と地面に落ちた音が壁の向こうから聞こえた。
「なんだこれ?」
あたしは瞬きをしながら周囲を見渡す。
日差しが遮られ薄暗くなった。どうやら石の壁に囲まれている。幅は三メートル、高さは五メートルほど。石の壁の太さはわからない。
ガンガンがんガンガン!
「なんだ!?」
四方八方の壁からガンガンと叩き付ける音がする。吃驚したが、たぶん、村人が壁を叩いているっぽいな。
ドゴォン!
巨大な音がビリビリと響く。壁もビリビリと小刻みに揺れていた。
これは魔王が叩いたな。続けて二発目、三発目と殴っている。ゴォン、ゴォンと不快感が強い音が響く。
一瞬で砕け散りそうな石の壁なのに、魔王の攻撃をしっかり防いでいるとは凄い。
「うわ。すごい丈夫。なんだこれ」
感心しながら呟くと。
(すごいじゃねぇ! なんで先に戦ってんだよ糞女!)
脳裏にリヒトの怒号が響いた。
滅茶苦茶怒っているのが伝わる。ピンチの時に助けたように思えるが、今まで傍観していたとなれば相当の鬼畜だ。もしくは捨て駒にしようとした人でなしか?
そんなことを思っていたら、すぐに反論が来た。
(誰が鬼畜だ! さっき村に到着したんだよ!)
さっき到着した、の言葉に、あたしは首を傾げる。
あそこから短めの仮眠を取った後に、やや速足で歩いたと仮定する。
リヒトの歩く速度を計算すると……そうだな。今ぐらいに到着する時間になりそうだ。
(そうだ。これでもお前の足が速いだろうと思って急いで来た。なのに着いたら既に戦闘始まってるし、なんで俺を待たなかった? お前馬鹿か? 戦闘狂いか? 一人で戦って悦に浸るタイプか? それとも傷ついて喜ぶドエムか? だとしたら邪魔したな! さっさと壁から出て霊になって自分の死体を見て悦に浸れ)
ごめん。
さらっと酷い事を混ぜられているが、リヒトの到着を待たなかった行動は、確かに馬鹿な行動なので、素直に謝った。
シェイリーの単独行動を防ぐためだったが、それも言い訳に過ぎない。
虚を突かれたか、リヒトが少し無言になる。
(……勝手に予定を変更するな。もしそうなら、勝手に動くときに切り捨てればよかっただろうが)
あの時は切るタイミングではなかった。なので一緒に入ることに決めた。
シェイリーはしっかり約束を守ってくれたぞ。
先に戦うことになったが後悔はしていないが、あんたには悪いことをしたと思っている。
(はあ……)
リヒトの諦めた雰囲気が伝わってくる。
(まぁ今更言っても仕方ないか。雑魚は俺が引き受けるから、壁が消えたらすぐに魔王を殺せ。いいな)
了解。
ゴッ トン
返事した途端、壁が六等分される。そのまま外側に向かって放射状に倒壊した。
ブチブチブチ。と、何かが潰れる音と、
「ぎゃああああ!」
「くるしい!」
「た、たすけ。ぐえ」
「うううう」
あちこちから絶叫が木霊した。
壁に向かってガンガン攻撃をしていた村人や魔王が、倒れてきた石の壁に押し潰されたみたいだ。下敷きになっても生存者はいるだろうが、運悪く頭部を打って死んでる者もいるだろう。
倒壊して気づいたが、この石壁、厚さ40センチくらいはある。一般住宅の壁の厚さのおよそ二倍。伸し掛かられたら相当な重さだ。石の下から悲鳴が上がるのも頷ける。
でもこの程度の厚さで魔王の攻撃を何発も退けたのは凄いことだな。
「よっと」
あたしは倒れた石の塀に乗る。悲鳴が強くなったが気にしない。
額の熱が教えてくれたので魔王が潰されている上に立った。そこだけ塀がぐらぐら左右に小さく揺れている。時間を与えると壁を持ちあげそうだな。さっさととどめを刺そう。
「こっちだ!」
「小娘が!!!」
倒壊に巻き込まれなかった村人達が塀を踏みつけて上がってくる。全く遠慮していない。下に仲間がいること忘れてるんじゃないか。まぁいいけど。
村人たちに接近されるその前に、あたしは闘気を練った。
「はあ!」
石の塀の下にある『呪印』に刀を突き立てると、そのまま柄まで沈めた。
相変わらず親父殿の刀は切れ味がおかしい。闘気を込めただけで色々なものがサクッと切れる。
【ぎゃああああああああああああああああああ!】
下からナルベルトのくぐもった絶叫が木霊する。
額を貫いたからなぁ。普通でも致命傷なのによく声が出せるものだ。
ガタガタガタ。と壁が激しく動くが、ゆっくりと静かになっていった。
読んでいただき有難うございました!
次回更新は木曜日です。
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