彼らが選択した惨劇④
シェイリーは村長達を見下ろした。真っ黒な瞳から憎悪が降り注がれると、彼らは身を寄せ合った。
『私、死ぬ時すごく痛かった怖かった。だから、みんな死んでほしいって思って、復讐しようって決意したの。そのやり方は直ぐに頭に浮かんだわ』
「まさか……この花は……」
震えながらも医者の老婆が聞き返したが、すぐに頭をふった。
「でも、成分分析はした。そのときは全く同じだったはず」
シェイリーはにやりと、醜悪な笑みを浮かべる。
『そだよ。全く同じ成分を凝縮させたものを作ったんだ。リリカの花は取りすぎると毒になっちゃうでしょ。それに毒に呪いをかけて更に悪いものにしたの』
彼らはあんぐりと口をあけた。
『みんなリリカの花に絶大な信頼を寄せてるでしょ? 私の病気の原因だったから。みんなもリリカのお薬で死ねばいいんだ。あははは』
シェイリーは医者と助手二人に近づきケタケタと笑う。幼女の表情を間近で見た三人は、青ざめ、凍えないよう、お互いに身を寄せ合っている。
しかし誰一人として目を離さない。
贖罪を受け止めているのか、現実を受け入れられないかは、分からない。
シェイリーは村長夫婦と木こりに視線を向ける。
『薬で治ってほしいと思って沢山飲ませたんだよね。残念でした。本当は毒でーす! あはははは』
くるりとステップを踏むシェイリー。
沢山の白い花が村長達の周囲を飾った。
『村に流行らせたのは病じゃないの。毒だよ! みんなが! たくさんの毒を! 大切な人に飲ませて! 殺たんだよ! 私のように殺していったんだよ。あはははは』
シェイリーはくるり、くるりと彼らのまわりを一周して、村長の目の前で止まった。軽蔑した眼差しで見下ろす。
『毒を飲ませて、苦しませて、死なせてたんだよ。ヂヒギ村のみんなが、自らの手で家族を殺したんだ! 残酷だねぇあはははは』
大声で高らかに宣言するシェイリー。
この場に駆けつけ、幼女の声を聞いた村人達は鬼から人へ表情が戻ると、顔色を失い地面に座りこんだ。茫然自失になり空虚を見つめたり、頭を抱えたり、独り言をブツブツ言っている。
事実に押しつぶされているんだろうな。
『ねぇ? 今、どんな気分?』
くるりと周りを見渡して村人達の様子を眺めると、シェイリーは愉しそうに唇を歪ませた。
『あはははははははは! いい気味! いい気味! 私を殺すことを決定した大人を生かして、その大切な者を殺す。私とお母さんにした事を、怨みを、そのままそっくり返してやった! いい気味だ! あはははは』
シェイリーは壊れたように笑いはじめ、辺りをくるくる移動しながら大量の涙を流し始めた。
【あはははははははは!】
体の白い部分が涙に触れると真っ黒になる。徐々に魔王の姿に変貌していった。幼女だった背丈は成長して青年の大きさになる。
『お、ねえ、ちゃん……おね、ちゃ』
野太い笑い声の合間に、シェイリーが苦痛な声をあげる。白い部分は顔と足の一部分しか残っていなかった。
踊りながら、必死にあたしと距離を詰めていく。
その動きは、楽しそうでもあるし、助けを求めてすがるようにも見えた。
『だめ、もう、わたし、ころ、して。ころ』
【あはははははははははははははは!】
『つ、らい、やだ、たすけ、た』
高笑いと泣き声が混じる。
そろそろ限界のようだ。シェイリーは約束通り、自分が消える事を教えてくれた。
結構根性あったな。
さて。切るか。
大振りで拳を振り上げたナルベルトを足払いして転がす。その隙にシェイリーに駆け寄った。
真っ黒い塊は村人を睨みつけている。あたしに気づいてないのは好都合だ。
【愛しき姫を害する虫は死ぬがいい!】
「シェイリー、感謝する」
あたしは小さく礼を言って、背後から魔王の呪印を横に凪いで真っ二つに裂いた。
衝撃で驚き魔王は振り返る。
表情もなにも読み取れない真っ黒な影なのに、泣きそうな顔で微笑んだように見えた。
あり、が……。と口が動いたような気がするが、
【あ? れ? ぎゃあああああああああああああああああ!】
断末魔の絶叫が口から迸る。
魔王の頭部から額半分がずり落ちて、地面に落ちると塵になって霧散した。
【何が、何がおこって、あたまがっががはががあああああっ】
すぐに体に起こった異変を察知したのか、消失した頭部を両手で押さえ、痛みに耐えるように走った。
魔王は座っている村長達へ突撃して、村長と若い助手に覆いかぶさった。恐怖により村長達は声が出せない。
【我、は、許さない、いい、いいいいいいいいいいいっっっ! おのれええええええええっ】
魔王は彼らの目の前で、怨恨の断末魔をあげると、あっけなく空気に溶けていった。
ぎゃあああああああああああああああああああああああ!
溶けたように消滅した魔王を間近で見てしまい、村長と若い助手をはじめ、近くにいた木こりや医者や妻、村人達も叫び声をあげる。
そのまま我先にと周囲の村人達が恐慌状態になり、動ける者がこの場から逃げていった。
あたしはシェイリーを切り終わると、追ってきたナルベルトの攻撃を避ける。
よし! 大惨事は免れた。
あとはこいつだけだ。
シェイリーが消えた途端、緑が枯れて溶けて消える。あっという間に元の村風景に戻った。
やっぱり家々に火災の跡が残っている。
【ちょこまかと逃げるな!】
あたしはナルベルトの拳を避ける。
ドッ!
地面に小さなクレーターが出来ると、残っていた白い花の花弁が舞い散る。
ナルベルトの攻撃は直撃を受けないように注意しないと。
家の壁に穴があいたり地面が凹んでいるので、常に闘気で刀を覆わないとポキッと折れそうだ。
まぁ。攻撃が大振りなので、避けるのはわりと容易いんだけど、
【くたばれ!】
「やだね!」
【ぐがっ。ぐおおおお小癪なああああっ】
あたしの刀がナルベルトの腕や足を深く切り裂くが、怯みもしない。
怪我しているのに攻撃の速度も威力も変わらないんだが。痛覚なくなってるんじゃないか?
「流星花火!」
【ぐ、お!】
両手で受け止められた!
でも傷口が深いから効いている。もう一撃だ!
「流星花火!」
【があああああああ!】
「くっそ!」
額に攻撃すると両腕でガードして防御した。
こいつ自分の弱点を把握しているぞ。
奥義を二発お見舞いしてみたが、太い両腕でガードされて額に届いていない。
その代りに右前腕が半分以上取れかけているので、もう何発か加えて両腕を切り落してから、額を切るのが手っ取り早い気がする。
【お前の血があれば! 助かったんだ! お前だけは必ず殺す!】
「知るか」
ぶん!
魔王が腕を揮う。傷の再生はなく、振り回すことでパクパクと波打っていた。
【ちょこまかと!】
地面の蔓が消えると魔王のスリップ数が減った。
下半身に力が入りやすくなったのか、少しだけ攻撃の威力が増す。
【くらえくらえくらえええええ】
大振りで殴り、切り、潰そうとする攻撃を繰り返す。
その動きを注意深く観察すると、攻撃時に体の重心が前に傾く瞬間がある。
一瞬だけバランス崩しているな。攻めてみるか。
「一刀両断!」
あたしは額に向かって攻撃を仕掛けると、ナルベルトは右腕だけでガードした。
あれ? 右腕だけ?
嫌な予感がしたが、振り降ろした勢いが強すぎて寸止めなんて出来ない。
パックリあいた傷口に刀がめり込む。そのままスパンと音を立てて右前腕が上に飛んだ。やっぱり血は出ないようだ。
三度目の奥義でナルベルトの右腕を切り落とすことに成功した。
【ここだああああああああ!】
「がはっ!?」
腕が地面に落ちる前に、あたしの視界が高速で横に流れた。
甲鉄の玉が高速で当たったような衝撃が脇腹に来た。ナルベルトの左拳が腹部にめり込もうとしたので、咄嗟に足を浮かせる。
ガッ ゴッ
体が回転した。勢いに乗って地面を二回ほど高くバウンドして、最後に重力に添って地面に激突した。
やべえ、目が回った。
頭がクラクラする。
衝撃を分散させて受け身をとったものの、あたしは地面に大の字になっていた。
全身砂まみれ、打撲だらけだ。骨は折れていないし、刀離さなかったので十分マシだ。
うーん。あれは、刀を振り降ろしたと同時に殴られたな。
最初から腕を失う覚悟でカウンターを狙ってたっぽい。
よくやるわ。感心する。
あたしはゆっくり起き上がる。
肋骨辺りと横っ腹に激痛が走る。肋骨数本は折れたっぽいけど、それでも腰に力が入るので筋肉は無事だ。
「ぃって。げほっ」
血反吐を吐いた。内臓損傷はアリだな。
仁王立ちして、口元の血を左手の甲で拭き取りながらナルベルトをみる。
あいつも仁王立ちをしている。距離は開いているが、こちらに向かってくる気配はない。
あれ? おかしいぞ?
次の攻撃が来ない?
一瞬でも無防備だったにも関わらず、連続して攻撃が来なかったな。
何を企てている?
あたしが攻撃態勢になると、魔王はこの場から逃げようとする村人たちを睨みつけた。
うわ、めっちゃ嫌な予感がする。
読んでいただき有難うございました!
次回更新は木曜日です。
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