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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ヂヒギ村の惨劇(白色を纏う亡霊)――
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彼らが選択した惨劇③

 シェイリーはあたしに視線を合わせたまま微動だしなかったが、ぐるんと頭を動かしながら、二回ほど瞬きをした。幼女の目から魔王の目が薄らぐ。


『まだ大丈夫、私の願いはまだ完全じゃないもん。言ってやらないと完成しない。だからもうちょっと、猶予があるみたい』


 体中が白と黒のまだら模様になっている。ジワリジワリと黒の面積が広がっているようだ。

 シェイリーはまだらになった顔に苦笑いを浮かべるが、まるでひび割れた人形のようだ。


「シェイリー。まだ切らなくてもいいか?」


 シェイリーは頷く。


『おねえちゃん、ナルベルトのところへ行きたいんだよね? 感じ取れるよ。私が案内するからついてきて』


 信用して……もいいか。どのみちナルベルトを見つける前に村人に発見されるだろy。

 虎穴に入らざれば虎子を得ず。ここは賭けにでよう。

 あたしは構えを解いた。


「わかった、頼む」


『うん。まずは、おねえちゃんが移動しやすいようにするね』


 そう言った途端、シェイリーの両目から大量の涙が流れた。

 ぽろぽろではない。滝が高所から落ちているような勢いで、大量に涙が地面に吸い込まれている。しかも濡れていない。生えている雑草に水滴がつかない。


 変化はすぐに現れた。

 綺麗に整頓されていた道や住宅が、小さな細い蔓に巻かれてていく。凹凸や隙間を埋めるように蔓に飲まれてゆく。


 これは毒霧が発生した時と同じだ。

 違う点をあげると花の色だ。蔓が膜のように居住区を覆い、緑を押しのけて白い花の群生が一斉に開花する。花は村で繁殖していたリリカと全く同じ形だった。


 あたしは驚いて目を見開いた。


「一瞬にして景色を変えるとは思わなかったぞ」


『でしょ』


 泣き終わったシェイリーの真っ黒い両目から、ひび割れたような模様が体中に広がっている。

 額の熱も増し、疼き始めた。シェイリーの自我もあと少しで消える。

 シェイリーは前方を指し示した。


『おねえちゃん。ナルベルトお兄ちゃんが吃驚して出てきたみたい。こっちだよ、ついてきて』


「分かった。案内を頼む」


 あたしが頷くと、シェイリーはシューっと、地を滑るように動きだす。速い速度だったので駆け足で後を追う。

 もう戦闘になる。いつでも攻撃できるように刀を抜いた。


 居住区に侵入してすぐ、突然の緑化に驚いた村人たちが右往左往している場面に遭遇した。


「なんだこれは?」

「村が?」


 あたしは身を隠そうとしたが、シェイリーが腕を掴んだので引っ張られた。

 風のような感触なのに力が強いな!


「おい! みろ!」


 すぐそばを通る不気味な幼女の霊魂を見て、村人たちは度肝抜かれたように狼狽するが。


「あいつだ!」

「いたぞ!」


 その横を走っているにあたしに気づくと、怯えの色を脱ぎ捨てて鬼に変貌して追ってくる。


 相手しようか迷った時に、村人達は盛大にすっ転んだ。手をついて立ち上がろうとするが、何故か動けないようだ。


「なぁ! 蔓がひっかかっ」

「ぬ、抜けん! 何故じゃ!」


 足に蔓が絡まり、抜け出せないようだ。騒ぎを聞きつけ集まった村人達も、皆等しくすっ転んで蔓に足を奪われる。

 足止めが作用してこちらに来れないみたいだ。


「ひぃ!」

「なんだあれ!?」


 シェイリーを見た老人や大人は驚愕の表情を浮かべる。腰を抜かす者もいれば、逃げ出したり、家に籠る者もいた。


 それとは反対に、子供達は

「シェイリーだ」

 と嬉しそうに手を振っている。

 シェイリーも少し微笑んで手を振り返していた。


 あたしに注目した者は足止めをくらい、シェイリーに注目した者は怯える

 魔王が役に立つ日がくるなんて驚きだ。


 遠距離攻撃が来るかもと警戒していたが、飛んできた矢は蔓が受け止め、放った木こりを絡め取っている。そのおかげで、あたしまで攻撃が届かない。


 脇目も振らず目的地へ移動する途中で、焼けた家がぼつぼつあった。緑に囲まれていても焦げた残り香が鼻につく。あいつは建物を沢山焼いたんだな。


『いた。あそこだよ』


「わかった!」


 シェイリーの案内で辿り着いたのは、医者の家の付近だった。

 道を通せんぼするように数人が固まっている。

 人の姿ではないナルベルト。村長夫婦。そして地下にいた木こり二名と医者とその助手。もう一人は新顔だ。若い女性で白衣を着ているので助手だろう。

 全員が落胆して涙を流している。特にナルベルトは膝をついて地面に伏せるながら激しく泣いていた。


『みーつけたー』


 重苦しい雰囲気に向かって、清々した笑顔を浮かべたシェイリーが呼びかける。

 声に反応して全員が顔を上げた。シェイリーとあたしに視線が集中する。 

 集団まで残り五メートルの距離でシェイリーは止まったので、あたしも止まる。

 村長が驚愕に目を見開き、震えながらシェイリーを指し示す。


「なななん、じゃと、シェイリーか!?」


 村長の叫びを聞いて、村長妻と木こり二名、医者、助手二名に顔色が真っ青になる。女性達は顔を覆い腰を引かせ、男性達は尻もちをついた。


「ひぃぃぃぃぃ!?」

「なんで、あんたが!?」

「化けてでてきおったか!?」


『えへへ、帰って来たよー』


 怯える村人を尻目に、シェイリーは笑顔で手を振った。


【よくも! よくもおおおおおおお!】


 ナルベルトと視線があった途端、苦悶から憤怒の顔に変わる。ズシと地面を震わせ、蔓を踏みつぶしながら立ち上がる。


【今更、戻ってくるか? 戻ってくるのかああああ! 許せん! 許せる者かああああ!】


 咆哮を上げながら言葉を荒げる。

 なんか怒っている。でもこれまでの状況を整理すると見当がついた。


【さきほど妻が死んだ! お前が血をよこせば助かったのにいいいいいい!】


「あー。やっぱり。ご愁傷様」


 あたしは肩をすくめてため息をついて、ちゃんと補足した。


「末期なら、どのみちもう助からないけどな」


【そんなはずはない! お前が殺したんだ! お前が妻を殺したんだあああ!】


「回復魔法じゃないんだから、進行しすぎたモノに対して毒消しは効果ない。肉体が腐るんだろ? 腐り落ちた物を再生することは無理だ」


 仮に、その状態の奥さんを助けるなら、あたしの血を与えると同時に、失われた肉体を再生できるほどの上位回復術の使い手、もしくは拒絶反応が起こらない肉体パーツが必要だ。


 まぁそんな使い手なんて、そうそうお目にかかれるものではない。彼らは利用されることを恐れて能力をひた隠しにしながら生きているらしい。


【うおおおおおおおあああああっ】


 ナルベルトの肉体のあちこちに太い血管が浮かび上がる。体温が上昇しているのか湯気が上がり始めた。

 黒いし生殖器を失って分かりにくいんだけど、こいつ裸のままなんだよな。

 ズボンくらい履けばいいのに。

 人間サイズじゃないから服がないのかもな。


【うるさいいいいいい! 許さない! 許さない! 死ねええええええ!】


 そんなことを呑気に考えていると、ナルベルトが前傾姿勢になり、短距離走のスタートダッシュをして爆走してきた。

 体重が重いのか、踏みつけるたびに蔓の欠片が宙を舞う。


 何も持っていない右手には黒い斧が握られ……いや、手の形を斧に変形させて武器を作っている。斧型のナックルっぽいな。



 ナルベルトが突進する、時を同じく、


『あははっはははははははははは!』


 シェイリーが大音響で笑いだした。幼女の目は村長達に注がれている。ナルベルトはノーカンらしいが、一瞬だけ視線を向けて涙を流すと、ナルベルトの足がもつれて転んだ。


『きゃは。きゃはははあははは』


 小馬鹿にするように笑いながら滑るように移動して、村長達へ向う。

 村長達は恐怖を浮かべてジリジリと後退する。彼らの足元に蔓が絡みついた。逃がす気はないようだ。


 あたしは一瞬だけシェイリーを見る。

 起き上がったナルベルトも、シェイリーを一瞥したが興味がないらしく、あたしに向かって突進してきた。


 うーむ。戦闘の隙をついてシェイリーを倒すんだけど、そんな余裕あるかなぁ?


「まあ。やってみるか」


 ナルベルトが斧を振り下げる。刀で受け止めるとキィンと擦れ合う音がした。

 強い威力だ。受け流しながら攻撃を回避する。

 少しだけ防戦して、シェイリーの様子を伺った。





『久しぶりみんな』


 外道のように下品な笑い方をしたシェイリーは、村長達との距離を縮めていく。


「シ、シェイリーか?」


『村長さん。やっぱり病が広がったからリリカの花でお薬作ったんだよね?』


「そう、だが」


『どうだったどうだった? ふふふふ、沢山死んだでしょ?』


「お前さん……何故それを?」


 唖然としながら声を振り絞る村長に対して、まるで悪戯が成功したようにペロっと舌を出すシェイリー。


『知ってるよ! 私が起こした災いだもん。殺されたからみんなを恨んで災いになったのー! だから村に災いを起こしたのー!』


 エヘン。とシェイリーが胸を張ると、村長達の表情がみるみる曇った。鬼ではなく人に戻る。血の気がひいて真っ青になり表情が強張った。


「なん、と? 村に災いを……」


 村長がかすれた声を出す。狼狽する彼らを眺めて、シェイリーは花が綻ぶように微笑んだ。


『私が起こした災いの正体はねぇ』


 シェイリーは涙の粒を手の平に落とすと、すぐにリリカに似た白い花が咲いた。

 村長達は目を見開いて食い入るように花を見つめると、生気が抜けたように、ヘナヘナと力なく座り込んだ。

 

『このお花ねぇ、実は、リリカじゃなくって、私がそっくりに作った毒の花でしたー!』


 村長達が頭を抱え込む。病が流行った時にとった行動を思い出しているに違いない。


『知ってた? 知ってた? 飲めば飲むほど苦しんで死んじゃうお薬にしたんだよ? 凄いでしょ!』


 シェイリーが涙を流しながら、くるりと一回転すると、周囲に白い花が咲き乱れた。

 幻想的な風景を目の当たりにして、村長達はガタガタと奥歯をカチカチと震わせる。


「リリカの花が、違っていて、毒?」

「そんな。見分けが……つかない」


『そっくりに作った偽物だよー! 本物と見分けつかないでしょー! えへへへ』


「う、うそだ」

「毒を、毒だなんて?」


 周囲からざわめきが広がる。

 騒ぎを聞きつけて集まった村人達は、シェイリーの言葉を聞いて立ち止まる。息を飲んで頭を抱えながら呆然自失になった。


 村人達の注意を引いてくれたおかげで、ナルベルトと一騎打ちできる。

 思った以上に役にたったな。



読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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