初めての魔王②
武器なしに手ぶらで戦地に向かう馬鹿と思えないが、どの戦法を取るのか確認しておかないと、安易に任せることもフォローする事も出来ない。
「あんたの戦闘方法は? 言っとくけど、刀は貸せないし、お守りは御免だぞ」
「遠慮する。俺はまともに剣など使ったことが無ぇからな」
お坊ちゃまかこいつ!?
「なら、どうやって……」
「剣以外でも身は守れるし傷つける事も出来る。なんなら、お前が自分の身で体験してみるか?」
挑戦的に笑って挑発してきた。
ちょっと待て。今から不明瞭な噂を確認するんだろうが。そんなのは後だ。
ツッコミしたかったがそれは飲みこんで、あたしは冷静に分析した。
親父殿から聞いたが旅は決して甘くない。こいつは一人で大陸を横断してきた。それなりに場数を踏んでいると思って良い。
そもそも旅では些細なミスで命を落としたり、他人に襲われ命を落とす場合もある。こいつが全く武器を持っていないように見えるが、単に、肉眼で確認出来ないだけかもしれない。
武器を持ってないように見せかけて、実はしっかり武器を持っている。
さて、それはどの類だっただろうか?
急に思い出せないので、あたしにとって馴染みが薄そうだ。
「ああ。その考えは正しい。目に見えないだけだ」
リヒトは興趣をそそられたように笑みを浮かべながら頷いた。あたしも「はは」と笑う。
俄然、彼の武器に興味が湧いた。
「なら今は止めとく。あんたの使い物の正体が分かってからでも遅くは無い。でもこれだけは確認させろ。接近戦か? 遠距離戦が得意か?」
「どちらでもできるが、主に遠距離」
「分かった」
そしてまた歩き始める。歩きだしてから額の違和感がさらに強まった。顔を動かすとある方向で額の印が一際熱を帯びる。そこに近づくにつれて異様な気配を全身が感じ始める。
「うーん、これはなんだろう。初めての感覚だ」
思わず口に出してしまった。
「さぁな。気持ち悪い感覚なのは間違いない」
あっちも同じような感覚を味わっているらしい。
「ぐぎゃぁ!」
深夜の静寂を切り裂くように、絶叫が轟いた。
始まった! と、あたしとリヒトは走り出し声の方向へ向かう。
あれ?
周りを見渡して確認する。周囲に住宅があるのだが、どれも反応が無い。あれだけ大きな音と悲鳴だったというのに、驚いた人が出てくる気配はない。そればかりか、ポツポツとついていた家の明かりが続々と消え、一気に闇が広がる。
なるほどなぁ。
室内で息をひそめているのが手に取るように分かる。
巻き添えを食わないように、知らないフリをしているのだろう。
この様子をみて『災い』というものを少し理解した。
人の心に深く根付く『恐怖と戦慄の対象』なのだと。
あたしは駆け出そうとして、速度を緩めた。全力で走ったらリヒトを置いて行ってしまう。彼は一般より体力あって足も速いが、あたしに比べたら幼児の走りだ。
「誰が幼児の走りだ!」
後ろから罵倒が飛んできた。
いやだから、あたし喋ってないっつーねん!
理不尽な気持ちになりながら、「そういえば」と話しかける。到着するまで時間あるだろうから、お喋りくらいは大丈夫だ。
「ねぇねぇ、あんたさ。教えてくれたよね」
「何を?」
「読心術を使えるって。あたしに黙ってれば良かったんじゃない?」
とはいえ、これだけポンポン表情読まれてしまったら、鈍感なあたしでも直ぐにピンとくるだろうけど。
リヒトは考え込むと、息を整えて、何故か特大のため息をはいた。
「本来はそうするべきだったんだが、お前の表情から読み取れる内容はツッコミしたいものばかりだったから、口が滑った」
「それって……」
あたしは引きつった笑顔で聞き返した。
「ツッコミを我慢できなくなるくらい、あたしが間抜けだって事か!?」
「フン。自覚あるなら、もう少しまともな事を考えろよ。ツッコミしてほしいのかと思ったくらい間抜けだったぞ!」
ちくしょう! 鼻で笑いやがった!
「ふっふーん! ざまぁみろ!! もっと手の内を見せやがれ!」
「は! ご免だね!」
嘲笑われた!
イラッとして更に揚げ足取りを行うと、リヒトもイラッとしてそれに応じた。
悪口の攻防が静寂な町に盛大に響くが、誰も何も言ってこなかった。
そうこうしている内に現場に到着した。
場所は住宅街から少し離れた織物成業場。
道を照らす灯はあるが、建物内は暗闇に包まれ人気は全くない。夜の闇は深いが夜目が効くので、半月のあかりで周囲の様子が把握できる。
キィ、キィ……
風に晒され何かが揺れる音がする。その方向を見上げると「あーあ」とあたしは行き詰ったような声をあげた。
四階建てのレンガで構築された織物成業場の壁は、明り取りの窓が等間隔に数十枚あった。その屋根から丁度半分、高さ的に言えば地上6メートル弱にふらふら何かが風によって静かに揺れていた。
「なんだ。間に合わなかったか」
悲鳴を聞いてから駆け付けるまでおよそ7分程度。普通の事件なら恐らく現行を確認できたはずだ。
鋭い目をあたりに向けるが、特に変わった物は見られない。でもまだここに何かがいる。
しかし襲ってくる気配もないので、少し死体を観察するか。
「ふぅん、これか……」
壁面から生えたように伸びている白い糸が幾重にも重なり、老婆にまとわりついていた。
糸が首の肉に半分以上食い込んでいるので窒息死だろう。もしかしたら骨が折れているかもしれない。老婆は激痛で悶絶したように目を見開き、口から泡を吐いて首から胸を濡らし、足元から尿がしたたり落ちている。
糸が絡まった手足は血液が滞って浅黒い肌になり、右手を上、左手を外側、腰を左側位に引き寄せられ、右足は下、左足は曲げられている。暴れて動いていたとも思える形で事切れていた。
だからマリオネットのような死体と言われているのだろう。しかし締め付けが強いな。ボンレスハムを思い出させる。
「所詮は窒息死か。マリオネットというわりに、芸術的じゃないな」
「違うだろ、言う事が」
リヒトは信じられない様な目つきであたしを遠巻きに見る。きっといつも以上に心の距離が離れているに違いない。
「仕方ないだろう、正直な感想だったんだから」
「なんだキチガイか」
半眼で眺められ納得されたが、あたしは気にせず刀を抜いて戦闘準備にはいる。敵はこの近くに居ることは間違いない。
「もしかして、死体初めて?」
あたしは親父殿の命で盗賊壊滅させたこともあるから、死体には慣れているが、リヒトは経験がなく、この度初の死体目撃という可能性がある。
でもまぁ、なんとなく初めてじゃなさそうだなって思う。彼から動揺も哀悼も感じられない。
「初めてじゃない。ただ、異様だなと思ってるだけだ」
淡々とした様子で老婆を眺めていた。
「糸の強度がおかしい。あの程度の量で人を浮かせるなんて、不可能だ。何故こんな事が出来る?」
つぶつぶ言いながら考え込んだ。
「後にしたら? いまは……っつ!?」
突然の額の熱さにビックリしてよろけた。
まさに不意打ちだ。高熱というよりも、いきなり熱した鉄を当てられたような、もしくはいきなり火を当てたような感覚だ。
痛みはない。
そう無痛だが、熱さの感覚が痛みに変換されてしまい耐えようと体が硬直してしまう。
呪印が何かに呼応しているようだ。
「これは?」
熱が落ち着いたのでチラっとリヒトを見ると、彼も同じ様に胸元を押えて驚いた表情になっている。お互いの視線が交わって、怪訝そうに眉をひそめた。
「なんなんだ?」
「あたしが知るわけないでしょ?」
「そりゃそーだ」
「なんっっか、むかつく!」
シャ!
「!?」
月の光を浴びつつ『何か』が屋根から飛び降りた音がしたので、反射的に視線をそちらへ向ける。
普通なら気づかないと思えるほど静かに飛び降りてきた。砂埃はあがらず重力も感じない。
「何か降りてきた……あれは、なんなんだ?」
あたしは視力と聴力が抜群に良いので、音すらしない『それ』を目視で確認した。
リヒトはまだどこに降りたか分かってないので、指し示し方向を教えると、凝視してすぐに「あれか」と声を出す。
猿のようにしゃがみ、ゆっくりと立つ真っ黒い『それ』は、人の形をしている。
ジクジク……と額の熱が強くなる。
「んー? あの黒い方を見ると、額の熱さが増すなぁ?」
「俺も。何なんだ? あれは? 見た事が無い」
リヒトは訝しがりながら首を傾げる。
「だが、呪印が反応している、ということは、あれが魔王という存在なのか?」
「あれが魔王?」




