彼らが選択した惨劇①
<すれ違うなんて生易しいものじゃない>
さぁて。ヂヒギ村へむかうぞ。ここから村まで大体丸二日はかかる。走ればもっと短縮できる。
でもリヒトの歩行ペースを考えると、あたしは少しのんびりした方がいい。
万が一、申告なく魔王に変貌したシェイリーに寝こみを襲われ全滅しないように、リヒトには別行動してもらっている。目的地は同じなので、そこで合流できるだろう。
あたしの我儘で決行したとはいえ、魔王手間の幼女、シェイリーと行動を共にしているから、早く村に到着したい。いつ爆発してもおかしくない爆弾を抱えているようで、案外神経すり減る。
『ねぇ。おねーちゃん。それ美味しい?』
携帯食をかじっていると、不思議そうな眼差しで質問してきた。
「これは不味い」
『不味いのに食べるんだ』
驚いたように目をぱちくりさせたあと、シェイリーは焚火の上にふよふよ浮いている。肉体があれば炙り肉になっているはずだ。
日が暮れたので現在は野営中。久々に一人で夜を過ごしていると、ふと修業時代を思い出した。
あの頃は水も保存食も用意されていなかったから、怪我をしても獲物を探して徘徊してたっけ。地獄だったなぁ。今の方が楽だ。
しみじみとしながら、あたしは今日の戦いで負った傷の手当てを行う。新しい負傷は浅い切傷なので、薬を塗るだけでいい。
問題は治っていない傷からの出血している。少しとはいえ放置はできない。肩と太ももに、血止めと包帯を巻いてしっかり固定した。
顔面の腫れはもうない。内出血が消えれば本来の顔がでてくるから、もう少しだ。
「とりあえずこれでいいや」
30分ほどで手当て終了。
あとは残量が減った回復薬を作りたいが、まだここは毒霧魔王の支配地だった。枯れている植物が多く薬草が見当たらない。もう少し村へ近づいた場所で薬草を採取しよう。
今度は武器の手入れをするぞ。散々使ったのに体力に回復を優先して手入れを怠っていたからな。
砥石を出して刀やナイフを研ぐ。シュッシュと擦れる音が心地良い。焚火の明かりだけで手元が少し暗いが、普段からやっているので指を切ることはない。切れ味をよくするために幾度も調整を行う。
シェイリーはあたしの動きをじっと眺めていた。最初は焚火の上で踊るようにくるくるして、次に焚火の傍に降りてきて、最後にあたしの手元を身を屈めて見つめる。
半透明だから手元がみるので怒らないが、見えなかったら手で頭を叩いていたところだ。
五本、七本、十本、と研いでいると、シェイリーが見上げた。
『おねえちゃん、寝ないの?』
「ああ、今夜は寝ない」
シェイリーがもじもじと体を揺らす。
『私がいるから?』
「それもあるが、武器の手入れを終えなければ安心して寝れない」
あと軟膏傷薬を調合したい。
やるべき作業を考えると、日付が変わったくらいで終わるかな。あと三時間くらいか。
あたしが作業しているその横で、シェイリーは心配そうに視線を動かして、パッと目を見開いた。
『そうだ! これなら!』
何かひらめいたようでシュッと移動する。手を止めてシェイリーの動きを追うと、リュックの傍に置いてあったナイフを握った。あれは保存食の封を切るのに使ったものだ。
「っておい。勝手に触るな!」
あたしが腰を浮かせると、シェイリーはナイフを自分の額へ当てた。意味が解らない。
シェイリーはドヤっと得意げな顔になる。
『これでいつでも自害できるから安心して寝てね!』
ジト目で眺めると、シェイリーが更に付け加える。
『魔王になりそうって思ったら、ザクっと刺すから! これならおねえちゃん安心して寝れるよね!』
そうか。善意100%か。
迷惑なことを……ナイフを持っている時点で安心も何もないのだが……。
『さぁ! 寝て! おやすみだよおねえちゃん!』
「ああ。これを全部仕上げてからな」
それまだ研いでないやつだし、一本ぐらい貸してやってもいいか。
あたしは腰を落として作業に戻る。シェイリーは少しだけ不服そうな顔になるものの、黙っていた。
『ねえ。まーだ?』
無視する。
『ねーー、まだーー?』
無視だ。
『ねええええええ! おねえええええちゃあああああんん! まああああだあああああねないのおおおおおお?』
耳元で騒ぐな。
『おねえええええええちゃあああああああああ』
「やっかましい! これが最後だ! 邪魔するな!」
研ぎ終わったナイフの刀身を目の高さに掲げる。ピカっと輝いていて綺麗だ。落ちていた手のひらサイズの石を刃の部分に当て、ゆっくり引くとトマトのようにサックリと切れた。
ふう。満足。
邪魔が入ったものの、予定時間で手入れが終わった。
今度は薬草をリュックから取り出すと。
『おねえちゃああああああん!?』
シェイリーが非難の声をあげているが無視だ。
あたしは回復薬の調合に取り掛かると、怒鳴っていたシェイリーが徐々に黙り、そのうちあたしの手元をじっくり見始めた。どうやら興味を惹いたみたいだ。
急に静かな夜になり、思わず苦笑する。
ふと焚き火に目を向けた。誰もいないと何だか少し落ち着かない。
リヒトは今はどの辺にいるんだろう。
そんなことを考えながら、空の小瓶に液体を注いだ。
朝がきたので日の出と共に走る。
寝不足だ。
いくら図太いと言われるあたしでも、ナイフを持った幽霊魔王の横で安眠出来るわけがない。
目を瞑り横になったが、ずっと警戒したので肩が凝った。起きていた方が楽だったかもしれない。
あたしが目覚めるとシェイリーは笑顔で朝の挨拶をしてナイフを返してきた。受け取ってから朝食を済ませて、今に至る。
さっさと厄介事を終わらせたい。その気持ちが強くなり移動速度が上がる。リヒトの提案した集合時間よりも半日ほど早く到着するが、あっちで待っていればいいか。
『おねえちゃん、足が速すぎる』
横を飛んでいるシェイリーが驚いたように言ってきた。
「これでも走る速度はいつもの半分くらいだ」
野を駆ける動物に追いつける速度なので全力じゃないんだ。
妖獣を追いかけて捕獲できるくらい速いんだ。
里でも速い方なんだぞ。えっへん。
なぁんて自慢しても仕方ない。
シェイリーは眉を潜める。
『おねえちゃんって人間?』
「魔王に言われたくない台詞だ」
酷い感想が飛んできたので、舌打ちしながらあたしも言い返した。
道中二回目の野宿を終え、夜明け前に起きてすぐ移動した。朝焼けが空に広がる頃、森の木々が疎らになってきた。
所々に切株が見え始めると、白骨化した遺体を数体発見した。どれも木こりの服を着ている。服に外傷の跡がないし、武器も納められたままなので、彼らは霧でやられたみたいだ。
ということは、この辺りに村がある。
霧が消えたので、木こり達が外壁に出ている可能性がある。不測の事態に備えておこう。出逢ったら即戦闘だしな。
あたしは周囲の気配を探りながら、ゆっくりと移動すると、木の隙間から木材で作られた外壁がみえた。ヂヒギ村に到着したようだ。
まだリヒトの気配はない。
あいつの歩行スピードを計算すれば、昼前に合流するはずだ。予想だとあと5時間ほどかな。
もう少し村から距離をあけて待つか。
あたしはリュックをその辺の茂みに隠し、暗器を追加する。途中で刃こぼれするかもしれないから、念には念を入れとこう。
袖や靴に仕込んだ回復薬の数を確認する。
丸薬は即座に動けるよう強力痛み止めで両手の篭手に。両足の靴とポケットに回復薬の小瓶を入れた。即効性が強いのでひと口サイズで事足りる。
「これでよし。あとはこれを飲んどくか」
激しい戦闘になるので痛み止めを服用する。肉体は8割回復したが損傷は残っている。激しく動かせばすぐに傷が開くはずだ。
戦闘準備が整ったので、手持ち無沙汰になった。
何をしようか。
潜入するから門の開閉を確認しとこうかな。
あたしは木や茂みに身を潜ませながら、外壁を半周して門を探した。風に乗って若干煤の匂いがする。森の匂いが強くてそこまで気にならないが、相当燃えたんじゃないかな。
大きな門が見えてきた。おや? 門が開いている。木こり外に出ているかもしれない。
あたしは警戒しながら周囲を伺うが、近くに人の気配はなかった。
シェイリーが困惑しながら周りを見渡していたが、意を決したようにキリっとした表情になった。
『おねえちゃん、ここまででいいよ。ここから先は一人で行くから』
そう言い残し、シェイリーが門へ進んでいく。
あいつなに勝手な事してんだ。
「待て」
小声で呼び止めるが、シェイリーは止まらず門へ一直線に向う。あたしは小さく舌打ちをして急いで追いかけた。
「待てって言ってるだろう」
『おねえちゃん?』
シェイリーがパタっと止まる。
「言ったはずだ。あたしもここに用があると。それにあんたも魔王だ。逃げられたら困る」
幼女一人で村に行かせるわけにはいかない。万が一、魔王化してしまった時に即座に処理できなかったら最悪だ。
『逃げないのにー』
「信用できない」
『むぅ。じゃぁおねえちゃん付いて来ればいいでしょ。行こ』
「あいつが来るまで待たないと」
『その間に私が魔王になっちゃうかもしれないよ。村についたのに待ってるなんて嫌』
スイっとシェイリーは身を翻して門へ向かった。先程よりも速い速度だ。
あたしは頭を抱える。
リヒトに文句を言われるだろうが、シェイリーの後を追った。
『おねえちゃんも一緒』
「仕方なくだ」
あたし達は門に到着する。すぐに門の端から中の様子を伺う。草原が広がって木々が疎らに生えている。人の気配はない。ホッとしたのも束の間、草原からくる風に乗って、異臭が漂ってきたので驚いた。
肉の腐った匂いだ。一体何が。
まさか。
草の中にちらほら見えるソレに気づいて、あたしは愕然とした。
ここはナルベルトに同調した村人たちが、同調しない村人たちを撲殺した場所。つまり遺体がそのまま放置されている。
日中の暖かさで腐敗が早まったようだ。遠目からでも蠅に全身集られているのが伺える。
「弔わなかったのか。くそ」
あたしは彼らの死を痛み、数秒黙祷をする。
『どうしたの?』
あたしの仕草を見たシェイリーが、不思議そうに眺めている。
「黙祷していた」
『なんで?』
シェイリーは興味がないようだ。倫理観も失われたのだろうと勝手に納得して、あたしは村の中に侵入した。
リヒトを待たずして先に入るのに若干抵抗があるが、シェイリーを単独行動させる方がマズイ。慎重に隠れながら草原を歩いて住居区へ向かう。
読んでいただき有難うございました!
次回更新は木曜日です。
物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。




