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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ヂヒギ村の惨劇(赤色を纏う亡霊)――
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魔王は失った娘を求む⑤


「はぁ。なんだかんだで円満に片付いたか」


 あたしは大きなため息をついて、空を見上げた。

 浮かび上がっていた赤黒い霧が徐々に消えていき、雲が見えはじめる。

 蔓は全て枯れて地面に横たわり、じりじりと、焼かれて溶けるように朽ちて消えた。


 さて、あとは。

 

 あたしはもう一度、母娘をみる。


『ごめんね、守ってあげられなくて、抱きしめてあげられなくて、ごめんね…………ごめ…………』


『いいの、いいの、もういいの、おかあさん』


「なぁ『リヒト』。あんたには憎しみしかなかったのか?」


 黙って見ていれば良かったのだが、不意に、あたしは口を滑らせた。

 心からの疑問、というか、思った事が口からでちゃった。

 親子水入らずに水を差してしまい、しまったなぁ。と、手で口を押さえる。


 あたしの言葉受けて、女性は顔をあげた。


『大切にしていた。愛していたから。あいつに奪われて憎かった。とても憎かった……』


 言い終わると、女性の体が幼女から滑り落ちて霧散する。


『……あ』


 幼女は消えてしまった場所に視線を落とし、頭を垂れた。


 しまった。最後の言葉だったか。


「邪魔して悪かった」


 謝ると幼女が顔をあげる。怒っているかと思いきや、静かに微笑んでいた。


『ううん。大丈夫。あのまま話しても、きっと、おかあさんは謝ってばかりだったと思う。だからいいの』


 幼女は女性が消えた場所に手を添えて、しばし無言になった。


 機嫌を損ねていないならいいか。


 あたしは幼女から目を離し、後ろを振り返る。

 リヒトがゆっくりとこちらに歩いてきた。

 全力疾走したように額から大粒の汗を流しており、少し呼吸が乱れている。


「これで毒の霧は解決した」


 しかし表面上は疲れた様子を露ほども出していない。

 凛とした態度で幼女を見下ろした。


「さて、お前の願いは叶ったな。次はどうするんだ?」


 幼女が顔をあげた。可愛かった目や口がカマボコ目にカマボコの口と入れ替わっている。まだ肌の色や容姿に変化はないが、すぐに黒く変化するはずだ。


 あたしはため息をついて、刀を構え直す。連戦は勘弁してほしいが、そうは言っていられない。


 幼女の弱点は額だ。

 短期戦ならなんとかなる。


『おねえちゃん、おにいちゃん、ありがとう』


 魔王の顔をはりつけて、幼女は礼を述べた。

 まだ幼女の意思が強いようだが、いつ飲まれるか分からない。


 幼女は両手を合わせてモジモジしはじめた。


『あの、ええと。願いが叶ったって思ったら、なんだか私が消えてきた感じがするの。きっともうすぐ魔王になっちゃう』


「分かった。今すぐ母親の後を追わせてやる」


 リヒトがマッチに火をつけると、幼女はゆっくりと首を左右に振った。


『あのね。これはワガママなんだけど、魔王になるまで少し時間があるみたいだから、おにいちゃん達にお願いをしたいの』


「願い?」


 と、あたしは聞き返す。

 幼女は腕を伸ばして後ろを指し示した。村がある方向だ。


「村?」


 と呟くと、幼女は頷きながら腕を降ろす。


『村に行って、もう一つの願いが叶ったか見たい』


「ん?」

「ん?」


 予想外の言葉に、あたし達は訝しげに声をあげた。


「もう一つの願いだと?」


 すぐにリヒトが聞き返す。手に持つマッチの火がフッと消えた。


 幼女が右手の指を二本立てると、体の色と顔の形が元に戻った。


『私は同時に二つ願ったの。一つは叶ったから、もう一つの願いがどうなったのか知りたいの。だから村に行くまで魔王にならない。だから連れて、お願い』


「ダメだ」


 と、リヒトはきっぱりと断り。


「……無理だ」


 と、困惑しながらあたしも否定する。


 ナルベルトを依代にした魔王は、洗脳して配下を作り集団攻撃を行う。

 幼女の能力は不明。対応策はまだなし。

 あたしの体調を考えたら、一度に二つの魔王を相手にすると流石に今度こそ死ぬ。


「村にも魔王が居る。共闘されると迷惑だ。このまま滅べ」


 リヒトは幼女を睨みつけながら淡々と告げる。消えたはずのマッチの火がまた燃えていた。


『それはないと思う』


 幼女はきょとんとしながらリヒトを見上げる。


『願いが違うから一緒に戦わない。他の魔王は私の獲物だもん、出逢ったら吸収するの』


「なんだと?」


 リヒトが眉間にシワをよせた。


『リヒトなら共闘するかもしれないけど。村にいる魔王がミロノなら、私がそのミロノを滅ぼして吸収する」


「吸収……?」


 とあたしが呟くと、幼女はウンウンと頷いて、右手を胸にあて、


『だって、我が本物のミロノになるんだから』


 と、ドヤ顔になって言い放った。

 

 あたしもリヒトも無言になる。


 吸収する。力を奪ってより強力になる。ということだとすると、魔王同士で優劣を競っている事になるぞ?


「同じ魔王の力なのに、共闘しないのか?」


 あたしが聞き返すと、幼女はウンウンと頷く。


『我の他に我はいらない。器が耐えきれるか確認しているだけだ。そしてこの器はハズレだ。少ししか入れなかった。残念だ』


 歯痒そうな表情になるが、幼女はすぐに元の愛らしい顔に戻る。


『……今わかるのはここまで。これ以上は本当に魔王になっちゃうから駄目』


「………」


 リヒトは数秒迷ったが、幼女の提案を却下した。


「信用出来ない。この場で退治する」


『お願い! もうすこしだけ! お願い!』


 幼女はリヒトの足にすがりつこうとしたが、あいつはスッと避けて距離をとった。幼女はショックを受けたように目を見開くと、ガクっと膝をついて両手をその前についた。浮いていなければ地面に崩れ落ちると言えたんだが。


『私は村の様子を見てから死にたいの! お願い! もう少しだけ見逃しておにいちゃん!』


 リヒトの手から火が現れ、すぐに炎になった。意見を変える気はなさそうだな。まぁ、そうだろうけど。


 幼女はガクガクと体を震わせる。ポタポタと涙が落ちて、白い花が幼女を取り囲む。炎に炙られた花が萎れて散る。

 このくらいの火で消滅しそうである、が。

 幼女は怯えから懇願の眼差しに変わった。お願い、と呟くだけで幼女は抵抗をしていない。


 ふーむ。どうしようかな。

 敵意はなく人の意識がまだ強い。

 魔王はいつも異例だか、これは確実に特殊だよな。


 二つとも願いが叶ったなら、魔王に乗っ取られる。叶ってないから今がある。

 村へ行って確認すること。は大体の予想がつく。

 あたしも腹に据えているから、事実を告げたときの反応を見てみたい。と黒い感情が過る。あたしだって人間だ。悪意だってある。

 

<サラマンドラよ>


「あたしが連れてってやる」


 リヒトの詠唱を遮って、あたしが幼女の提案を受けた。


「おい!」


 リヒトが詠唱を中断して非難の声をあげる。手に持つマッチから沸き上がった炎が、行き場を失くしたかのように左右にゆらゆら揺れていた。


「少々興味が湧いた」


「正気か!?」


「自分を追いつめた村で何を確認したいか興味をもった」


「なにを…………」


 反論しようと口を開いたリヒトだが、あたしの顔をみて口を噤んだ。

 悪い笑顔にしただけで、脅したんじゃないぞ。 

 あたしはスンとした表情戻る。


「正直、信用はしてない。でもまだ魔王になってないんだ。ついでに連れていってやればいい」


 リヒトは数秒沈黙してから炎を消し、


「危険性を理解しているか?」


 と、睨まれる。


「分かってる。だが興味の方が優った」


 あたしは幼女に向き直る。


「村へ行って確かめたいこととはなんだ?」


 幼女はあたしを真っ直ぐに見つめた。こんなに意志が強かったのかと思うほど、力強い眼力だ。


『村長さんたちに伝えたいことがあるの』


「その白い花、偽リリカについてか?」


 幼女はにやぁと汚い笑顔を浮かべた。復讐に身を焦がすソレだ。

 リヒトは軽蔑な眼差しを浴びせているが、あたしは面白くて笑みを浮かべる。


『だから、ナルベルトお兄ちゃんを倒すなら私も協力する!』


 幼女は条件を提示した。あたしの反応をみて、こちらを懐柔するほうが良いと判断したようだ。


『おねえちゃん達が不利になるような事は絶対にしない! 途中で魔王になったら殺してもいい! だから今は殺さないでお願い!』


「安易に引き受けるな」


 リヒトが一蹴した。

 冷たい声色を聞いて、氷水を浴びたように震えながら幼女が沈黙する。


「よく考えろ。仮に引き受けたとしても、ここからだと村に到着するまで不眠不休で二日はかかる。その間、いつ変貌するかもわからない魔王と過ごすのか? デメリットしかない」


 冷然とした態度で正論を述べるリヒトに対して、その通りだ。とあたしも頷く。

 だが、安定した今日の正論よりも、不確定な明日を体験する方が面白そうだろ?


「その通りだ。危惧は大きい。でもコレは、あたしが村まで連れていく」


 リヒトから盛大な舌打ちが聞こえた。

 すまないな。言いたいことは十二分にわかるんだが、好奇心が勝ったんだ。


 幼女を村に放ったら何が起こるか。想像しただけでワクワクする。

 絶対にいい方向に向かわない。悪い方向に向く。

 だけど別にいいじゃないか。彼らのやってきた過去が、不本意な形で今に繋がったんだ。最善だった策が現在に不幸をもたらしただけだ。それを自覚させてやってもいいじゃないか。


「なので。村に着くまで別行動だ。あんたは距離を取ってついてくればいい。そうすれば共倒れになることは回避できるはずだ。まぁ……これが不服ならついてこなくていい。あたしに付き合う必要なんてないからな」


 リヒトから怒りの波動がくる。

 勝手に決定したから気にいらないのは間違いないよなぁ。


「お前は馬鹿か」


「そうだ」


 と間髪入れず、平然と答えた。


「……っ」


 リヒトは言葉に詰まった。腕を組み、考えるように眉間に皺を寄せた後、あたしを嘲笑った。


「なら、お前が責任を持ってそいつを処理しろ。集合は三日後の早朝。村の門付近だ」


「分かった」


「じゃあな。バカ女」


 苦々しい物を口に含んだように言い放つとリヒトは歩き出した。すぐに姿が見えなくなった。一定の距離を開けて別ルートで目的地に向かうようだ。話が早くて助かる。


 さてと。と、幼女に視線を向けると、あたしを申し訳なさそうに見上げていた。


『おにいちゃんと喧嘩させてごめんなさい。でも、ありがとう』


「礼はいらない。ただ、一つ約束しろ」


『なに?』


「自分が消えそうならすぐに声をかけるんだ。村に着く前でもだ。絶対に教えろ。これが守れないなら今すぐ殺す」


『うん約束する! 絶対に守る!』


 そう力いっぱい宣言してから、少女はしょんぼりして頷いた。


『…………ごめんなさい。私の事怖いよね』


「怖いぞ。命にかかわるから譲れない。約束は守れよ」


 幼女はうん。としっかり返事をした。

 これでいいかな。さて、あたしも村に向かうか……。

 そう思っていたが、ふと、地面にむき出しの骨が視界に止まった。

 あれは幼女の母親の骨。周囲に幼女の骨も散らばっている。この二人、骨が魔王の依代っぽい。


「やれやれ。このまま放置もよくないか」


 あたしは拳を地面につけ、闘気を放つ。


「雷神の咆哮!」


 どん! 地面に穴が開いた。骨を埋められる程度の広さと深さの穴を作ったところで、母親の骨と幼女の骨を丁寧に並べた。二つの骨が寄り添うように寝かせて土で埋める。

 幼女が目を丸く見開いてその様子を眺めていた。

 土を少し盛り上げて、腕ぐらいの太い木の枝を二本刺し終わった時に、幼女の目から涙がこぼれおちる。涙は花にはならず空中で消えた。


『私とおかあさんのお墓だ!』


「野ざらしよりはマシだろ?」


『ありがとう。ありがとう。ありがとう』


 頷きながら墓に視線を向ける。


『今日から一緒だね、おかあさん』


 と、幼女は穏やかな笑みを浮かべた。



読んでいただき有難うございました!

次回はヂヒギ村へ戻ります。木曜日更新です。

物語が好みでしたら反応していただけると創作意欲の糧になります。

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