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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ヂヒギ村の惨劇(赤色を纏う亡霊)――
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魔王は失った娘を求む④


 足元の蔓がバラっとほどけてあたしを落とそうとするが、蔓の太さは二の腕の太さなので、一本あれば綱渡りできる。


「だがな。あんたのその姿を見て、泣いている子がいる」


 あたしが一本の蔓の上を走っていると、魔王が驚いたように目を見開いた。

 蔓が波打つようにしなり、暴れるが、この程度の揺れは大丈夫だ。修行して慣れてる。


 振っても落ちないとわかったのか、今度は蔓の攻撃密度が上がった。四方八方からの風を切るように振り下ろされる。

 間合いに入った瞬間に切り崩しているが……数が多い。これは回避しきれないぞ。


 あたしの刀をすり抜け、数本が頭部めがけて振り下ろされた。


 ドン! ドン!


 壁に激突するような音が響いた。

 あたしに触れる数センチ手前で蔓が弾かれる。


 これはリヒトがなにかやったかもしれない。

 有難い! このまま一気に距離を詰めるぞ!


【最後には、あの子が、大勢で殴られ蹴られ、動かなくなるまで、目の前で……だから私は復讐を誓った。邪魔をしないで。復讐するのよ。娘を探すのよ】


 あたしを責めるように、魔王は言葉を紡いでる。

 関係ないんだけど。という台詞は届かないから、無駄口は叩かない。


【娘を抱きしめてあげる前に、私を殺した、陥れた人間全部に呪いをかける為に……愛した姫を】

【愛した娘を……裏切られた報いを受けさせるために復讐する!】


 魔王と台詞が重なっていて、ややこしいことになっている。どっちがどっちの想いだ?


【引き裂いた、私から奪った、愚か者たちに復讐するために!】


『やめて、おかあさん、もうやめて』


 渦のような女の怨みの言葉に幼い声が紛れ込む。

 一瞬だけ魔王から視線を離す。幼女が魔王に向かって手を伸ばしながら、這うように進んでいた。涙を流しているので、進んだ道に白い花が咲き乱れている。

 こっちに来ようと頑張っていたようだ。

 

『おかあさん、おかあさん、おかあさん』


 幼女と魔王の距離、残り五メートル。

 吹き飛ばされないよう踏ん張っているが、後ろへジリジリ追いやられている。


『私もう、痛くないんだよ。苦しくないんだよ』


 幼女は魔王の元に近づけない。何かが行く手を阻んでいるようだ。


『もう、終わったことなんだよ、おかあさん。だから私、おかあさんの傍に居たい』

【許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない】


 細々としたか弱い声がかき消されている。

 魔王に幼女の声は届かない。蔓を動かす音と呪う言葉が耳を塞いでいるからだ。


『おかあさんに大丈夫だよって声をかけたいんだよ。ほら、私戻ってきたでしょ? おかあさんの傍にいるよ?』


 幼女は膝を付き、激しく頭を振りながら、助けを求めるように手を伸ばした。


『おかあさん! 私に気づいてよぉぉぉぉ!』

【許せない! 許せない! 返してええええええええええええええええ!】


 どうやら、幼女の骨も声も涙も想いも全て、魔王には届かないようだ。

 まぁ。話が通じないなんて、いつものことだ。


『ぅえ、え、おかあさぁん……。近くに、きた、たのに……やっとここまできたのに。私に気づいてくれない、なんで……』


 幼女から落胆の色が濃く浮かぶ。顔に絶望を浮き上がらせながら、静かに泣き始める。

 ボロボロと頬から溢れる涙は蔓に落ちても、小さな花を咲かせて陽炎のように消えている。


 もしかしたら、母親に何度も近づこうとしていたんじゃないか?

 一人では近づくことが出来ないから、あたしについてきたんだろうな。


「はぁ……めんどくさい」


 あたしはお人よしではないし、幼女に義理はない。


 だけど。


 あたしはハッピーエンドが好きだ。


「あー! もー! 仕方ないなあああああああ!」


 戦闘後にリヒトを殴るために温存していた力を全て使い、一気に蔓の波を蹴飛ばして魔王の懐まで到着した。


 服や皮膚の至る所に深い裂傷がつき、鮮血が空中を舞ったが、目の前の敵に集中しているので痛みは感じない。


 途中からリヒトの術は消えていた。おそらく耐久力がオーバーしたんだろう。防御を捨てての強行突破だったので仕方がない。


 あたしは魔王の正面、手を伸ばせば触れる位置に着地する。


「っ!」


 いったあああああ!

 靴底を貫通して足裏に棘が数本刺さったんだけど!


 どうやら魔王から半径30センチ四方に、8センチほどの長い棘がビッシリあったみたいだ。


 剣山作るんじゃねーよ!

 防御力上げてるからチクって済んだけど、下手したら足の甲まで貫通もんだからな!


【ギイイイイイ!】


 魔王は懐に到着したあたしを射殺すように睨み付ける。魔王の足元から蔓が飛び、あたしの喉を突こうと飛んできた。


 無駄だ!

 あたしの方が速い。


 ドッ!


 刀の切っ先が魔王の胸骨にある呪印を貫く。そのまま体を回旋しながら凪ぐと、頭から鎖骨部分が胴体から分離した。


【ギャアアアアアアアアアアアアアアア!】


 分離した瞬間、魔王が断末魔をあげる。

 あたしはドスを効かせた静かな声で呼びかけた。


「あんたの願いはなんだ?」


 魔王の鎖骨より上部分がゆっくりと地面に落下する。

 頭をなくした身体部分が、ぐらり、と揺れるが、倒れずその場で踏ん張る。断面は黒く、体液は出ていないが蔓が数本、申し訳ない程度に出たり入ったりしていた。


【ううう。娘を……シェイリーを……さが、探して、守りたい。今度こそおおおお】


 あたしを睨みつける魔王。すぐに鎖骨より上の部分がふわりと浮かび上がり、飴細工のように引っ付いて胴体にくっついた。


 気持ち悪い動きだが、魔王は元々そんな動きだ。内心ドン引きするが、虚を突かれるレベルではない。


「あんた。馬鹿だな」


 あたしは顔をしかめながら呻く。


「憎しみばかりに目が向いているから、本当に大事なモノを見逃すんだ。両目をかっぽじってよく見て見ろ。あんたの求める者はすぐ近くにいるだろうが」


【まもる! 今度こそ、まもる! 我の大切なものをおおおおおお!】


 ビキビキ、と歪な音を立てながら、魔王が一回り巨大化する。


 おおお? 怨みの力凄い。

 もう一度切ったほうがいいかな?


 刀を構えるが、すぐその必要はないと悟る。

 巨大化した瞬間、切り口からみるみる体がひび割れる。蔓も茶色くなり急速に干からびていく。


 額から急速に熱が引いていくから、魔王を無力化できたようだ。

 あたしは構えを緩めた。


【あ、あ……】


 ひび割れた魔王の体がゆっくりと霧散していく。目や口から蔓を出そうとしているが、赤い靄が細々と出ているだけだ。徐々に魔王の輪郭から亡霊に戻っていくが。


【う。あ。あ。あ】


 足指や手指から輪郭が溶けはじめ、みるみる姿が消えている。あと数分で消滅するだろう。

 あたしは刀を納め、成り行きを見守る。


【な、ん、で……】


 女性は自身の手指を見つめながら、フラフラと後退る。体を揺らしながら、困惑するように顔を上げる。

 深い皺が熱で溶けるように垂れていたから驚いた。

 顔を凝視したので目が合う。すると、たわんだ皮膚に隠れた唇が大きく歪み、犬のように犬歯を魅せながら威嚇する。


 うーん。茶色の犬歯と、紫色の歯茎が見えるので気持ち悪い。

 っていうか、そんなに恨まれてもなぁ。濡れ衣なんだけど。

 

【おの、れ。おのれおのれおのれ。娘をかえせ!】


 手を伸ばしながらこっちに寄ってきた。

 もうすぐ消滅するくせに、あたしを掴もうとしている。 

 あと少し近づいたらトドメを刺そうと思ったが


『おかあさーん!』


 幼女が横から女性に体当たりをした。あたしに近づいた分、幼女との距離が縮まったらしい。

 最後の力を振り絞り、幼女は女性の太ももに抱きつく。

 女性は振りほどこうと両手を幼女の肩へ当てると、そのまま動きを止めて見下ろした。


【まさか…………シェイリー】


 ハッと目を見開き幼女は顔をあげる。女性の目が自分を見ていると分かると、涙を零しながら叫んだ。


『おかあさん!』


 女性の目が更に見開かれる。目から流れていた体液が止まる。数秒固まったのち震え始める。

 幼女は顔をあげて、変わり果てた母親を見て屈託なく笑った。


『おかあさん、やっと、やっと、やっと見てくれた! おかーさーん!』


 泣き出した少女を瞳に写した女性から憎しみの炎が消えた。険がとれ、代わりに慈愛が溢れていく。女性は、愛おしいといわんばかりに、激しく幼女を抱きしめた。


『ああ、ああ、シェイリー! 逢いたかった!』


 二つの霊はそのまま再会を喜ぶ。

 抱きしめる女性と、泣きじゃくる幼女。

 女性の崩壊が加速しているが、別れの言葉をかけるくらいの時間はありそうだった。


読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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