魔王は失った娘を求む③
意識を変えよう。骨なんて知るか。
今までは『骨を見せるから中身に傷がつかないように』と注意していたが、そもそも骨を見せても見せなくてもこいつは倒すやつだ。
遠慮する必要はこれっぽっちもない!
もう骨を見せずに倒してしまおう。それが一番手っ取り早い。
幼女への言い訳はあとで考えよう。
「奥義!」
腹に力を入れて、あたしはスイングするように刀を振り上げる。風が刃に絡まる感覚を確認しながら上から下へ振りおろす。
「砕波の舞! 渦!」
ブオオオオオンン!
一刀両断の技を数回連続で繰り出す。
耳を劈く轟音をまき散らしながら、刃は蔓の塊を悉く切り裂き、後ろの巨木をえぐるほどの傷を与えた。
【ヒギャァァァァァアッッッ!】
甲高い女性の悲鳴が聞こえた。
これは魔王だな。中までしっかり刃が届いたようだ。
よかった。実は手ごたえがよくわからなくって、額の感覚に従って凪いだだけだったから。
ぼと、ぼと。
蔓の塊がほどけると痩せこけた女性が姿を現した。
薄黄色とうす茶色の血に濡れたワンピースを着ている。髪はざんばらで乱れ、頬はこけ、目は窪み、唇は紫。皮膚は老婆のようにカサカサして皮が骨にくっついているばかりか、肉がそげて骨が見えている部分もある。霊だったので地面より少し浮いており、足元に遺骨が蔓の隙間から見え隠れしていた。
女性は肩で息をするように途切れ途切れに声を出す。酷いノイズがかかっているが魔王の声とほぼ同じ肉声だ。
【なん、なの……村人じゃないのに、なんなの……】
あたしは女性の姿を舐めるように見るが、同じ亡霊でも娘とは明らかに違っている。
片や生者のような姿。
片や疑いようのない亡者の姿。
その差はなんなのかと考えると、答えは一つしかない。
「あんた。憎しみに囚われすぎているんだな」
そう指摘すると女性がギッと睨んだ。憎しみに染まる血走った眼差しがあたしに注がれる。
【あの子の、あの子が、あの子を、どこへやったの? どこにいるの?】
じっと見つめていたら、女性の真っ黒い眼球の奥底に、カマボコ目がチラチラ瞬きをしていることに気づいた。
カマボコ目と視線があうと、背筋が泡立つほどの殺気が放たれる。あたしを敵だと認識したっぽいな。
【あの子に、あの子を、あの子で、なんで、あの子がいない。夫に、親族に、友人に、しりあいに、仲間に、悪くない、あの子は悪くない、悪くないのに、あの子、あの子は……】
普通の人なら魔王の圧で恐慌状態になるだろうが、あたしはそうならない。
あ。今なら骨出せるんじゃないか?
あたしは魔王から視線を外さずに、布袋から骨を取り出して地面に投げ捨てる。
ころころ転がる骨に女性の目が釘付けになった。
【これは……】
『お、おかあさん……』
今までどこにいたんだ幼女。
姿がなかったので消えたと思っていたが、タイミングを測っていたみたいだ。幼女はゆっくりと右斜めから横から女性に近づいている。しかしその足取りは重く、怯えを孕んでいた。
【これは……!】
しかし魔王は気づいていない。
骨だけを見つめていた女性の口元がガチガチと震えた。両手で顔面の皮膚に爪を立てると、あたしを睨み付ける。
【シェイリー! お前があの子を殺したのかああああああああああああああああ!】
悲鳴と共に威圧感が周囲を覆う。その圧に負けて、幼女が女性から弾かれて後方に飛んでいくのが見えた。
あー。なるほど。怒りに支配されているとその圧に負けて近づけないんだなぁ。
あの様子だと幼女の姿が見えてないみたいだ。
【あの子に何をしたああああああああああああああああああああ!】
女性の風貌が荒々しく変化する。まるで嵐の中心に身を落としたかのように全身が波打つと、顔が左右非対称になり皮膚が溶けるように垂れさがる。
醜く歪んだ口から肉食獣顔負けの牙をみせつつ、あたしを威嚇する。
狂気に支配された女性の顔を眺めながら、あたしは呆れて肩をすくめる。
やーっぱり、こうなった。
幼女の骨を見ても正気に戻らない予想は大当たり。闘争心に火をつけてしまった。
【あの子に何をしたああああああああああああああああああああ!】
「同じセリフを二度も言うな。幼女を殺したのはあたしじゃない。あんたは最初から最後まで見てたんだろ? だったら……」
【イャアアアアアアアアアアアアアア! 殺す殺す殺す殺す】
一応否定してみたが聞く耳を持たない。
怒り狂った魔王は血反吐を吐くような金切り声をあげて、眼窩と口から鋭利な棘を付けた蔓……いやあれはもう茨の鞭だな……を何本も纏めて身長の長さまで垂れ流している。
蔓は触手のような動きになり、一本一本激しく左右に揺れており、狂乱している図を体で表している。
【あの子と同じ目に遭わせてやるうううううううううううう!】
うねらせ、這わせ、踊り、絡み、狂った波のようにあたしを狙う。
ギィン! といい音がする。最初の蔓よりも強度が増している。
弾けないことはないが、ちょっと面倒だな。
女性は仁王立ちになり両腕を大きく広げた。天秤のような体勢になり、蔓だけが口から目から耳から指から腹からわさわさ伸びて、ビシビシ打ってくる。
人間で例えると、二十人くらいの鞭使いと相手している気分になる。受け流したり、ステップで避けているが、防ぎきれないタイミングがあるから面倒だ。
まぁでも、これ即死攻撃だから油断できない。
【どうしてあの子があんな目に遭って死ななきゃならなかったの!? 病気で散々苦しんで、誰にも助けてもらえず、そっぽ向かれて。夫からも見捨てられ、あの子はそれを笑って受け入れたのに!】
口は茨で塞がっているのに叫び声が轟く。
どこから声を出しているんだ?
【ちゃんと薬を飲んでいたのよ!? 飲んでいて、でも酷くなって、このままでは村の子供が犠牲になるから、殺すって。どうして!? どうして!? せめて最後は私が抱きしめて、看取ってあげようと思ったのに、どうしてそんなささやかな願いが叶わないの!?】
女性の目と口から涙と涎が流れる。
いや、涙や涎という綺麗なモノではなく、濁った赤い液体がしとしとと蔓を濡らす。すると女性の周囲に赤紫色の靄が出てきてすぐに消えるという、妙な現象が起こった。
んー。液体だけどもすぐに靄になってる。
あれ霧だ! 顔中から体液を出して霧を作っているんだ!
ってことは、あの毒霧は女性の体液だった?
なにそれ。なら蔓は女性の血管ってこと?
魔王って不気味。
【あいつらは娘が病の元凶だと決めつけ殺した! まだ八歳だったのに! それなのに寄ってたかって、追い詰めて、追い詰めて……追い詰めて!】
女性は頭を抱えながら髪を振り乱す。
顔中から体液が一気に噴出すると濃い毒霧が立ち込め、女性の姿が見えなくなった。
その数秒後。毒霧が下から持ち上げられて上空へ消える。
視界良好になって目に入ったのは、女性の顎が外れていて、口から太く鋭い棘のついた蔓が手のように這い出てくるところだった。
「うっわ」
蔓に覆われた死体姿を目の当たりにして、思わず呻く。魔王と戦うではなく、怨霊と戦っている気がしてきた。
シュルシュル
手に変化した蔓が伸びた。避けると、無数の手が地面にある蔓を掴み抉り握り潰す。標的が避けたと分かると追ってきた。あたしを握り潰す気らしい。
【私の目の前で殺された! 許せない! 許さない!】
蔓が空を覆い隠し、ひゅんひゅんと空気を切る音が耳障りなほど周囲に響く。
「砕波の舞! 渦!」
近づいてくる蔓を刀で斬り落とす。
ぼとぼとぼとぼとぼとぼと……と適度に短くなった蔓が地面に落ちていく。
【許せない、許せない、許さない】
女性の上半身が、回転中の独楽のようにぐるぐる回りはじめる。浄化を拒む悪霊のような動きで気持ち悪い。
更に、目から黒い色素が広がり体を覆い始めると、蔓の動きが機敏になり威力が増してきた。
このままでは刀が折れそうなので、もっと闘気を練って刀に伝える。
まだ魔王が出てなかった、ということだな。
わー、額の熱量がどっと増えた。完全に変化するまえに倒さないといけないぞ。
弱点は……喉元だ!
【私の目の前で殺された! 姫を信じていたのに!】
「あたしも追われた身だ、少しだけ同情する」
攻撃をかわしたあたしは、数十本がまとまった小高い蔓の上にスタッと飛び乗ると、駆け出して魔王へ接近を試みた。
読んでいただき有難うございました!
次回更新は木曜日です。
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