魔王は失った娘を求む②
早速テリトリー内に足を踏み入れてみた。
特に変化はなしっと。
更に中に進んでみたが何も起こらないので、リヒトも中に入ってきた。
あたし達が進んでいくと、幼女が『あ』と不安そうな声を上げる。振り返ると幼女はまだテリトリーの外に浮かんでいた。
「こないのか?」
聞くと、幼女がオロオロしながら小さな円を描いて、ゴクリと生唾を飲むような動作をしながら、恐る恐る庭園に入ってきた。そしてパッと表現が明るくなる。
『入れた!』
「今まで入れなかったのか?」
『うん。霧で入れなかったの』
スイっとあたしの肩に止まる。
そのまま花と蔓の庭園を進むと一際目立つ空間があった。それを幼女が指し示す。
『あそこ!』
樹齢数百年は経つと思われる太さの巨木が蔓に巻き付かれている。
いや『木』ではなく、蔓が何重にも重なり太くなっているだけかも。
まぁ、そこら辺はどうでもいいとして。
その巨木を包み込むように毒の霧が立ち込めている。こちらの方が赤い色が強い。
「毒の中に層を創るな。面倒くさい」
リヒトが舌打ちをしながらイラッとした声を上げるも、次の瞬間、毒の層が空にあがる。
「追加でてるぞ」
巨木を隠したいのか、花という花から滝のように霧が放出され始めたが、全て空へと登っていく。
頭上を見上げると、空一面に赤紫色の雲が覆い、日差しが遮られ始めた。色合い的には夕暮れの明るさで綺麗だ。
視界を戻す。
霧が無くなり異変を感じとったのか、あちこちで蔓がくねくね蠢いている。
景色に溶け込んでいた蔓もわさっと解け、地面からはみ出したり、木々のフリをやめて花を咲かして霧を吐き出させる。花々が総出でポコポコ霧を生み出すが周囲を隠す事が出来ないと分かると、蔓の動きが活発になってきた。
うーん、触手のように動いてる。長さも見える範囲以上にありそう。
長距離。中距離。近距離全部対応できるよなぁ。
塊で一本になっている蔓を、何束も相手にするのは至難の業だ。
正直、今のあたしの体力だと乗り切れる自信がない。
「落ちぶれたな」
「そこでそうツッコムか!?」
リヒトの毒台詞に反射的に返事してしまったが、一応、どうしてダメかを告げておく。
「あのなぁ。普段でも四方八方から攻撃が降り注ぐと全部対応できん。親父殿か母殿とどっちか一緒なら全部裁けるけど……」
「お前の家族おかしい」
リヒトからザックリ言われた。
まぁ。同郷からもそういわれることが多いので、反論はできないんだけど。
うん。話を元に戻そう。できないモノはできない。
「さて。魔王はどこだ?」
目を凝らして魔王らしきモノを探そうとしたら
『あれ、あれがおかあさんだ!』
幼女が一点を指し示す。
その先に巨木の真下にある高さ三メートルの幅一メートルの蔓の塊があるだけで、人の姿はない。
えー? あの中に魔王が居るのか?
もしかしたら人の形を保っていないのかもしれないぞ。
「確認するけど、あの蔓の塊がお母さん? 人の姿してないけど、アレ?」
酷い言い方に怒るかと思いきや、幼女は辛そうに眉を下げながら同意した。
『……うん。あれがお母さんだよ』
そうか。間違いなかったか。
魔王の姿は人間じゃないことが多いので慣れているが、実の親が異形になっている姿を見た幼女は強いショックを受けただろうな。
安心してくれ。きっちり止めを刺してやる。それがあたしの優しさだ。
「とどめを刺すことが優しさか。……人間性を疑う」
「喧しいわ! ったくもー」
リヒトがしっかりツッコミしてくる。暇なのかこいつは!
色々言いたいことができたが、完全無視を決め込んで額の熱に集中する。
今回は多少の頭痛と熱だ。この反応は魔王の強さに比例すると考えると、やや弱いタイプのようである。
魔王の弱点の位置はどっちだろう……ここからだとわからないや。
よし。一瞬で懐に入って蔓を切り刻んでみるか!
あたしは刀を強く握りしめて構えると、リヒトがため息をついた。
「忘れずに骨を見せてみろよ」
「あ! そうだった骨をみせなきゃ!」
「しかし正気に戻れる確率は皆無だ」
「それを聞くと骨を出す意味があるのかと思う」
火をつけて消化したような、上げて落とすセリフだ。やる気がどっと削げる。
リヒトは首を左右に振ってから、指で幼女を示す。
「仕方ない。お前が言いだしたことだ。それに……あいつもその気になっている」
指し示す方に幼女がいる。あたしよりやや前方に浮遊しており、期待に目を輝かせた熱い視線を投げてくる。これは……うっかり忘れてたなんて言えない。
「そうだな。うん、骨見せてくるわ」
「ここで朗報が一つ。もう少し余裕があるから、お前に風の防壁を纏わせておく。それで俺のサポートは終了したと思ってくれ」
「それは助かる」
<シルフィードよ 心穏やかに舞い 我らに衣を与えよ>
体にふわっとした風が吹いた……変化としてはそれだけだ。
今はよくわからないけど、攻撃を受けたときにちょっとはダメージが違うんだろうなぁ。
「よし! いくか!」
『わ、私もいく!』
あたしは蔓の塊に向かって駆け出すと、幼女も後ろからついてきた。
蔓は反応しきれないのか、あたしが走り去ってからゆっくりとあちこちから伸び始める。
蔓の塊まで難なく到達し、刀で一閃した。
ギィッ ギッ
予想よりも硬い手ごたえだ。
表面の二層だけ切れて地面に落ちると、塊が一回り小さくなった。
返す刀で下から袈裟切りにして、更に返す刀で斜めに振り下ろし、今度は反対側を下から切り上げて、切り下ろす。棘がたくさんついているが刃の動きを邪魔しない。
十秒の間に十回ほど切り刻むと、空洞が見えた気がした。
よし! 中身が出てきそうだ!
中身を傷付けないよう加減して、頃合いをみて袋から骨を出す。
方針を決めた途端、塊から新たな蔓が伸びあがり巻き付き始めた。そればかりか、地面に敷き詰められている蔓が激しく揺れて、足元が不安定になる。
「だぁ! 伸びてきたぞ!?」
敷き詰め垂れた蔓がたわむと、隙間から沢山の蔓が上方向に伸び、あたしに狙いを定めてきた。
なんとなく、穴を掘っていたら上から砂を落とされている気分になる。
バチン! バチン!
「うっわ! いって!」
蔓は鞭のようにしなって動く。四方から左右に振り回されるので刀でさばききれない。腕や頬に当たって体勢が崩れてしまい、よろけそうになる。
バチン!
と激しい音と衝撃はあるが、皮膚に当たっても少し赤くなる程度か、多少の擦り傷ぐらいでダメージが小さい。風の防御が効いているようだ。
しかし蔓に勢いがあり、足場も悪いので弾かれそうになる。
完全にこけると詰むので、ステップや小さいジャンプで回避するのだが……。
「……ふっ!」
スタミナがガリガリと凄いスピードで削れていく。
まだ十分も経過していないが体が重くなってきた。そして動きにブレが生じている。
腹部から力が抜けていくので、多分、腹の傷口があいたなこりゃ。
「あああああ! もう! 体が鈍いぃぃぃぃ!」
体幹のダメージ蓄積により、上半身や腰の動きに制限ができてしまった。
鈍い痛みに体が思うように動かないジレンマが発生する。
「だがあたしはまだまだやれるっ!」
自分の体に叱咤しながらも、蔓をバシバシ切り落とす。
ジリ戦に突入するのはまずい、次の戦闘に影響する。そうならないために早くケリをつけなければ!
うおおおお、やるぞおおおおおお!
その思いがあたしを突き動かす。
これぞまさにモノノフ魂!
「どこの熱血物語だ」
あたしの耳にリヒトのため息交じりのセリフが聞こえた。
いやまって。ほんとにそう思ってるんだってば!
別に熱血物語しているわけじゃないんだから!
そう否定したいが、それでどころではない。
ギリっと奥歯を噛みしめると、ゴォウ、と耳元で強い風が吹く音がした。
<シルフィードよ。敵の行く手を阻め>
強風が蔓の動きを阻害し地面に押し付けている。
どうやらリヒトが力を貸してくれたようだ。
うっわ。こっわ。明日は絶対に槍が降る。
恐怖を覚えた途端、あたしの頭上から空気圧が加わった。
ズンっと体が重くなり、耐えきれず尻餅をついた。ザクザクっと棘がケツに突き刺さる。
「おぅわぁ!? ひぎゃ! ケツいてぇ!」
ゴムバネのように慌てて立ち上がると、すぐにケツを触って確認した。
服は破けてないが少し棘が刺さっている。
「嫌がらせか!」
棘を払いながら後ろを振りかえる。リヒトは鼻で笑っていた。
「知らねぇよ。そっちが勝手に風圧に入ったんだろ?」
「マジで痛かった! 絶対わざとだろ! あんたは後で泣かす!」
「難癖付けるな。でも喧嘩なら買ってやる」
ゴゴゴゴゴ……と射殺すほど目力を入れて数秒睨み合うと、あたしはすぐに魔王へ向き直った。
敵は魔王だからな。
読んでいただき有難うございました!
次回更新は木曜日です。
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