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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ヂヒギ村の惨劇(赤色を纏う亡霊)――
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魔王は失った娘を求む①

〈ここはトゲトゲワールドか?〉



 朝になったので移動しているが、森の中が今までと違っている。一時間に一回の間隔で発生していた毒霧がまだ出ていない。


 足止めがなくなったので、一気に移動速度が上がる。このペースなら半日ほどで到着するはずだ。


 どうして発生しないだろう。

 昨日と今日の違い。

 うーん。幼女の存在があるからと考えるのが妥当だ。

 魔王の力は魔王に効かない。もしくは、毒霧の魔王が幼女を避けていると推測できる。


『あのねあのね。私のおかあさんはね。すっごく美人なの』


 幼女がにこっと微笑む。


『私のおかあさんはすごく優しくて自慢だったの』


 幼女は霊のままだった。魔王になったら始末しようと思っていたが大丈夫そうだ。


 そんな幼女は昨晩からずっとあたしの傍にいる。肩が触れそうで触れない、そんな至近距離を保っていた。走っている今も、あたしと同じ速度でピッタリとついてきている。

 ふわふわ体の周りを漂っているので、気分的に邪魔だ。

 何故こんなに近いんだよ。

 骨を持っているから寄ってきているのか?


 ちらっと幼女に視線を向けた。

 終始笑顔で目が輝いている。母親の元へ向かうのが嬉しくて仕方ないようで、出発してからずっと喋り続けていた。

 話の内容は昨晩と同じ。母親の容姿、性格、日常の様子と二週間分の嬉しい思い出である。

 1から10まで語り終わる時間が二時間半。それが一言一句違わずループしている。


 霊は新規記憶の蓄積がないため、生前の記憶をループして話すことはある。幼女もそうだろうが、その長さが極端に短かった。

 幼女の記憶は、死ぬ時の印象、母親の特徴が主で、それを除いた他の思い出は三十分にも満たない。

 強い印象のある記憶だけが残っている状態に、魔王化によって記憶が失われる現象が重なった結果、幼女を幼女として確立する思い出が短くなったと推測できる。


『私はおかあさん似ってよく言われてるんだー』


 なので、この話題は昨晩から数えて9回目のループに入った。聞きすぎて耳にタコだ。聞き飽きたからやめろとやんわり言っても、聞く耳がない。

 単なる悪霊だったら、問答無用で消滅させているところだ。


 何度も同じ話を繰り返す影響で、リヒトは5メートルほど後ろに離れて歩いている。幼女に近寄りもしない。耳を両手で塞ぎたいのか何度か耳に手を当てていた。


 気持ちは分かるが、少しくらい我慢しようぜ。

 そう言っても睨みながら拒否されるんだけどな。


『あとね。がんばりやさんなの。野菜を作ってたんだよ。美味しいってみんなにほめてもらえるくらい。私もおかあさんの野菜大好きなんだ』


 幼女の音だけが周囲に響いている。風の振動で発音しているから幻聴のように曖昧に響く。

 雑音に近い音なので、あたしは相槌することもなく無視してる。


『私、体が弱くてね。熱を出すたびに凄く心配してくれたの』


 幼女はあたし達の対応を全く気にしていない。むしろ、音が弾んでいてご機嫌だ。浮いている姿も軽やかで見るからに浮足立っている。


 面倒だなぁ。とため息をついたとき、あたしの額に妙な反応があった。

 幼女から目を離し、周囲を警戒しながら左側を向いた途端、急に額の熱が強くなった。

 立ち止まって先を確認する。10メートル先、木のフリをしている蔓の隙間から毒霧が立ち込めているのが見えた。あそこから禍々しい気配を感じる。あそこに魔王がいるようだ。


『あの日、私は』


 幼女の音が悲しげに掠れたので一瞥する。真剣な表情を浮かべて毒霧の奥を見つめている。

 思い出すのが辛いとばかりに、眉間にシワを寄せ、目尻に涙が浮かぶ。

 

『私は高熱にうなされていた。たくさん吐いた。それでおかあさんは、私を抱きかかえて村を飛び出した。血相を変えて走るおかあさんが怖かった。村を出て森についても、ずっと休まずに走っていた……』


 初めて聞く話だ。

 あたしは耳を傾けようとしたが。


「すぐそこに魔王がいる」


 背後からリヒトの鋭い声が聞こえて、幼女の音に耳を傾けるのを止めた。

 肩越しに振り返ると、一人分の距離を開けてリヒトがあたしの横に並ぶ。その目は毒霧の奥を凝視していた。


「やはり視界が悪そうだ。毒霧を晴らして視界を確保するから、俺は攻撃を行えない」


「当初の予定通り、あたし一人でってことだな」


 あたしはリュックを置いて薬を取り出す。強めの痛み止めを飲んで体の動きと装備を確認する。

 リュックはここに置いて、戦闘後に回収する。


「蔓の攻撃がくるだろう。止められそうなら止めてやる」


 リヒトもリュックを置いて中身を取り出す。色付き模様付きの手の平サイズ長方形メモを数枚、腰につけたポシェットに入れていた。

 すぐに取り出せるようにしたんだろうが。あれはなんなんだ?

 まぁいいか。何かの道具なんだろう。

 

 あたしは視線を外しながら、


「へぇ。なら期待してみよう」


 何気なくそう言ってみた。

 リヒトは驚いたように瞬き一回だけすると、すぐに目をそらした。

 期待するなという意味だな。


『私は高熱で気づかなかったけど、大勢の村人があたし達の後を追って来てたの。だから、おかあさんは逃げてた。でも追いつかれてしまって死んだ』


 あたし達が準備に取り掛かるなか、幼女から物語導入プロローグが語られている。

 戦闘前に感情移入用の演出だと思えば悪くない。

 勿論、感情移入なんてしないけど。


『私はろーれんじ病を患ってたって、死んでから分かったんだ。おかあさんは病のことを皆に隠して、私を守ろうとしていたの。だけど駄目だった。私は村の大人達に殺されてしまった』


 あたしは骨の入った袋を左手で掴む。これを忘れたら取りに戻らねばいけない。

 暗器持った、回復薬一個持った、体の調子はいい。


「よし、あたしは準備オッケーだ」


 リヒトに向かって言うと、首に巻いているマフラーで口元を隠しながら彼は頷いた。


「俺もだ。役割分担の再確認必要か?」


「必要ない。あたしが戦い、あんたはできる範囲でフォローするんだろ」


 リヒトは口の端を歪めて微苦笑を浮かべた。

 うん、悪い顔してら。

 面倒ごとは絶対に倒すと意気込みが感じられる。


『ママの目の前で、死んじゃった……』


 幼女の音が、か細くなる。

 うつむき、右前腕で目元を乱暴に拭う。腕に滴った涙が数滴地面に落ちると白い花が咲き、すぐに枯れた。


 何とも言えない気持ちだが、要はこの子は生き残れなかったんだ。

 おそらく、ヂヒギ村の村人たちは何かあるたびに頻繁に人間を間引いてきたのだろう。そうやって犠牲を出しながら全滅を避けて生き残った。

 だから今更、一人や二人の犠牲なんてさほど気にもしないはずだ。


 伝染病と思ったから隔離して、これ以上犠牲者が増えないように処分という形で手を打った。

 自分の身に。愛する誰かの身に。死が降りかかる事を極端に恐れた。広がる前に元凶を遠ざけて、平穏を保とうとした。

 村長達が口を濁したのは、あたしがよそ者だったからだ。

 村の常識が外では通用しないと知っているから、無駄な非難を受けないように黙った。再び村に商人や冒険者を呼び込む障害にならないため、不利益な情報を隠した。

 本来ならそれで終わる話だったのにな。

 

 あたしはスッと目を細めた。


 リンチされた忌々しい出来事が脳内に蘇る。

 ヂヒギ村の連中がやった事は最悪最低だが、その心情が理解できないわけではない。

 でも結局、彼らはナルベルトのような考え方なんだ。

 正論を掲げて異議を認めず。

 正論を押し通してしまい歪めてしまった。

 幼女やその母親に村長たちが恨まれても仕方がないことだな。

 

 毒霧は空気の比重で別れていると思えるくらい境界線がクッキリしている。まるで赤紫の綿あめの壁だ。

 リヒトが呟く。


「毒霧の範囲は直径300m。なんだ、案外範囲狭いな」


 ふぅん。と相槌をうってあたしは見上げる。くるくる回っていた幼女が、あたし頭に顎を乗せつつ背中にひっついている。

 なんでこんな体勢になってるんだ?

 まぁいいか。気にしたら負けだ。


「よし。行くか」


 あたしが刀を抜くのを見て、リヒトが唱える。


<シルフィードよ。霧を上空へ押し上げろ>


 強風が四方からやってくる。赤紫色の霧がふわっと塊のように浮き上がると、そのまま上空へ押し上げられた。


 クリアになった視界に広がるのは、毎度おなじみの蔓敷き詰められた景色だ。蔓に赤紫色の花が咲き誇っており、花の庭園のようにも見える。


 残念な点は自発的にくねくね蠢いている蔓と、花から毒の霧が噴射されて、ぽっぽっぽっぽ。と上に登っていることだな。

 

読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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