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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ヂヒギ村の惨劇(赤色を纏う亡霊)――
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毒霧の森を進む⑥



 リュックから携帯食と片手鍋とスプーンを取り出し、焚火の傍に座る。

 今日の焚火は大きめに作ってあるから暖かい。冷えた体に丁度いい。

 片手鍋にお湯が湧いていた。

 コップ一杯分欲しいな。


「これ」


 リヒトの鍋なので、お湯を貰える聞こうとしたが、


「勝手に使え」


 その前に承諾を得た。

 だから読むなっつーの!


 気を取り直して食事にする。

 いつもの如く携帯食とお茶である。

 そろそろ肉が食いたいが、獲物の姿がないので我慢。残り一週間分の携帯食が尽きたら本格的に狩りをしよう。


 あたしがモソモソと食べていると、リヒトが立ち上がった。

 泉の周囲や蔓との境目を見つめたち、蔓を触ったり、泉を覗き込んだりしながら、メモ帳にペンを走らせる。


「この辺だけ蔓が密集してないのは何故だ? 水が弱点なのか? いや、でも水をかけても変化はなかった」


 ブツブツと独り言が聞こえる。

 調査している姿を見ながら、あたしは周囲に目を配った。今のところ毒霧は出てこないし蔓も動いていない。

 本当にゆっくり出来そうだ。


 食べ終わったので二杯目のお茶を飲む。

 そのタイミングでリヒトが焚火に戻ってきた。

 メモ帳にペンを走らせてながら地面に座りながら、人骨に視線をむけた。そのまま数秒ジッと凝視して、ため息をつくとメモ帳を閉じた。


 「ふぁ」


 と、あたしはあくびを噛み殺す。お茶で体が温もって少し睡魔がやってきたみたい。


「眠いなら寝ろ。俺はもう少しこの辺を調べておく」


「うーん。しかし」


 あたしは目をこすりながら首を傾けた。


「あんた、夜通し見張りをしているから殆ど寝てないだろ? そろそろ睡眠時間を優先させないと体が持たないんじゃないか? 今日はあたしが先に見張りをするから、あんたが先に休め」


「断る」


 速攻で断られたので、あたしは額に手を当てて呻く。


「まじか。そっちまで弱ったら困るんだけど」


「数日完徹でも問題ない。俺はそのように鍛えられている。骨は日が出てから埋めろ。今は体力回復の方を優先するべきだ」


 うーん。と悩むと、リヒトがため息をついた。


「船漕いでるやつが言う事じゃない。俺はまだ眠くないからさっさと寝ろ」


 何度か押し問答をしたが、リヒトは一切譲らない。早朝に少し寝ることも妥協しているようだ。

 だったら、あたしがさっさと寝て、日の出前に目を覚ます。これがいいと昨日気づいた。


「じゃぁ、そうするか。あんたが眠くなったら遠慮なく叩き起こせ」


 あたしはリュックから寝袋を引っ張り出し、さっさと横になった。


「おやすみ」


 リヒトはやれやれと首を左右に振って呟く。


「言わなくても察してほしいものだ」


 これはあたしに対する愚痴だな。


「無理。言わなきゃ伝わらない」


 間髪入れず言い返したら舌打ちが聞こえた。

 無視してそのまま眠りについた。







 ーーーー?



 あたしは意識を覚醒させた。

 ゆっくりと目を開けて周囲を見渡す。

 焚火の明かりが暗闇に包まれた世界を柔らかく照らしている。


 やはり妙な気配がある。


 ゆっくりと寝返りをうちながら頭を動かす。

 左側ある焚火の方を向くとリヒトが泉の方を見ていた。ピリっとした雰囲気をだしている。何かに警戒している。

 

「なんだ、起きたか」


 すぐにあたしが起きている事に気づいたようだ。


「何かあったのか?」


 寝袋から体を起こして聞くと、リヒトは泉の方を指し示した。

 そこに視線を向けると、泉の手前で体が透けた幼女が浮いていた。歳は8歳から9歳くらい。袖の短い白いワンピースを着ている。足は裸足だ。

 幼女の足元に人骨がある。たまたまそこに浮いているわけではないだろう。


 あたしは軽く頭を掻きながらため息を吐いた。


「霊か。やっぱりさっさと埋めてやればよかったな。文句でも言いに出てきたか?」


「さぁな。意図は分からない。さっき急に現れてからずっとこっちを見ている」


 そしてリヒトは喉元を軽く触る。


「だが。微かに魔王の反応がある」


 あたしも額を軽く触った。ほんのり熱く、嫌悪感のような苦々しいものを感じる。


「そうだな」


 そう呟きながら、ゆっくり寝袋から出てしゃがみ、傍に置いてあった刀を握る。幼女から目を離さずにゆっくりと構える。いつでも刀が抜ける状態になってから、リヒトに声をかけた。


「仕掛けるか?」


「……いいや。もう少し様子をみたい」


「敵意がないから?」


「そうだ。敵意もなく、攻撃する素振りもないから様子を見ている」


「敵意のない魔王か。初めてな気がするぞ」


「初めてだ。だからどう対応しようか考えている」


「話しかけてみたいのか?」


 リヒトは躊躇いがちに頷く。


「そうだ。まぁ、今までの経緯からすると、まともに話が通じないだろうが……」


 ああ。その気持ちは十二分にわかる。対話どころか問答無用でかかって来たからな。


 ふわっと風が頬を凪いだ。


『おねえちゃん、おにいちゃん』


 風に乗って音が届いた。

 声帯からの『発声』ではなく『草の擦れによる発生』。

 声として捉えるにはややノイズが酷く聞き取りにくい。


「「なんだ、喋れるのか」」


 あたし達はどちらともなく声を出した。

 そして二人同時に警戒する。リヒトが臨戦態勢になり、あたしもすぐに奥義を放てるよう闘気を練る。ピリッとした緊迫した空気が漂う中、幼女は腑抜けたような笑顔を浮かべた。


『骨、拾ってくれてありがとう! 冷たくなくなったよ!』


 邪気は一切感じられない。感謝していると伝えようとしてあたし達を拝んでいる。

 リヒトはあたしを示した。


「礼ならそこの包帯女に言うんだな」


 あたしはガクっと体を揺らす。柄を握る手が苛立ちで震えた。

 この状態で悪口をいうのか!


「誰が包帯女だ! 腹部だから見えないだろ! っていうか、もっと別な言い方しろよ!」


「頭がお花畑で空気が一切読めない余裕かましてドツボにハマったそこの包帯女馬鹿」


 おのれ……息継ぎなしで一気に吐き捨てやがった。

 苛立ちで眉間がぴくぴく動くが、何とか耐えた。


「完治したら殴る」


 この数日間で『リヒトを殴る』を何回言っただろう。でも、まとめて一回にしてやる。回復薬も沢山用意してやるからほんっっっとうに覚悟しろよ。


 心の中でリヒトを一蹴する。

 深呼吸をしてイライラを沈めてから、幼女に話しかけた。


「ええと……あんたは会話できるか?」


『できるよ。なぁにおねえちゃん?』


 できるのか! 

 あたしは驚いて目を見開く。

 ええと、じゃぁ、何を聞こう。あんたは魔王かっていきなり確信攻めるのもなぁ。


「……なんでここで死んでるんだ?」


 気になることを、と思ったら死因について問いかけた。

 幼女は少しだけ伏せ目がちになるが、ハッキリとした口調で答えた。


『ここで殺されたの』


「誰に?」


『ヂキビ村の村長さんや木こりさん達に。もっと言えば、村の大人達に』


「マジか……」


 ヂヒギ村の奴だろうと思っていたが、村長や木こりに殺されていたのは予想外だった。

 っていうか、なにやってんだあいつら!

 口ごもったり話題をそらしたことがあったが、あれはこの子の事だったのか!?


 嫌悪で表情を歪ませながら、あたしは質問を続ける。


「殺された原因は分かるか?」


 幼女は『んー』と首を傾けて体ごと斜めになる。そして垂直に戻った。


『えと、私がろーれるじ病に罹ったから。私の年でかかったらでんせんびょうになって、おなじ年の子にうつるんだって。他の子にうつらないように間引くって言ったの』


「間引く……」


 あたしは血の気が引いた。病気で村が全滅しないように殺すという宣言だ。

 閉鎖的な村だから起こったことかもしれないが、それにしても酷い話だ。


「二年前か?」


 と、静観していたリヒトが問いかけた。


 幼女は少々考えるように首を捻って、曖昧に頷く。


『時間の感覚はわからないの。でも多分、そのくらいじゃないかな?』


「時期も合う。なるほど。それでお前は魔王に願って、ヂヒギ村に復讐しているのか?」


 だとしたら、これは村長達の招いた結果だと言わざるをえない。

 もっと別の解決策を選べば、こんなことにはならなかったはずだ。


 リヒトの質問をきいて、幼女は驚いたように瞬きした。


『ううん。あたしの願いはおかあさんに泣かないでって事だよ。あたしが間引かれるって知って、たくさん泣いて。あたしがしぬときもずっとそばに、だから、あんなひどいことになって……』


 幼女の目から涙があふれ出した。

 涙が地面に落ちると一瞬だけ小さな花を咲かせてすっと消えていく。


 待て。あの花は……見覚えがあるんだが。


ブクマ有難うございますー!励みになります!


読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら反応していただけると創作意欲の糧になります。

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