初めての魔王①
<……魔王とは?>
現在午後9時半、食堂は人で溢れており、各々の談話の声で賑わっている。
朝食を食べに来たら偶然に顔を合わせ、意味なく少し睨み合った。数日共に生活をしたので、お互いがお互いの時間配分を把握している。驚くことにリヒトとあたしの大まかな一日のサイクルは似ているようだった。
席に限りがあるため不本意であるが、彼と一緒の席で食事することになり、ならばついでにと、定期連絡という情報交換を行っている。
あたしは昨晩聞いた噂をリヒトに話すと、淡々とした反応を示した。周りに座っている人たちを眺めながらパンをつまむ。
「その話なら俺も聞いた。昨晩も犠牲者がでたそうだ」
「ふーん」
豪華な酒場の用心棒男の態度を思い出す。
「じゃ、結構有名な話なのか」
パクリとブロッコリーを口の中に放り込んだ。ドレッシングが美味しい。
あたしの態度にリヒトは呆れた口調になる。
「有名って。当たり前だろう。下手したら自分が犠牲になる。ここの住人は、どこで被害がでたか逐一情報を仕入れてる」
「そうだな。あたしの言い方が悪かった」
そして咀嚼していた物を飲みこむ。
「そもそも、死因からしておかしい。怪談としか思えない」
「そうだな。糸だけで出来るとは到底思えない」
「糸にそんな強度があれば、防具を編めるぞ」
編み方を想像するが、全く思い浮かばなかった。
「昨日、図書館で織物関連を読んでみたが、使われる糸は一本ではとても弱いため、5、6本をまとめて使うらしい。つまり、一本だと巻き付ける途中で普通に切れる」
「ふむ」
「そして、それと同様の糸が事件に使われている。死体に絡むのは一本だ。束ねているのではなく一本糸。それが首や体に巻きついているが。死体を降ろそうと触ると重さを支え切れる途端に切れて落下するそうだ」
食べ終わったあたしは手を合わせて「ご馳走様」と小さく声を出す。そして飲物を口にしながらリヒトに視線を向けた。
「人間技じゃないなぁ。世の中不思議で溢れている」
真面目手に考えたとしても何も思い浮かばない。物理に関与できない霊魂の仕業ではないだろうし、妖獣の蜘蛛タイプだと糸の太さは見えないほど細い為、一本と判断できない。人間が行うには一人ではなく複数必要になるだろうし、だとすると糸の強度の問題も加わってくる。
そして、目の前でいきなり人が吊るされることはないだろう。
「人がやってそうな痕跡ってあったのかな?」
「話を聞くと、死因はほぼ窒息。肉体派損及び内臓破損によるショック死もあり。まるで巨大な岩に潰されたり、巨大な蛇に絡まれ窒息したような。簡単にいえば、中身はぐちゃぐちゃで自警団も手を出すのを躊躇うほどだそうだ」
「うわー」
「殺害現場は確定していて、織物成業場や糸生成場など、織物に関わっている建物だ」
「うわー」
「おっっまえ、本当にたわいもない情報しか仕入れなかったんだな」
あたしが聞いた話は他のエリアの災いだ。それをリヒトに話すと彼の苛立ちは止まった。
「まぁ、方向性が違っていいじゃないか」
リヒトは煩瑣の用事に追われているように、椅子の背もたれに体を預けた。それな眺めつつ、あたしはフォークをクルクルっとまわして、リヒトの方へ刃先を向ける。
「さて、どうする? 犯人が人間ではないとすれば、退治方法が全く分からないんだけど。行き当たりばったりで出遭ってみて軽く突っついてみる、ってことでもするか?」
リヒトは水を一口飲んで興味なさげに頷いた。
「そーだな。一応観察してみるか。毎夜行われているみたいだから今夜もやるだろ。深夜を回るころだから、夕刻の音が終わって三時間後ってところか? その時刻に宿の前で待つ」
「了解。それまで解散、ということで」
頷く彼を尻目にあたしは立ち上がる。食べ終えた皿を調理洗い場まで持っていった後、部屋へ戻った。
ドアを閉めて鍵を掛け、部屋に異変がないかチェックをした後に、大きく背伸びして息を吐く。
「ぬー。額が気になる」
額を隠しているバンタナを外して鏡を見た。案の定、呪印が煌々と燃えていた。
「えええ。赤々と焼けただれたよう浮き出てる! ちょっと! 怒ってないし、興奮しても無いんだけど!? なんで!?」
独り言で叫んでも、なんの解決策もない。
あたしは鏡の前で前かがみになり「はぁー」と息を吐く。
ちょっとむなしくなってきた。
夕方まで何もやることがなかったので、散歩と基礎トレーニングを済ませて武器の手入れをした後にベッドにはいった。寝る時刻としては早すぎるが、休める時には休むよう親父殿に仕込まれているので、難なく眠ることが出来た。
深夜0時。宿を出ると町は静寂に包まれていた。
外の空気はひんやりと肌寒く、建物から明かりが全くついていないので余計に閑寂の境地に浸ってしまう。
宵の刻まで賑やかだったギャップにあたしは「わぁ、静か」と小さく声をあげる。
夜になると村と同じように静かになるのか、それとも災いに関わらないように息をひそめているのか。酒場周囲が賑やかだったことを考えると、おそらく後者だろう。不要な外出を控えているため、人気がないのだ。
「織物に関わっている建物は沢山ある。町の東側に固まってるから、そこへ行くぞ」
言い終わるな否や、リヒトはズンズン先に歩いていく。
コツ、コツ
と彼の靴音が空気に響いて反響した。
囮になる気満々なのか?
一瞬思ったが、そうではあるまい。静まり返っているため小さな音でも響いているのだ。
あたしは舌打ちをして後を追う。勿論足音は一切鳴らさない。
「なぁ、もう少し足音小さくならないか?」
「黙れ。これでも足音消しながら歩いてる。足音なさすぎてお前の方が不気味だ」
「そりゃ、足音させたら気づかれるじゃないか。誰かさんみたく闊歩して立派に音を立てて歩くなんて。敵に先手を打たれるようなもんだ」
「なんだと? 先手を打たれた場合は俺のせいって言いたいのか?」
「その通り」
「はっ! 先手を打たれてもやり返せばいいだろ。コソコソしてネズミかお前は」
「コソコソして不意打ちできるなら儲けもんよ。デカい態度で的にならないといいな!」
小声で罵倒しあって歩いていたが、空気の変化を感じて少し息を殺す。
それが二人同時となれば、まぁまぁ息は合っているといえるのだろうか?
そう思いたくもないのだが。
「この辺り? いや、もう少し先か? なにか居る」
リヒトが声を押し殺しながら呟いた。周囲を見渡すが小さな街灯から把握できる景色は少ない。
「こっちの方向だと織物成業場だな」
「なんだ。地図頭に入ってるのか」
少し感心したように言われ、あたしは頷く。
「当然。道を知らなければ追跡も出来ないし、戦闘も不利になる」
「そうか。良い心がけだ」
リヒトは常に毒舌だが、真面目な姿勢に対しては素直に評価する。こいつも本来は生真面目な部類なのだろう。やることしかやらない飄々としたあたしにイラつくのは当然かもしれないな。
「それはそうと、確認して良いか?」
「なにを?」
あたしはリヒトの姿を上から下まで眺める。
うむ、やはり持っていない
「何が持っていないんだ?」と不快そうに聞き返してきた。
あれ? 口に出したっけ? まぁいいか。
「自分の命を守る武器、持ってないよな?」
彼は武器らしい武器を持っていない。暗器の音はしないし、そもそも防具もつけていなさそうだ。コートの下にある腰のポーチと、妙な字が書いてある腕時計だけが視界に入る。
もしや格闘系なのだろうか?
いやでも、体格的に筋肉は少ないから荒業をするとは思えないし、暗殺術を嗜んでいるようにも見えない。




