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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ヂヒギ村の惨劇(赤色を纏う亡霊)――
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毒霧の森を進む④

 毒霧が晴れたのはそれから三時間後だった。

 花はしおしおに枯れて煙のように消えたが、みっちりと棘の蔓で覆われて地獄みたいになってる。

 毒霧が完全に消えても蔓が留まっていたので


「次に花が咲く時間を計る。このまま待機するぞ」


 リヒトは風のドームを取らず、その場に腰を下ろして胡坐をかいた。

 

 下は蔓の棘があるはずだが痛くないのか?

 そう思って地面を見ると、空気の層がクッションの役割を行っていた。地面から数センチ浮いている。

 そういえば、足の裏にちくちくした痛みはない。

 うん。これなら座っても大丈夫だな。


 あたしも膝を曲げておしりを地面につける。予想以上にふわっとした感触だった。


 そのまま経過を観察していると、毒霧が消えて三十分後。木に巻き付いていた蔓がシュルシュルと下に降り移動を始める。スルスルスルスルと滑るように蔓が右から左へ流れて……去った。


「あれ? 蔓がなくなったぞ」


 目視で探すがない。ずっと伸び続けるのかと思っていたら、終わりがあったようだ。

 だとすると、蔓の直径は2キロ。範囲は不明。蔓だけが森を巡回しているみたいだな。

 森をくまなく這っているのか、決まった道を這っているのかはわからないけど。


「あの蔓が魔王?」


 なんとなくリヒトに問いかけると、彼は首を横に振った。


「いいや。あれは力の一部だ。魔王じゃない」


「なんでわかるんだ?」


 リヒトが自身の胸骨部分を指で示した。


「熱の発生量が違う」


 言われて、あたしも額に意識を向ける。

 蔓には魔王の気配を感じるけども弱い。どちらかといえば、これから向かう目的地の方が気配が強い。


 初歩的なことを忘れていた。と気が滅入ってしまい、重い溜息を吐く。

 陰気臭さを感じて、やれやれと言わんばかりの露骨な表情になる。


「体の傷がまだ治っていないから、感覚が鈍くなるのは当然だ」


 そして外を確認する。景色に変化はないと判断したのか、リヒトはすくっと立ち上がった。


「これ以上、観察しても意味なさそうだ。解除する」


 風のドームがスゥっと消えると寒さが戻ってきた。反射的に身震いする。

 そろそろ野宿を冬用スタイルにしたほうがよさそうだ。


 あたしも立ち上がったが。


「……んぐ」


 立った瞬間、全身に痛みが戻ってきた。

 しまった。蔓の観察をしていて回復薬を飲み忘れてた。

 ポケットに入れている薬を飲んでいると、リヒトは呆れたようにジト目になり首を軽く降る。

 

「お前の体力はそのくらいなんだよ。今日はここで野宿をする。見張りは諦めて寝ろ」


 リヒトは強い口調で言った後、1メートルほど前に移動してひらけた場所にリュックを置いた。


「それは。同意しかねる」


 黙っていたら同意したことになるので、すぐに反論した。


「あたしが見張りやらないと、あんたが寝れないだろーが」


<シルフィードよ。すべての対象の情報を届けろ>


 リヒトが何か術を唱えた。

 小さな風の塊があいつの目や耳に集まると木々の隙間や空を目指し、四方八方に散っていった。


「あれはなんだ?」


「今夜は蔓の動きを追跡するから寝ない」


「だから」


「明日の早朝に少し寝かせてもらう。……これでいいだろ」


 決定事項になってるじゃないか。

 横暴なわりに、こっちの体調を気にしているからアンバランスさが目立つ。

 あいつに何があったんだろう。いつもと違うから不気味で……鳥肌が立つ。


 疑わしい視線を向けると、リヒトが気に入らなさそうに目を細めた。


「言いたいことはなんだ」


「……ありすぎて困る」


 真顔で答えたけど、リヒトは気にした様子もなく、ふぅん。と頷きながら地面に手をかざす。


<ゲノーモスよ。焚火用の石をつくれ>


 うわ。リヒトが手をかざした地面からにょきにょきとキノコのように石が生えてきた。

 それを円に並べている。焚火用の石を用意したんだ。

 なんだそれ楽だな。


 感心して見守っていると、リヒトがこちらを振り返った。


「それで、言いたいことはまとまったか?」


 ぞわっと鳥肌が立ち、あたしは頭を振った。凄まじい違和感に困惑してしまう。


「あんたがあたしに対して気を利かせるとか不気味なんだよ! これみろ鳥肌! 敵に塩を送られている気分だ!」


 鳥肌がぶわっと立っている腕を示すと、リヒトはジト目になったあと、興味がないとばかりに地面に落ちている枝を集める。蔓が通った後なので沢山落ちていた。


「俺は合理的に動いているだけだ。それについてお前がどう感じるかなんて関与しない」


「そうだろうけどさぁ。なんっかこー。いつもと違うから妙に落ち着かないというか。慣れないというか。悪い意味ではないんだが、キャラ変わったのかと聞きたくなる」


 途中で口ごもると、リヒトは集めていた枝をバラバラと地面に落とした。パンパンと手を叩いて、両腕を組む。


「なら……俺は今から能力で周辺を調査するから、野宿の準備は丸投げする。さっさと働け」


「それならいい」


 役割分担は大事だからな。

 そっちが追跡するんなら、それに集中してもらう。

 あたしも動けるから準備しないとな。


「苦労を買うタイプは損をするぞ」


 リヒトに困惑した色が浮かぶが、全力で無視した。







 進むにつれて、蔓が頻繁に現れ毒霧の発生頻度が多くなった。

 日に何度も毒霧が立ち込め、なかなか進むことが出来ない。

 空気の層を隔てた向こうにある赤紫色を眺めながら、風のドームごと進めないのか聞いてみたが、リヒトは否定した。

 進むことはできても、毒の粒子が紛れ込む可能性があるので、念には念を入れている。とのことだ。

 

 しかし、こうも頻発すると休憩を取ることも、野営をすることもできない。

 寝ずに動いてもう一日半か。

 

 あたしはリヒトの表情を盗み見る。

 目の下のクマが目立ってきてるなぁ。

 昼夜問わず突発的に毒霧が発生するから、あいつが寝ている姿を見たのはいつだったか。

 頑張り過ぎてぶっ倒れないといいんだけど。


 あたしはというと、うつらうつらして眠らせてもらっている。

 かなり申し訳ないんだが、回復に専念しろと言われているので、その通りにしている。

 魔王と戦うのあたしだけでもいいからな。


 十五分ほど経過したら、赤黒い色がカーテンを収めるようにサーと消えた。

 普通の景色になって更に数分後、リヒトは術を解除した。

 柔らかい空気の層が消えて、ぐさっと靴底に棘が刺さる。蔓絨毯はナイフの鋭さがあるので靴底は穴だらけ。手入れが間に合わないから、底がパカッと割れるのは時間の問題だ。ため息がでる。


 リヒトが周囲を見渡しながら呆れたように肩をすくめた。


「魔王のテリトリーに入ったようだ」


 あたしもそう思う。

 森は……もはや蔓しかない。草も木も枯れていて、その代わりに棘の蔓が木のように生えている。時折、蔓がうねうね動くので不気味だ。


「この有様では、今日も野宿場所を確保できるか分からないか」


 疲労が蓄積しているはずなのに、リヒトは涼しい顔で歩き出した。


「そうだな……」


 と、あたしは無表情で頷く。


 魔王の場所まであと一日くらいだ。霧で度々足が止まらなければ、もうとっくに着いていたんだけど。


 明日到着すると仮定するならば、今日は是が非でもリヒトに寝て貰わなければならない。

 しかし、野宿場所が見つかるのだろうか。 

 いざとなったら、あたしが蔓を切って場所を確保すればいいのだが。

 リヒトに、蔓と魔王が繋がっているかもしれない。情報が魔王に届いてあたし達の存在がバレて、毒霧以外の攻撃がくるかもしれないからやめろ、と言われている。


 でもさぁ。リスク考えたらキリがないから、いざとなったら勝手にやってしまおう。


 そう意気込んでいたら、「おい」と呼びかけられた。振り向くと、リヒトが南の方向を示している。


「ここから二キロの地点に泉がある。その周囲には蔓が生えていないからそこで野営する」


「なんだって?」


 聞き返すと、リヒトは面倒だと目を細めながら、同じ言葉を繰り返した。


「ここから二キロの地点に泉がある。その周囲には蔓が生えていないから、そこで野営すると言ったんだ。次は言わない」


 リヒトは不愉快といわんばかりにしかめっ面になって歩き始めたので、あたしは小走りで駆け寄った。


「はあ!? ちょ。待て待て」


 咄嗟にあいつの背中に垂れているマフラーを掴む。

 リヒトはビクッと体を揺らして動きを止めるが、すぐに首が閉まらないよう右手でマフラーを緩ませて振り返る。嫌そうに表情を引きつらせていた。


「引っ張るな。絞まる」


「掴んだだけだ」


 そう反論してマフラーを離すと、リヒトはほっと息をついた。

 首締めないって言ってんのに信用してないな。


「なら掴むな触るな汚れる」


「人をバイキン扱いすんな!」


「自覚あるなら触るんじゃない。ゾッとするだろう」


 あたしは握り拳になった右手を、左手で握って動きを止めた。喧嘩吹っかけたら駄目な状況だ。落ち着けあたし。


 よし。落ち着いた。

 反射的に殴らなかった自分を褒めたい。


 しかし腹は立つのでその場でドンドンと、足を踏みしめる。棘がグシャっとへチャゲて親指サイズの欠片が数個舞った。

 

「あああもう。失敬な事ばかり言いやがって! あたしはただ単に、どうして分かったのか聞きたかっただけだよ!」


 リヒトはあたしの行動を静かに眺めながら答えた。


「シルフィードで視ただけだ」


「え? いつの間に」


「ここ数日ずっとやってる。動作に気づかないのは今のお前が鈍いだけだ。その状態で戦闘できるのか怪しいところだが、やると言い出したんだからやるんだろう? ここまできて『やっぱできません』とか言い出すことはないよな? まぁ、仮に言い出したとしても否定しない。ここまでの移動が徒労だったと散々文句言わせてもらうだけだ」


 言葉の端々に嫌味がついてくるんだけど。

 どんだけあたしのこと嫌いなんだこいつ。いや。いつものことか。いつもに戻っただけか。

 

「鈍くて悪かったな。なら早くそこへ案内しろよ」


 開き直った態度で促すと、リヒトが軽蔑した眼差しになり大きな舌打ちをした。

 嫌味が降ってくるかと身構えたが、彼はくるっと後ろを向いてスタスタと歩き始めた。あたしは少し距離を開けて後ろを歩く。


 2キロだとすると、およそ30分で到着する。

 そんな近場にあるのだろうか。

 若干疑わしいが、とりあえず行ってみるしかない。


読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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