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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ヂヒギ村の惨劇(共有された秘密)――
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腹を割って語り合う夜②

 少し間をあけて、パタンと本が閉じる音がする。


「背中に手が届かないなんてよっぽど硬いんだな、武術嗜んでいる身としては致命的じゃないか?」


「違うわボケが! 気づけ! 痛くて届かないんだって!」


 憤慨して叫ぶと、リヒトはやや間をあけて本をポケットにしまってから「仕方ないな」と立ち上がった。

 

 良かったような、良くないような。

 あたしの心情は複雑である。

 だって同年代の男子に背中とか見られたことない。手当は女子か大人達がやってくれたから、正直、初めての展開なのだ。妙に緊張してしまうのは仕方がない。あたしも一応女子なのである。

 

 リヒトは立ち上がった。振り返る前に苦々しい虫を見つけたかのように嫌悪に満ちた声をだした。


「前しっかり隠しとけよ。最低限の気を使え」


「うぐぐぐ悪かったな! 気を使うからさっさと塗ってくれ」


 なんだこいつほんとに失敬だ。

 絶対にあたしを女子と思ってないな畜生!

 薬の代わりに土でも塗りこむんじゃないか!?


 イラッとして睨んでいたら


「早くしろ。俺はさっさと飯を作りたいんだ」


「はらへりか! 隠したぞほら、こいよ!」


 あたしは長めの上着で前を隠しながら背中を向けた。どうせ焚火の明かり以外は暗くて見えにくい、これでちゃんと隠せただろう。


「ったく」


 リヒトは毒づきながらやってきてあたしの背後に座る。


 軽口に毒づいて緊張が緩んだがーーーーうん、凄く緊張する。色んな意味で。


 そんなあたしの狼狽した心の内を完全に無視したリヒトは、まず呆れたように盛大にため息を吐いた。


「お前、手当が雑」


「んな!?」


 背中は無理だろうが! という反論をする前に、水で濡らした布が背中に当てられ「冷た!」と叫んでしまった。


「我慢しろ。こんな汚い背中に薬塗ったら、薬が腐るぞボケが」


 背中を綺麗に拭いたリヒトは数秒背中を観察する。


「ふぅん。深くないが、筋肉の浅層はやられている」


「やっぱり」


「範囲が広い。肩甲骨から腰まで袈裟懸け。お前にしちゃざっくりやられたな。まだ血が止まってない。あと肩の傷は……こっちは骨近くまで到達してるが、骨折は……」


 リヒトはあたしの左腕を取り色々動かす。肩の可動域を確認してから


「骨折は免れてるが靭帯と三角筋が切れている。……練り状の止血剤と回復薬でなんとかなるだろう」


 横に置いてある薬のラベルを確かめてから、遠慮ない力で傷口に塗りたくる。思ったほど痛くはなかった。


 なんだか緊張して銅像のように固まっていたあたしだが、ふと、横を見ると、薬の瓶に指を入れ内容物をすくい取り手のひらに擦りつけている動作が見えた。

 怪我の度合いによって、効果が高まるよう薬を混ぜることはよくあるが、それは薬を調合する者か、手当や治療を日常的に行う者だ。


 怪我とは無縁と思っていたが、本当に混ぜているのか……気になる。


 好奇心に背中を押され、思い切って後ろを振り返ると、その動きに吃驚したリヒトが手を引っ込めた。あたしは彼の手に注目する。四種類の薬を適量取り、手の平で混ぜながら使っている。色があるので絵の具のパレットのようになっていだ。


「……なんだ?」


 怪訝な眼差しを向けるリヒト。あたしは彼の手を示した。


「薬混ぜてるんだな」


 目分量の推測だが、化膿止めと血止めと痛み止めを回復薬で纏めている。あたしの……いや、母殿の使い方に近い。

 

「当然」


 リヒトは少し苛ついたように頷いた。


「マジか」


 やはり上級者だ。実際に治療の経験がなければ扱えないやり方である。

 あたしが関心していると、「チッ」とリヒトが盛大に舌打ちをかます。視線を少しだけ外にそらし、不機嫌を全面にだした。


「前に向き直れ。やりづらい」


 あー。もしかしたら、ちょっと胸の谷間見えたかも。まぁいいか。谷間だし。害はない。


 あたしはズレた上着を正して胸を持ち上げるように両手を前で組みながら前を向く。服でしっかり潜れたら、リヒトは手当を再開した。



 綺麗に塗り終わった所で、傍に置いてあった布に回復薬を浸して傷に沿って貼り付けていく。ピタリと皮膚に吸い付くとすぐに成分が傷に浸透し始めた。痛みがゆっくりと消えていく。


「包帯」


「そこ」


 示すとリヒトは一番太い包帯を手に取った。


「どうせ肋骨も数本イってるだろ。背中全部包帯で固定しておくから、軽く腕を上げろ」


 何故分かると言いたいが、これは愚問だな。


「息を大きく吸え」


 断る理由もないし、あたしは素直に指示に従う。

 前を隠すために持っていた服が邪魔だったので足元にかけた。両腕を軽くあげて胸郭を広げるように息を吸い止めると、リヒトの腕が脇の下から伸びて包帯がグルグルと巻かれていく。露わになった胸がすぐ包帯で巻かれて見えなくなる。


「固定の強さは?」


「丁度いい」


 そうか。とリヒトは呟いて、テープで包帯を止めた。そしてすぐに次の包帯を手に取る。


「肩も固定するぞ」


 了承する前にリヒトは慣れた手つきで肩を包帯で固定した。


「縫おうと思ったが、回復薬がもう傷口を修正し始めてた。傷同士を密着させれば縫わなくても綺麗に再生しそうだな。数日肩を動かすな」


 キュっと程よい強さで肩を固定された。

 さて、と後ろから声をかけられる。


「念のために聞くが、腹部はちゃんと手当したんだよな?」


「そうだ。問題ない」


 服を引き寄せて前を隠そうとして、包帯で胸が完全に隠れている事に気づく。問題ないだろうとそのまま足元に置いた。


「首も痛めてるだろ。ついでにやってやる」


 小さく切った布に炎症止めを塗ってあたしの首後ろに貼り付け、置いてあった包帯でグルグル巻いて固定した。


「頭部は……、こっちも結構出血してるな。ん? まだ止まってないじゃないか。なにやってんだ」


 後頭部を触りながら髪の毛で隠れている傷を濡れた布で丁寧に拭き取る。そのあとに血止めと回復薬を塗って最後に包帯で固定する。頭部は丸い形であり髪の毛もあって包帯固定は難しい。これを手際よく行っているので場数を踏んでいることは間違いない。


「回復薬はどのくらい所持している。ぱっと診ただけでも最低でも五本はいるぞ。あるのか?」


 リヒトの意外な一面を知り、あたしはぽかんと口をあけたまま頷いた。


「薬はある。無ければ作る。……それよりもあんた、手当とかよくしてたのか?」


 ピタリとリヒトの動きが止まった。ムッとしたような不機嫌な気配がする。言葉を否定的に捉えられる事が多いので、慌てて理由をつけ加える。


「悪い意味じゃなくて、その、怪我とかに無縁な感じがするのにこんなに上手いとは思わなく…………。すまない、偏見だ」


 リヒトから不機嫌さが消えた。そうか。と小さく呟くと、立ち上がって移動した。あたしはその動きを目で追う。彼はバケツの中の水で手を洗う。


「俺の叔母が医者だ。幼少時から度々拉致られてよく手伝わされてた。逸材だから仕込むって名目でな」


「あー、それで」


 納得だ。こいつも他方から色々経験積まされ……つまり大人に振り回されたんだろう。多分苦労も多かったはずだ。


 あたしも似たり寄ったりなので同情を禁じえない。あたしの場合は武器や防具作り、剣術武術、サバイバル、薬草、料理などの知識と技術をこれでもかと詰め込まれているような生活だった。

 結局のところスパルタ教育である。現段階で盛大に役立っている事を考えると、辛かった日々は決して無駄ではなかったようだ。お陰でなんとか生き残れている。

 でも感謝はしたくないな……複雑な心境だ。


「…………終わったぞ」


 リヒトは手ぬぐいで手を拭きながらそう知らせる。あたしは足にかけていた服を羽織った。ちょっと寒くて鳥肌が立っていたので服の暖かさに、ほぅ、と目尻を緩める。


「後ろは全然わからないから手当て助かった。ありがとう」


「ドウイタシマシテ」


 棒読みでそう答えながらあたしの傍に近づき腰を落とす。リヒトは回復薬の瓶を一つ指で摘んで持ち上げる。焚き火の光に透かしながらゆっくり振ると、チャプチャプと液体が波打つ。


「どの薬も入れ物しょぼいけど中身は一級品だった。これならすぐに全快するだろ。どこの店で買った……」


 言いかけてリヒトは黙る。少し間をあけてから


「お前が作ったのか?」


 と、聞き返した。


「そうだよ。あたしが調合して作った。手持ちの薬は全部自家製だ」


 「ふぅん」と相槌をうつリヒト。感心したような雰囲気が流れてきた。

 珍しい。と、あたしは彼の横顔を見つめる。視線に気づいたリヒトが表情を消した。そっと瓶を置いたが少々残念そうな感じがしたので、


「必要ならあげるぞ。材料があればいくらでも作れるし」


 そう付け加えたら、リヒトの瞳に少しだけ光が浮かんだ気がした。


「なら、これをくれ」


 リヒトはひょいっと回復薬を掴んだ。


 なんだ。今日は素直な反応だな。回復薬を気に入ってくれたということか。

 ダメ出しが多くて薬を褒められる機会が少ないのでなんだか嬉しい。


「いいぞ。でも今日は一本で手を打ってくれ。数本必要なら体が改善次第渡すから」


「一本でいい。お守りみたいなもんだ」


 回復薬を見つめていたリヒトがあたしの方へ視線を移すので、あたしは咄嗟に顔を横にむけた。何故か分からない。なんとなくリヒトを直視できなくなった。


「あとは自分で出来るか?」


「ああ。あとは着たり、衣服の洗濯ぐらいだ。一人で出来る」


 「そうか」と頷くと、リヒトは立ち上がり丸太に戻った。座ると背を向けて本を読み始めた。


 リヒトが背中を向けると同時に、あたしは顔の向きを戻す。両手で頬に手を添え心の中で叫んだ。


 毒舌なく普通に会話したの初めてじゃないか!?

 あたしが弱っているから加減してくれたってことなのか? 

 うわああああ意外だったああああ!

 気を使われてなんだか気恥ずかしいんだけど!


 悶えながら汚れた服を全部バケツに入れる。浄化石が入っているので一晩漬けておけば、血の跡も汚れも綺麗におちる。


 新しい服に着替えて、手首を固定して、痛み止めを飲んで、よし終了だ。


「待たせた」


 あたしの言葉合わせて、パタンとリヒトが本が閉じた。


読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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