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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ヂヒギ村の惨劇(狂気の同調)――
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詰問からの脱出⑧

 地下室が静かになったので、あたしは上半身を起こす。

 

「なにはともあれ、助かった」


 はぁ。とため息をはくと、あちこち燃えていた炎が急激に弱まり勝手に鎮火した。何事もなかったかのように薄暗い部屋に戻る。


 一瞬幻覚かなと思ったが、燃えている匂いと煙が充満しているので現実だ。


 どうやってコントロールしているんだか。


「さて、今のうちに逃げないと」


 あたしはナイフの位置を確認する。荷物は台の上に全部あるようだ。手足首がロープで固定されているし、体の節々が痛いので、のったりした動きで台から降りようとして、


「いった!」


 バランスを崩して床に落ちた。傷を負っている左肩を強打したので痛みも倍増だ。


「うー。泣きっ面に蜂だぞこれ……」


 痛いと呟きながら手をついて起き上がる。


 カツ、カツ、カツ。と、階段から降りてくる足音が聞こえて一瞬警戒したが、この気配はリヒトだ。


 正直、ボロボロだから会いたくないな。

 とはいえ、助けてくれたのだから元気な所を見せなければならない。


「ったく。間抜けが。見つかるなって警告したのに聞いていたのか」


 階段を降りているリヒトの声だけ聞こえる。不機嫌を前面に出した声色だ。本人の独り言だろうが、あたしにははっきり聞こえるしダイレクトにメンタルに刺さる。


 その通りだけどもっ!

 あたしちゃんと避けようとしてたのに遭ったんだよ畜生っ!

 でも結果的に見つかってしまった挙げ句このザマで。

 うぐぐぐぐ。言い訳の言葉が浮かばない!


 開けっ放しのドアから足先が見えた時に、微妙に恥ずかしさが込み上げてきた。


 弱っていると思われたくなくて、本能的に立ち上がろうとしたーーーーが、足首縛られてるうえ足腰に力が入らないので。


 勢いをつけたぶん後ろに沿ってしまい、仰向けに倒れて床に頭をぶつけた。


 ドゴッ


「いって!」


「!?」


 大きな音をたてながらすっ転んだあたしをしっかり目撃したリヒトは、部屋に入ろうとした足をピタリと止めた。驚いたように目を見開いて数秒固まっている。


 あああああ失敗した!

 恥を上塗りした!

 恥ずか死ぬ!


 間抜けな姿を晒してしまってあたしのメンタルが瀕死だ。

 それでもこのままでいるわけにもいかない。


 気を取り直してあたしは顔をあげてリヒトを見る。彼はなんとも言えないような複雑な表情をしていた。


 と、とりあえず礼を述べよう。


「た、助けてくれてありがとう」


 あたしの声を聴いたリヒトは悲傷したように顔を顰めながら、やれやれと肩を竦める。


「聞き取りにくい、必要以上喋るな」


 普通に喋っているつもりだが、口腔が切れているので少々発音がおかしいみたいだ。


「さっき、その、声を上げたのは、こけたのではなく、体の動きの確認を……」


 苦し紛れに言い訳をしたらリヒトが無言になった。視線が痛い。


「ええと、逃げるから立つ。動きが不格好だが、その、気にするな!」


「……」


 冷ややかな視線が痛い!

 負け犬がいい加減黙れって視線だけで伝えている。


 座ったままじゃだめだ。立って歩こう。

 まずは立つ。

 ごろんと体を回転させて手をついて体を起こす。が、床に落ちている血でツルっと滑りそうになる。手首も縛られているのでバランスがとりにくい。


 ね、寝転んでなるものか!


 気合いをいれて腹筋を使おうとしたが、力を入れようとした途端、挫傷した筋肉に強い電撃が走った。

 痛みに耐えきれず、丸まって呻く。


「ぐぐぐ。……ち、ょっと、待っ、てくれ」


「お前の相手は最後にしてやるから、そこでじっとしてろ。喋るな動くな見苦しい」


 明後日の方向か声がするので顔だけあげると、リヒトは台の上に並べてあった荷物を乱雑にリュックに戻していた。


 いつの間に移動したんだよ。

 でも助かる。


 はぁ。と息を吐いてから、もう一度立ち上がろうと力を入れる。ボタボタと頭と背中と肩から血が垂れて床に鮮血が増えるが、なんとか立ち上がれた。


 このままだと立位が保てないので、台で腰を支えると立つ姿勢を上手く維持できた。


「よし」


「何がよしだこの馬鹿が」


 パシン、とリヒトに頭部を軽く叩かれた。


 うぐ。避けられなかっただとっっ!

 しかも痛い!

 

 あたしは踏ん張りきれずバランスを崩した。

 床に倒れてダメージ蓄積か!? と焦ったが、リヒトがあたしの腕を引いてバランスをとり、ゆっくり座らせる。

 

「天然のおばけと化してる自覚をもて」


「もてるかそんなもん」


「はあ? その顔で?」


 あたしの横にドサっとリュックを置いた。

 もともとリュックの中に入っていたものに加え、衣服や防具や暗器なども全部突っ込んでいる。ブーツは靴ひもでショルダーハーネスの下部分にくくられている。リュックは今にもはちきれそうだ。よく入ったものだなと凝視して、すぐに視線をリヒトに戻す。


「……見た目は悪くなっている自覚はあるが、お化けではない。まだ生きてる」


「辛うじて生きてるレベルだろうが。あとで鏡見て確認しろ」


 リヒトは呆れたように言いながらあたしの目の前にしゃがみ、ナイフを取り出して手の縄を切ってくれた。


「はぁ。見たくないけど確認する。……縄切ってくれてありがとう」


 手首には赤い縄の跡と握られて潰されそうになった名残で腫れて内出血していた。動かすと痛みはあるが問題ない範囲だ。


 モノノフの道が閉ざされなくてよかったー。


 心の底からほっとして息をゆっくり吐く。

 安堵した瞬間、激しい怒りがあたしの思考と心を埋め尽くす。


「あいつら絶対切り刻むっっ!」


「アホか我慢しろ。今は逃げるのが先決だ」


 リヒト冷たく言われた。その通りなので頷く。


「わかってる。今は逃げる」


 あたしは足の縄を解こうと手を伸ばすと、その前にリヒトが縄を切った。


「……」


 意外だ。


「急がないと戻ってくるだろう。お前の鈍い動作を待っている時間はない」


 正論だがとげとげの言葉では頷きにくい。むぅっと眉をひそめていると羽織をかけられた。


「ほら、さっさと羽織れ」


 そういえばだいぶん薄着になっていることに気づいた。外気温は冷たいし、この出血のまま外に出ると低体温になる可能性がある。座ったまま袖に手を通す。


「わかった、じゃぁ靴も……」


 リヒトはリュックを前側で背負った。もちろん一緒にくくられている靴も横脇にプラプラと揺れている。あたしは半眼で彼を見上げた。


「靴」


「……」


 無言で拒否られた。


「裸足で歩けと?」


 足の裏ケガしてないからできるけど。酷いぞそれは。


「靴ちょうだいってば」


 イラっとしながら催促すると、リヒトはあたしに背を向けてしゃがみ、両手であたしの手を持ちあげ肩にかけた。


 予想外の行動に「……ん?」と首をかしげると、リヒトはそのまま背中に引き寄せて少し前かがみになってあたしを背負い、両足をわき腹に引き寄せゆっくりと立ち上がる。


 つまりおんぶだ。



 あたしは目を真ん丸くしたまま固まる。

 リヒトはバランスをとる為に体を一度揺らして、小さく呟いた。


「……くっっっそ重い」


「失礼な!」


 文句を言ってハッとする。


「なんでおんぶしてんだ!?」


「あー、そーだ。おんぶだな。世話のかかるガキめ」


「自分で歩くって言ってんだろ!」


 太ももは拘束されているが腕は自由だ。リヒトの肩を掴んで体を起こして降りようと試みるが、悲しいかな腕に力が入らない。


「お、ろ、せ」


 腕立て伏せが一回もできない人のような筋力を発揮する。腕がぷるぷるするが全然上半身が浮かない。

 背負われて恥ずかしいのと、ぷるぷる筋力で恥ずかしいのと、ダブルの恥ずかしさで顔が真っ赤になった。

 出血で体温が低下しているはずなのに頬が熱い。炎症も加わって痛いほどに熱い。


 あたしが数秒で力尽き静かになったので、再度「重い」と文句を言ってから、リヒトは軽快な足取りで歩き階段へ向かう。


「ほ、ほんとにこのまま行く気か!?」


「そうだ」


「うそだろおおおお!」


読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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