詰問からの脱出①
<もっと丁寧に扱え! そして人の話を聞け!>
さて。鶏のような扱いで運ばれたあたしだが、現在、医者の住宅の地下に監禁されている。
暗器を回収され、羽織と篭手と銅当てと靴を脱がせて壁に吊るされている。それを悪鬼を含め六人がニタニタしながら眺めていた。
順を追って話そう。
悪鬼と村長達は真っ直ぐ医者の家に向かった。居住区は靄で薄暗くなっているが、村人は普段通りの生活を行っているようだった。
まぁ、村人全員眷属になってるから平和っぽくみえるだけだが。
仕事をしている老人の他に中高年若年層も外に出ていた。
病魔に侵されていると一目瞭然の彼らは、普段ならベッドに寝ているはずだ。立っているのも辛いのか殆どが地べたに座っている。
眷属になって力やタフさが向上したとはいえ、根本的に体力がない。疲れたように佇む姿は体の苦しみを耐えているように思えた。
何故、彼らは家の中に入らないのか。と、眼球だけ動かして周囲を観察すると、窓からこっそり外を伺う目が少なからずあった。
あたしを見ているのかと思ったが、その視線は悪鬼を追っている。悪鬼がその方向に目を動かそうとすると、カーテン越しに覗いていた目が、顔が、サッと隠れる。
怯えている。と解釈できそうだ。
靄を吸わない限り眷属へ変化しない。室内に居た者は眷属を免れたと考えていいだろう。
そして、外に出ていた者が明らかに異質な見た目になったことに警戒して、ドアを固く閉めているということか。
だから眷属は家に戻れず、外で休んでいるのだ。
きゃあああーーと、通り過ぎる隅で女性の悲鳴が数件あがる。
髪の毛を鷲掴みにされて外へ引きずり出される光景が、ちらりとみえた。
ドアを開けた瞬間、異物とみなされ襲われるようだ。
先程、家の窓からチラッチラッと様子を伺っていた数件の住民達もあれを見たのかもしれない。
だから彼らを外へ追い出して回避しているのだろう。
災厄を免れるため息を潜めて、ことの成り行きを伺っている。
良い判断だ。
居住区の真ん中ぐらいだろうか。悪鬼達が立ち止まる。こじんまりとした二階建てのレンガ住宅で、病院のマークがドアに記されていた。
村長が病院のドアをコンコンと叩くが反応はない。
村長は「やれやれ」と呟くと
「儂じゃよ。ドアの前におるんじゃろ。あけとくれ」
呼びかけると、少し間をあけてドアがゆっくりと音を立てないよう開く。
そこから70歳の白衣を着た老婆がおそるおそる顔を覗かせた。目の前にいた村長の顔をみて「ひぃ!」と悲鳴をあげて、すぐにドアを閉めようとする。
「まぁまぁ、落ち着きなさい」
村長は素早くドアに手をかけあっさりとドアを全開にした。否応がなく異常な光景が老婆の目に飛び込んでくる。
村長の後ろに巨大な黒い鬼と、その鬼が持つあたしをみて、
「ひゃあああああああ!」
老婆は目を見開きながら腰を抜かして尻もちをついた。顔を真っ青にさせて金魚のように口をパクパク動かしている。
心臓麻痺おこしてなきゃいーけど。
「どうしました!?」
老婆の悲鳴を聞き、中から白衣を着た中年女性が血相を変えて走ってきた。
老婆を抱きかかえて室内に避難させようとしたのだろう、身を軽く屈んだ彼女はハッと目を見開き、ドアの向こうを凝視する。
長老と悪鬼とあたしをみるなり、
「ひゃああああああ!」
と悲鳴をあげ、腰を抜かして座り込んだ。
その流れは老婆と全く同じだ。
もしかして親子かな?
「しょ、しょんちょ。その顔は一体。う、後ろに、妖獣が! あ、あぶな、たび、びとさんが捕ま、ってててて……」
見てわかるほど震えながら、中年女性は老婆を庇うように抱きしめつつ村長に呼びかけた。村長は少し苛立ったように片眉を上げたが、柔和な態度は崩さなかった。
「妖獣? なんと失礼な事をいっとる。ナルベルト様はこの村の救世主じゃ。病に効く薬を持ってきたんじゃぞ」
「ナルベルト!? あああ、あの、妖獣みたいなのがナルベルト!? なにが!? なんで! 姪の夫がこんな化け物に!?」
瞬間的にパニックになったのか、中年女性の顔から血の気が引いて目尻に涙を浮かべる。
村長の目に剣呑な光が宿るが、老婆が中年女性の口をそっと手で包み抱き寄せた。
中年女性は「嘘よ。嘘よ」と呟き、泣いているのか嗚咽がでている。
老婆は真っ直ぐ村長を見つめる。動揺は消えていて真相を探ろうとしていた。
「……村で何がおこったんだい? 靄に包まれたら外に居るもんはおかしくなったし、あんたはそんなふうになっているし。後ろの大男ナルベルトだって? 一体何がどうなってるんだ? 捕まえてる女の子は生きてるんだろうね?」
生きてるよ。って言いたいが、今は声が出せないから駄目だな。
悪鬼はここに来るまでずっと黙っていた。力を温存しているのか、弱って力が出せないか。
後者なら楽なんだけどなぁ。
はぁ。と息をつく悪鬼の口から靄が流れ出る。
「地下室を使わせろ。こいつを尋問して薬を手に入れ妻を救う。我らの想いは同じであろう!」
「ひぃ!?」
「怖いよおおお!?」
靄が二人に襲いかかる。数秒後、靄が消えると彼女達の顔が鬼のようになっていた。
あたしはその様子を眺めて、ホッとする。
洗脳できなかったらこの二人も問答無用で殺されていたはずだから。
変化して良かったと思うなんて、ヤキが回ったものだ。
眷属へ変貌した二人は先程とは打って変わり、サッと立ち上がるとニコリと笑って悪鬼に会釈をする。
「かしこまりました」
そして当然の様に地下室を提供した。
玄関から通路を入り、貯蔵庫の横にあるドアを開けると地下へ続く階段がある。薄暗くて人ひとり通れるくらいの幅だ。階段の下からひんやりとした空気が上がる。
白衣を着た二人が先に降りて明かりを灯す。油の匂いがするので輝光石ではなくランプを使っているようだ。
階段下が明るくなると村長が降り始め、次に悪鬼が降り、その次に木こり2名が降りてきた。あたしは悪鬼に掴まれたまま移動する。
階段の下からうっすらとした光が溢れる。先に降りた医者達が火をつけたようだ。
単なる保存室にも見える地下室は8畳くらいの広さ。階段と直通になっていてドアはなかった。
石を削って四角にして煉瓦のように並べた壁と床。空間を支える太い柱が等間隔にはめ込まれている。柱にランプ設置されている。輝光石は置かれていない。
掴まれているので視線がいつもよりも高さがあり、いつもよりも広い視野で見渡せることが出来た。
地下の間取りは、石作りの階段側の壁一面に本棚と薬箱や薬瓶やその材料を置く棚がある。
長方形の木の台が2台あり、調合する道具が左側に置かれ、右側の木の台は何も置かれていない。
階段と対面になる壁に、服掛けっぽい突起が十間隔で埋め込まれている。血の跡が残り、下に水を流す溝が掘られているので、あのフックは獲物を吊るすためだろう。
溝の端っこにある岩をくり抜いた貯蔵水がある。しかし水があるような感じはしない。部屋は酷く乾燥している。
地上から汲み取って入れているのかもしれない。
しかしそう考えるとおかしい。
水石もよく取れると聞いたので置かれていても不思議ではないのに。
しばし部屋を観察しているたが、急に解放されてあたしは二メートル弱の高さからドスンと落とされた。
硬い床に臀部を強打して少し痛みに耐える。
「ををををを」
猿轡から言葉にならないうめき声を上げると、村長が猿轡を外した。
「喋るために外しておきますじゃ」
「……どうも」
あたしは適当に返事をして、彼らの動きを目で追う。
木こりの二人はあたしのリュックを何も置いていない台に置き、中身を取り出して丁寧に広げる。薬の類を見つけると、白衣をきた中年女性が加わり一つ一つ確認する。
何も出てこないんだけどなぁ。
そんな当たり前の言葉も彼らには届かないだろう。放置することにした。
悪鬼は調合機材が置かれている台に収められた椅子を出し座っている。あたしから目を離さない。
あいつが一瞬でも別のことに興味むければ縄を切って抜け出すんだがなぁ。
そうすると、あたしの背後に立つ村長が邪魔になるか。持っている仕込み杖であたしの喉に刃を当ててるし、動くとマズイよなぁ。
ちょっとでも気を散らしてみるか。
次回更新は木曜日です。
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