リヒト視点:詰問から脱出する少し前①
<気になることがある>
ミロノと別行動したリヒトは村の居住区から外れ、畑を遠ざかり、南側の壁までやってきた。
木の壁を覆うようにツタが伸びて、白い花がびっしり咲いている光景は絵画のようだった。
ある一角に視線を移す。外壁の傍に一軒家……いや小さな古びた小屋がある。全体を蔓に包まれているため、至るところが朽ちていた。
リヒトは小屋へ足を向け、小屋を見るなり険しい顔になり、これは酷いな。と呟く。
ドアは壊れていた。外から壊された形跡が残っており、隙間風が吹く度、キィキィとドアが小さく軋んだ。
隙間を押し広げると、ギィと外れそうな音と共に、本当にドアネジがガタついて外れかけた。
外れても別に良いのだが、埃が大量に舞うことを避けるため、通れるスペースまでゆっくり広げて、そっと中を伺う。
新鮮な空気が入ると、自然につもった塵や埃がふわっと宙に舞った。隙間から差し込む光が室内を点々と灯し埃を輝かせる。
瞬間、粉雪が舞うような光景になったが、リヒトは煩わしいと袖で口元を抑えた。
思ったよりも明るい室内は一部屋のみ。壁は雑に並べられた薄い板を留めただけ。断熱材どころか壁紙すらも貼っていない。
床も同じく板を並べて留めただけ。釘が所々出っ張っていて錆びている。
大人三人が大の字で寝られる広さに、ホコリまみれのベッドが一つだけ置かれ、朽ちた布団が残っている。
その横に一つに衣装箱があり、衣服や本が散乱していた。その量は少ない。
床に敷かれたラグに踏み荒らされた形跡が残る。
室内の端っこに小さな炊事場があり、その横に棚が三つ、倒れて壊れている。中に入っていた食器が飛びだし数枚割れていた。
リヒトは室内に入り周囲を観察する。
ここは村八分にされた者が暮らす場所だ。
村の意向に背く者を差別して批難して孤立させるために。何もしなくてもそこに居るだけで酷い扱いを受けた。暴力、罵倒、餓え、過酷な労働を強制される。
最後にここに住んでいたのは、女と少女だ。
なるほど。と呟く。
白い花は少女の憎しみが込められている。この花は自然に咲いたものではなく、呪いが実態をもって花の形をしているだけだ。
己の所業を後悔するがいい、と村人に訴え、その報いを受けさせようと咲いている。
リヒトは室内をぐるっと見渡した。
乱雑な板の隙間から蔓が伸びて、白い花が壁を白く染めている。日陰であっても花は己の存在をアピールするかの如く輝いていた。
「この花の蔓が伸びる先にいそうだな」
意識を集中して痕跡を探す。地面の下を伝ってきている流れがあった。
ミロノの話を思い出す。間違いなく風土病の原因はこの花だ。
災いの発端はこの村が行った審判だ。
対話を行わず。解決を諦めただけに留まらず。追放を許さず。最終的に手を下した。
本音をいえば自業自得として放置したい。
しかし魔王を倒さなければ自分の呪いが解けない。
どうでもいい他人のしりぬぐいをするようだ、とリヒトは気が滅入る。
「さて。魔王の方角と位置は把握できた。合流するか」
闇雲に森を探したところでたどり着くには時間がかかる。遠くから流れてくる災いの気配を捕え、魔王のおおよその位置を掴むために訪れた。
要件を済ませたのでもうこの村に用はない。早々に立ち去るべき場所だ。
村の出入り口を目指す。
さて。あいつは上手く村から出られたか?
早く外に出るように伝えたし、その理由も把握できている。愚か者ではないので寄り道をすることはないはずだ。
それでも急いで合流しなければと気が焦る。
出発する前の村長や宿の老婆。顔をみた村人達全員が一つの考えを打算していた。
溺れる者は藁をも掴むように、なんでもいいから縋って助かろうと目論んでいる。
それがいつ、どのタイミングで爆発するか分からない。爆発すればその矛先は外からきた旅人に向かうはずだ。
リヒトも矛先が向かうだろうが、狙われるのはミロノだと断言できる。
性別の関係もあるが、彼女は毒の霧を突破した特別な者であり、風土病に効くものを持っていると過剰な期待がかかっている。
要求に応じなければ、鬱憤の手慰めとして生贄のような扱いを受ける可能性があった。
とはいえ、彼女はアホみたいに強い。
そうそうにやられる事はないが、それも絶対ではない。
不測の事態が起これば強者であっても敗北する。
特にあの男。とナルベルトを思い浮かべる。
ミロノ以上にリヒトは彼の存在を危惧していた。
治らない病、知り合いの死、妻の病気、霧で助けに向かえない無力さ、悔しさ、後悔。
その過剰なストレスによって彼はすでに発狂していた。
だから対話は無駄なんだ。常に錯乱し興奮状態に陥っているから。
ミロノが村長に警告していたが、村長もまたいつまで理性を保ってるか分からない。彼が狂ったら村の方針は悪い方向へガラリと変わるだろう。
はぁ。とリヒトはため息をついた。
この村人の大半……老人達が精神を病んでいる。
病に冒され死の淵に立たされ発狂し、親しいものの苦しむ姿に発狂し、次は自分だと恐れて発狂し、霧に怯えて発狂している。
これだけ狂っている人が多くても平穏に見えるのは、暴れる肉体がないからだ。
老人達は暴れる体力も力もない。
逆に若者が元気だったら、村中至る所でいざこざが発生していたはずだ。
奇しくも、病が子供や若年層に蔓延しているせいで平穏を保っている。
そこへ一石投じてしまったのは俺だ。不調だったからと言い訳できないほどの酷いミスだった。
リヒトは頭痛が起こりそうな気配を感じて眉間に皺を寄せる。
能力を酷使したわけではないが、負の感情は鋭く尖っていて少し触っただけで精神を深く傷つける。
それがダイレクトで届くと、防衛していても刺さるし削られる。
あいつの気配を追わないと。
ミロノを思い浮かべる。
彼女は正の感情が強い。そのため傍に居ると精神が落ち着いてくる。色々衝突もするが、それなりにお互い尊重して良い関係を築けていた。
と、今回初めて気づいた。
そうでなければ、命を救ってはくれない。
前に借りを作ったから。と言われたが、それだけで命を救おうなんて普通は考えない。
普通は、こちらが気まぐれや好意を含めて助けても、反発を受けたり文句を言われたりして、結局は敬遠される事が殆どだ。
気まぐれで面倒みた事を、好意として返してくれたヤツは今まで一度もない。
「あー。くっそ。探っているだけなのに、余計な事まで考えた」
対象者をイメージしないといけないので、どうしても印象や雰囲気を思い出すのだが、最近はミロノを考えるそのたびに胸がむず痒くなる。
「調子狂う」
リヒトは苛立ったように頭を振った。
読んでいただき有難うございました!
次回更新は木曜日です。
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