表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ヂヒギ村の惨劇(狂気の同調)――
136/279

リヒト視点:詰問から脱出する少し前①

<気になることがある>

 ミロノと別行動したリヒトは村の居住区から外れ、畑を遠ざかり、南側の壁までやってきた。

 木の壁を覆うようにツタが伸びて、白い花がびっしり咲いている光景は絵画のようだった。

 

 ある一角に視線を移す。外壁の傍に一軒家……いや小さな古びた小屋がある。全体を蔓に包まれているため、至るところが朽ちていた。


 リヒトは小屋へ足を向け、小屋を見るなり険しい顔になり、これは酷いな。と呟く。

 

 ドアは壊れていた。外から壊された形跡が残っており、隙間風が吹く度、キィキィとドアが小さく軋んだ。


 隙間を押し広げると、ギィと外れそうな音と共に、本当にドアネジがガタついて外れかけた。

 外れても別に良いのだが、埃が大量に舞うことを避けるため、通れるスペースまでゆっくり広げて、そっと中を伺う。


 新鮮な空気が入ると、自然につもった塵や埃がふわっと宙に舞った。隙間から差し込む光が室内を点々と灯し埃を輝かせる。

 瞬間、粉雪が舞うような光景になったが、リヒトは煩わしいと袖で口元を抑えた。


 思ったよりも明るい室内は一部屋のみ。壁は雑に並べられた薄い板を留めただけ。断熱材どころか壁紙すらも貼っていない。

 床も同じく板を並べて留めただけ。釘が所々出っ張っていて錆びている。


 大人三人が大の字で寝られる広さに、ホコリまみれのベッドが一つだけ置かれ、朽ちた布団が残っている。

 その横に一つに衣装箱があり、衣服や本が散乱していた。その量は少ない。 

 床に敷かれたラグに踏み荒らされた形跡が残る。


 室内の端っこに小さな炊事場があり、その横に棚が三つ、倒れて壊れている。中に入っていた食器が飛びだし数枚割れていた。


 リヒトは室内に入り周囲を観察する。


 ここは村八分にされた者が暮らす場所だ。

 村の意向に背く者を差別して批難して孤立させるために。何もしなくてもそこに居るだけで酷い扱いを受けた。暴力、罵倒、餓え、過酷な労働を強制される。

 最後にここに住んでいたのは、女と少女だ。


 なるほど。と呟く。


 白い花は少女の憎しみが込められている。この花は自然に咲いたものではなく、呪いが実態をもって花の形をしているだけだ。

 己の所業を後悔するがいい、と村人に訴え、その報いを受けさせようと咲いている。

 

 リヒトは室内をぐるっと見渡した。

 乱雑な板の隙間から蔓が伸びて、白い花が壁を白く染めている。日陰であっても花は己の存在をアピールするかの如く輝いていた。


「この花の蔓が伸びる先にいそうだな」


 意識を集中して痕跡を探す。地面の下を伝ってきている流れがあった。

 ミロノの話を思い出す。間違いなく風土病の原因はこの花だ。


 災いの発端はこの村が行った審判だ。

 対話を行わず。解決を諦めただけに留まらず。追放を許さず。最終的に手を下した。


 本音をいえば自業自得として放置したい。

 しかし魔王を倒さなければ自分の呪いが解けない。

 どうでもいい他人のしりぬぐいをするようだ、とリヒトは気が滅入る。


「さて。魔王の方角と位置は把握できた。合流するか」


 闇雲に森を探したところでたどり着くには時間がかかる。遠くから流れてくる災いの気配を捕え、魔王のおおよその位置を掴むために訪れた。


 要件を済ませたのでもうこの村に用はない。早々に立ち去るべき場所だ。

 村の出入り口を目指す。

 

 さて。あいつは上手く村から出られたか?


 早く外に出るように伝えたし、その理由も把握できている。愚か者ではないので寄り道をすることはないはずだ。

 それでも急いで合流しなければと気が焦る。


 出発する前の村長や宿の老婆。顔をみた村人達全員が一つの考えを打算していた。

 溺れる者は藁をも掴むように、なんでもいいから縋って助かろうと目論んでいる。


 それがいつ、どのタイミングで爆発するか分からない。爆発すればその矛先は外からきた旅人に向かうはずだ。

 リヒトも矛先が向かうだろうが、狙われるのはミロノだと断言できる。

 

 性別の関係もあるが、彼女は毒の霧を突破した特別な者であり、風土病に効くものを持っていると過剰な期待がかかっている。


 要求に応じなければ、鬱憤の手慰めとして生贄のような扱いを受ける可能性があった。


 とはいえ、彼女はアホみたいに強い。

 そうそうにやられる事はないが、それも絶対ではない。

 不測の事態が起これば強者であっても敗北する。


 特にあの男。とナルベルトを思い浮かべる。

 ミロノ以上にリヒトは彼の存在を危惧していた。


 治らない病、知り合いの死、妻の病気、霧で助けに向かえない無力さ、悔しさ、後悔。

 その過剰なストレスによって彼はすでに発狂していた。

 

 だから対話は無駄なんだ。常に錯乱し興奮状態に陥っているから。


 ミロノが村長に警告していたが、村長もまたいつまで理性を保ってるか分からない。彼が狂ったら村の方針は悪い方向へガラリと変わるだろう。


 はぁ。とリヒトはため息をついた。


 この村人の大半……老人達が精神を病んでいる。

 病に冒され死の淵に立たされ発狂し、親しいものの苦しむ姿に発狂し、次は自分だと恐れて発狂し、霧に怯えて発狂している。


 これだけ狂っている人が多くても平穏に見えるのは、暴れる肉体がないからだ。

 老人達は暴れる体力も力もない。


 逆に若者が元気だったら、村中至る所でいざこざが発生していたはずだ。

 奇しくも、病が子供や若年層に蔓延しているせいで平穏を保っている。


 そこへ一石投じてしまったのは俺だ。不調だったからと言い訳できないほどの酷いミスだった。


 リヒトは頭痛が起こりそうな気配を感じて眉間に皺を寄せる。


 能力を酷使したわけではないが、負の感情は鋭く尖っていて少し触っただけで精神を深く傷つける。

 それがダイレクトで届くと、防衛していても刺さるし削られる。


 あいつの気配を追わないと。


 ミロノを思い浮かべる。

 彼女は正の感情が強い。そのため傍に居ると精神が落ち着いてくる。色々衝突もするが、それなりにお互い尊重して良い関係を築けていた。


 と、今回初めて気づいた。


 そうでなければ、命を救ってはくれない。

 前に借りを作ったから。と言われたが、それだけで命を救おうなんて普通は考えない。


 普通は、こちらが気まぐれや好意を含めて助けても、反発を受けたり文句を言われたりして、結局は敬遠される事が殆どだ。


 気まぐれで面倒みた事を、好意として返してくれたヤツは今まで一度もない。


「あー。くっそ。探っているだけなのに、余計な事まで考えた」


 対象者をイメージしないといけないので、どうしても印象や雰囲気を思い出すのだが、最近はミロノを考えるそのたびに胸がむず痒くなる。


「調子狂う」


 リヒトは苛立ったように頭を振った。

読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ