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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ヂヒギ村の惨劇(狂気の同調)――
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疑心者は魔王に救いを求める⑫

 あたしはゆっくり息をはいた。

 失敗したなぁ。でもこんな時こそ冷静にならないと、余計なトラブルに見舞われる。


「あたしが打ったやつは誰だ。あんな殺気を放つなんて、……あんたかと思ったのに」


「ああ。彼は儂の友人じゃ。若いころは共にリアの森で妖獣を狩っていての。どっちが多くの獲物を狩るかいつも競争しとった」


 そして村長は少しだけ寂しそうに倒れた友人視線を向ける。彼は胸を押さえ苦悶の表情で事切れていた。


「近頃は心臓が弱くての。それでも薬の為に命を投げ出すことにしたようじゃ。儂は有難く、その申し出を受け取った」


 あたしの打撃を受けて、ショックで心臓が止まってしまったようだ。

 

「馬鹿者。犬死じゃないか」


 本人が選んだのなら仕方ないが、責める意味も含めてそう言い放つと、村長は首を左右に振った。全く意に留めないといったふうに。


「ナルベルト様の意志は儂らの意志じゃ。さぁ、お喋りは終わりにしようか旅の方。お前さんが喋ると、どうも心が揺らぐ」


 あたしは猿ぐつわをされて喋れなくなった。

 完全に拘束されると、上に乗っていた村人達が退いたので呼吸が楽になる。


「皆の者もご苦労じゃ。もう芝居をしなくていいぞ」


 その言葉と同時に、ひひ、と誰かの笑い声がする。それを皮切りに


 ひひひひっひひひ。ひゃはははははは。ひひひひひひ


 子供も老人も狂ったようにゲラゲラ笑い始めた。その姿は木こり達や他の村人と全く同じだった。


 ーーこれで薬が手に入る。

 ーーあの顔をみたか悲痛な顔だったぞおかしいなぁ。

 ーーナルベルト様にさからうやつはみんなこうなる。

 ーー仲間じゃないから殺せばいいのに。

 ーーああ愉快愉快。


 卑下た言葉を口にして狂った鬼達が笑い転げる。


 あたしは愕然としてその光景をみつめた。

 眷属達は演技していたのだ。あたしの精神を動揺させるため。あらゆる手段を投じて先手を打っていたのだ。


 うっわあああああああああ! 悔しいいいいいい!

 村長をもっと警戒すべきだった!

 ナルベルトなんて小物だ、こいつが真の魔王だったぞ!

 騙されたーーーー!


 猿ぐつわされているので何も言えないので、ミノムシのようにうごうご動いて憤慨を現していると、村長があたしの背中の出血を眺めて「おや?」と首を傾げた。


「はて。死なない様に気を付けて斬ったんじゃが、予想よりも出血が少ないのぉ?」


「ん!?」


 おもむろにあたしの背中に手を突っ込む。服とシルクチェインの切れ目から肌を優しく撫でるが、そこはしっかり切り傷があるところなので探られると痛い。「んぐぐぐ!」と声が漏れた。


「なるほど。シルクチェインをつけておりましたか」


 手触りで分かったのか村長はすぐに手を引っ込めた。べったりと血が手に付着している。


「服装から予想しておりましたが、やはりモノノフでしたか。数十年ぶりにみましたわい。時々ここに資源を求めて訊ねてきおったなぁ」


 村長がそう懐かしそうに笑って


「いやはや。十数人の犠牲で捕えられてよかった。その気になれば儂らの方が全滅しておった。子供と老人に情けをかけてくれて感謝するぞ、旅の方」


 嫌味かよこの野郎!


 憤慨とばかりにうごうごしていたら、煩いとばかりに村長にガンっと頭を踏まれた。

 額当てが地面に当たったからダメージはないけど、くっそ、容赦しねぇ。


 村長と話をしていると靄が少しずつ晴れてきた。悪鬼は七メートル以上後ろに下がって、片膝を突いて大量の汗をかきながら荒い呼吸をしている。

 本当に、あとちょっとで退治出来ていたかもしれない。そう思うと悔しさ倍増だ。

 

「ナルベルト様。捕獲完了しました、こちらに」


 言葉を受けて悪鬼が立ち上がる。息をふぅと吐いて、ゆっくりこちらにやってきた。

 村長は悪鬼に深々とお辞儀をする。他の眷属も深々とお辞儀をして忠誠の意志をみせた。


「生け捕りを御所望だったのでこの程度で済ませました。これでよろしいですかな?」


「流石村長。いや、リーダー、鮮やかな手口だ。魔王様の指示通り、意志を残しておいて正解だった」


 ん? どういうことだ?

 まだナルベルトの意識が強いとは思っているが、今もなお、指示を受けて動いているということなのか?

 依代は己の願いを叶えるために、魔王の指示に沿って動くんだろうか。


 謎が生まれてしまったので考え込んでいると、不意に頭部を掴まれた。

 悪鬼はあたしの頭部を掴んだままぷらんと持ち上げる。首が痛くて「ふぐ!」と声をあげる。

 抵抗もせず、なすがままになっている姿を眺めて悪鬼は鼻で笑った。


「ようやく静かになったか」


 悪鬼の顔に魔王特徴のカマボコ目と口が浮かび上がる。

 あたしを捕えることも願いの一つだったのだろう。それが叶ってまた同化が進んでしまったようだ。


「このあとはどうするおつもりですか?」


 村長が恭しく質問すると、悪鬼はそうだな。と呟いた。


「医者の所へ向かう。地下の解体場で続きをやろう」


 そして居住区から出てくる木こり二名に視線を向けた。彼らはススススと素早く歩くと悪鬼の傍に膝まづく。


「もう一人の旅人は姿を発見できませんでした」


「村から出た様子はありませんので、隠れている可能性があります」

 

 リヒトを探していたのか。

 見つけていないのならば、あいつは上手く隠れているようだ。

 少しほっとした。


 しかしこの木こり二人。最初の時と比べて人間に近い雰囲気だ。村長と同じような感じがする。理性を残す相手も魔王の指示で決めてたのか?


「どうされますか? こちらに気づいていないのであれば、そのままにしても良いかと思いますが。この惨状をみれば、おのずと何が起こったか理解するかと」


 村長は草原を眺める。隠しきれない大量殺害の跡が残っていた。

 時間をかければ処理できるだろうが、短時間では無理だろう。

 

 悪鬼は少しだけ沈黙した。


「……何も知らないのであれば理由を付けてしばし軟禁、もしくは拘束を行う。あちらも薬の正体を知っている可能性が高い。逃がすべきではない」


「では。皆の者は今日は通常の生活を行ってもらい、旅人を発見次第行動に移すという事に致しましょう。ガーレス。皆に伝えておきなさい」


 背の曲がった老人がぺこりと頭を下げた。


「では医者のところへ向かおう。時間が惜しい」


 悪鬼はあたしの頭から手を離し首を掴んだ。大きな手で首をぐっと握って歩いている姿は『鶏の首を持って移動する』ようである。

 しかも強めに握られているので自然に首が締まる。息が詰まり「が、ぐ」と喘ぎ声をだしてしまう。気を失わないように気を付けなければならない。

 

 この野郎。絶対に倒す。


「仰せのままに」


 そう呟きながら、悪鬼の横を村長が歩き、後ろを木こり二名が続く。

 どうやら四人で医者のところへ向かうようだ。


 他の眷属はゆっくり居住区へ帰って行く。その様子は眷属ではなく普通の村人だった。陰気臭くて絶望に満ちた表情をしている。一つだけ異なる点をあげるなら、瞳の奥に狂気の色を映し出し目だけがギラギラしている。


 うーん。とあたしは内心呻く。

 このあとどうなるか分からないが、絶体絶命であることには変わりない。

 どうやって突破しようか。

 

 いやそれよりも、今回の魔王から得た情報をどうやってリヒトに渡そう。

 このまま伝えられなかったら犬死だ。それだけは避けておきたい。

 常に先手を打とうとするあいつがこいつらに捕まるなんてありえない。早々に村から脱出するはずだ。もしかしたら異変を察してもう脱出しているかもな。

 だとすると、あたしも自力で脱出しなければならない。

 難易度が高いなぁ。と首吊りの状態でぼんやり思った。



読んでいただき有難うございました!

次回は別行動したリヒトの動きになります。

更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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