疑心者は魔王に救いを求める⑩
あたしは一通り、タフそうな村人を投げ飛ばし終えた。回避しながらなので息が上がる。
悪鬼は村人が飛んできても攻撃の手を緩めないため、周囲は文字通り死屍累々になっている。
お陰でディフェンスの数が少なくなった。
残っているのは老人や若年層だ。悪鬼に隙をみせることなく逃げ出せそうな状態になってきた。
よし。そろそろここから逃げよう。
逃走する道筋を考えようと、住宅区の方角へ目を向ける。そこで信じられない光景を目の当たりにした。
十歳にも満たない子供が大勢いる。
風土病に冒されているので四肢は黒ずんでいたり赤く染まっていたり、背中が曲がっていたり、足が内またになりすぎて変形していたり。
そんな子供が全員、鬼の顔になっている。
まさか、老人達は自分の孫を連れてきたのか?
ここで今、何が行われているのか解っているのか、殺し合いだぞ!
あの子たちに何をさせようというんだ!?
度肝を抜かれて、彼らを凝視していたのはほんの数秒。
「よそ見とは甘く見られたものだ」
その数秒で悪鬼はあたしの間合いに入りこんだ。
「!」
反射的に奥義を放とうとしたが、腕がグンっと伸ばされズシっと重くなった。悪鬼の触腕があたしの右腕を浸食するように絡んでいる。
振りほどく時間がない!
そのまま雷神の咆哮を放とうとしたが、グイっと引っ張られ足が宙に浮いて視界がぶれた。
「わ!」
さらにブンっと体が右側に振られて体勢が崩れる。その瞬間に、ズグッと左肩に重い重圧がかかり、すぐに激痛が走った。
「くっっっ!?」
左肩にカマキリの前脚がめり込んでいる。
鋭い棘が突き刺さり、皮膚と筋肉に穴を開け、そこから出血し肩から胸部まで服を赤く染める。
「捕まえたぞ!」
「ぬかせ! 激浪の一手!」
前脚の下から連続で掌底を叩き込む。闘気で激しい振動をいくつも与えると、前脚の鋭い棘が肩から浮きあがった。
ボンッ ボンッ
破裂音をさせながら悪鬼の前脚から肩まで砕ける。結果、悪鬼の腕を一つ破壊した。衝撃で悪鬼が体勢を崩す。
ふむふむ。靄にはこっち方がよく効くぞ。刀ではこうはいかなかっただろうな。
「ぐぬう! 小癪な真似を!」
「雷神の咆哮!」
今度は右手に力を集中させて円状に闘気を放つ。
あたしの右腕に絡んでいた触腕が、ボンと破裂音を出して弾き飛んだ。
よし。上手くいった!
自由になったので急いで距離を取る。バックステップすると鮮血が舞ったが、傷はそれほど深くはないので腕の動きに制限はない。
カマキリのような形状だったから引くと余計に傷を負うと思い、下から叩き上げたのが正解だった。
お陰で傷の損傷を最小限に留めることができた。
「くっ。忌々しい」
ダメージを負ったような苦悶の表情を浮かべる悪鬼だが、彼の本来の腕は全く傷ついていない。
靄が傷つくとダメージを負うのか、体力を使うのかよく分からない。
しかし今この瞬間、こいつが弱っているような様子をみせるなら、靄から片づけてやろう。
あたしは逃げるのをやめて悪鬼に接近した。
怪我を負った直後に攻撃に転じたあたしに、悪鬼は驚いたように目を見開く。
靄が触れる場所ならどこでもいい。腹からいくか。
「雷神の咆哮!」
衝撃で悪鬼が後ろに数歩よろめく。腹部の靄がバッと散ってすぐ元に戻る。層は薄くなっている気がする。
悪鬼が左前脚を振り降ろすが、身をよじって回避し激浪の一手を浴びせる。左前脚が細かく振動し、ボボンと破裂して前脚は消失した。これで偽物の腕は破壊した。
衝撃により悪鬼の体勢が崩れたところで
「雷神の咆哮!」
「ぐはっ」
もう一度腹部を狙って技を出すと、悪鬼は口から血反吐を吐いた。防御用の靄が半分以上消失している。
「おのれ……小娘」
悪鬼が肩で息をし始め、呼吸が荒くなる。片膝を地面に着いて腹部を押さえた。
今度こそ!
「激浪の一手!」
悪鬼の額、呪印を狙い掌底を放とうとして
「ダメー!」
「やめてー!」
「叩かないでー!」
サササッと年端のいかない子供達が走ってきて、恐ろしい顔に涙を浮かべながら悪鬼の前に立ち、元凶を庇った。
「んな!?」
両手を広げて奥義を全身で受け止めようとしている。こんな小さな子に当たったら確実に即死だ!
あたしは急遽、掌底を子ども達の足元の地面に変更する。
ドゴン
衝撃音と振動が響き、地面に亀裂が走る。子ども達は各々悲鳴をあげつつ、逃げるように悪鬼の体にしがみついた。
いやまて。しがみついている場所がおかしい。
腹部や腰だけじゃなく、両腕両足、両肩、首すじにしがみつく子供。肩車をして両手で額を持つ子供もいる。
状況が違えば、屈強なこわいお兄さんが全身をアスレチック代わりにして、子供達を遊ばせていると、そんな風に見えなくもないが。
あたしの第一印象はそうではない。
子供を盾にした、だ。
うおおおおおいいい!
殴る箇所が少なくなったんだけど!?
え。手が出せない。
なにこれどうしよう。
これ絶対に村長の案だ。手段選ばなさ過ぎだろう!
攻撃を仕掛けられず、あたしはゆっくり後ろに下がる。
逃げ道はないかと視線を少し泳がすと、小さな子供達と老人達があたしを包囲するように円形になって近づいてきている。
血の気が引く。
うわぁマズイ! さっきみたいに投げたり蹴ったりの対応できないんだけど!?
困惑しながら見回すと、村長の指示が飛ぶ。隠れているのか姿が見当たらない。
「ナルベルト様! 視界を悪くするのじゃ!」
「病の者に手を差し伸べない者は敵だ!」
村長の号令と共に悪鬼は声を張り上げた。穴の空いた額から靄が一気に流れ出し視界が遮られる。
「我は薬を求めている。そして貴様が持っていると確信がある。絶対に逃さない。妻を救う。皆を救う。哀しみに暮れている者を救う。何故貴様は邪魔をする!」
血反吐を吐きながらあらん限りの力で叫んだ悪鬼。それに呼応するように黒い靄が周辺を黒く染める。
あたしの目でも一メートルぐらいしか見えないほど黒い。今までで一番の濃さだ。
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