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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ヂヒギ村の惨劇(狂気の同調)――
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疑心者は魔王に救いを求める⑨

 あたしは身を翻して住宅区に向かった。


「身を隠すつもりか!」


 ナルベルトはすぐにあたしの考えを読み、行く手を阻むよう指示を飛ばす。


「わぁ。みんな足が速いなぁ。タックルしてくるかもなぁ」


 二列に並んで走ってくる村人達の隙間を探す。

 殆どの者が素手なので、手を伸ばし体当たりをしてくる。一斉に手を伸ばして掴みかかる集団は流石に恐い。


 まぁ。見た目は怖いが、木こり達よりは無害だ。


 鞘で適当に転ばせたり、打って方向をずらして互いを衝突させるとすぐに隙間ができる。


 そこを縫って駆け抜けると、住宅区から別の群衆がやってきた。騒ぎが大きくなったせいだろう。先程よりも大勢の村人が草原に入る。


 うわぁ。敵の援軍がきた。

 今は普通の村人だけど、悪鬼の声で眷属になってしまうのだから、彼らも敵候補。

 

「な、なんと?」

「一体何が……?」


 ざわめきが大きくなった。

 地面に死体がある事に気づいてあちこちで悲鳴があがる。靄が薄くなっているのもあるが、そこには先程集団リンチで息絶えた者たちの遺体がある。

 

 驚くのは当然だな。

 

「落ち着け皆のもの! 何かが起こっているのは間違いない。すぐに避難を」


 混乱に包まれた集団の中から村長が声を張り上げた。彼の声を聞いた村人はすぐに手を取り合い急いで住宅区に引き返す。


 しかし急いでいても、老人と体が悪い若年層や中年層が中心の群衆は至って動きが鈍い。ぞろぞろぞろ。のろのろのろだ。


 あれじゃ、逃げきれないだろうなぁ。

 

 そう遠い目をしていたら不意に、村長と目が合った。

 鬼の顔をした村人達があたしに襲いかかっている光景を目の当たりにして絶句している。

 なにがあったと、視線だけで村長の困惑と問いかけが伝わるようだ。


 距離があるが、もしかしたら忠告が伝わるかもしれないと、あたしは大声を出した。


「逃げろ! こいつらは操られている。あんたも操られる。逃げろ!」


「なんと!?」


 村長は強く頷くと、鋭い目で周囲を見渡した。そして黒い靄の中に大きな鬼がいることに気づいた。

 只ならぬ気配に身を固くした村長は持っていた杖の鞘を抜くと刀身が輝いた。仕込み杖だ。剣を構え警戒しながらゆっくり近づく。


 逃げろと言ってるのに、伝わらないな全くもう!


「駄目だ、そいつに近づくな! 声で洗脳される」


 あたしはすぐに警告したが、村長は全く聞く耳をもっていないのか、逃げることなく悪鬼の背後で止まった。

 老体を感じさせない覇気をだしながらゆっくり息を吐く。


「お前さんの仕業じゃな! 村の者達を元に戻すんじゃ!」


「村長」


「そ、その声はまさか……!?」


 村長は驚愕の表情を浮べた。姿形は変化したが声だけは変わっていないので、悪鬼の正体に気づいたようだ。


 悪鬼はゆっくり振り返り村長を見下ろす。穴のあいた額から靄が登り立つので角が生えたように見えた。靄が止血をしたようで出血はもう止まっている。


「仲間がきた。強力な俺の仲間が、きてくれた」


 悪鬼は口角をあげる。醜悪な笑みをみた村長や状況を伺っていた村人達の背筋が凍った。


「俺が誰かわかるか?」


「ナルベルト……なのか? 本当に? ナルベルト……お前さんか? これは、その姿は一体……。何が。何が起こって……」


 村長が首を振りながら掠れた声を出す。


「村長。聞いてくれ」


「ひぃっ」

 

 村長は体が強張り小さく悲鳴をあげ、数歩後ろへ下がる。逆にベルナルトは村長に顔を近づけた。

 白目が充血して赤く染まり、瞳孔が開いた目からツゥっと赤い涙を流す。


「旅人が薬を持っている」


「何を、言っとる……旅人さんは……」


「皆を助けるためにあいつを捕まえる。俺は今動けない。力をかせ」


 醜悪の笑みから激しい悲憤の表情へ変化する。


「村人を助けるために力を貸せぇぇぇっぇぇ!」


 靄が額の穴から大量に吹き出した。

 村長や村人達は体を翻して逃げようとするが、逃げ切れるわけもなくあっさりと包み込まれた。


「今こそ一致団結の時! 村の者を助ける。病気の者を助ける。妻を助ける。その為に薬を持つ旅人を捕獲する!」


「だから、あたしは持ってないって言ってるだろ!」


 第一陣の包囲網を抜けたあたしは、奇しくもナルベルトの近くにいた。


 そのまま彼の元へ走りながら闘気を練る。狙いは額だ。

 あたしの接近に気づいたナルベルトはすぐに振り返り、拳を握って突きだす。それを紙一重で避けて、伸ばしきった腕に飛び乗ると数歩進んで額に掌底当てる。


怒濤(どとう)の一手!」


 靄の量が減っている。額をガードする靄が薄い。

 これで決める!


「頭を後方に倒しつつ横に向きなされ!」


 村長の声を聞いたナルベルトはその通りに顔を動かした。頚椎が外れているような角度で後ろへ伸びる。


 普通なら絶対に間に合わないタイミングを見事にずらした。

 あたしの力が側頭部を少しかすった程度で止まる。


「はあ!?」


 何事!?

 一気に動きが良くなったんだけど!?


「相手が腕に乗っているなら靄の上に乗せて右腕を自由にし、両手で肘を狙うように数秒ずらして殴ってみるのじゃ! 」


 村長のアドバイス従って悪鬼が動く。あたしも言葉を聞いているので即座に反応する。

 

 ゴッ


 ガードした腕に悪鬼の大きな拳が激突する。巨大な岩が落ちてきたような衝撃が伝わり、腕が痺れる。


 なんだこれ!?

 攻撃のタイミングと角度が絶妙なんだが!?


 っていうか村長おおおおおお! 折角の魔王退治のチャンスを潰すなああああ!


 心の中で大絶叫しつつも、あたしは状況を整理する。

 

 悪鬼に加担するという事は村長達も眷属に変化した。

 次に来た群衆は先ほどよりも人数が多かったはずだ。多勢に無勢はあたしが確実に不利。


 住宅区に逃げ込み身を潜ませる当初の目的はそのままにして、今は眷属達の位置と距離を把握しないといけない。

 

 着地しながら周囲を観察するため視線を動かし、村長を視界に入れた瞬間、あたしは目を疑った。


 肉体は変化がないが、村長は悪鬼とは比べ物にならないほど凶悪な面構えだった。


 ナルベルトが悪鬼の姿であるなら、村長は悪鬼羅刹(あっきらさつ)の姿である。

 どっちが眷属か一瞬分からない……。


「なんで村長の方が凶悪なんだよ! おかしいだろ!」


 思わず叫ぶと、村長はせせら笑った。


「そんなわけないじゃろう。ナルベルト様が儂らの主じゃ。ひひひひ」


 人をだまして食い散らかすような、そんな不気味な雰囲気を漂わせつつ、片手をあげて周囲に指示を出す。それを見た村人たちがスッと動き始めた。


「今なら腕が痺れておるだろう追撃じゃナルベルト様。皆の者も今の指示通り、旅人さんを包囲し動きに制限をかけよ」


 ちょ、おま、的確すぎんだろ!


「くらええええええ!」


 村長の言葉に従いナルベルトが前に出て、ガンガン殴ってくる。

 紙一重避けれるが、拳に混じって靄が触腕のよう伸びて手や足を絡め取ろうとするのが厄介だ。


 長さ幅も思いのまま。変幻自在を回避できるのは、村長の指示をあたしも聞いているからだ。無言の阿吽でやられたら、腕一本ぐらいは絡め取られているはずだ。


 そして。


 あたしは攻撃を回避しながら左、右、後方、前方を確認する。

 村人たちが一定の距離を保ちつつあたしを包囲している。逃げる仕草を見せると、その方向に人数が集まり壁を作った。


 上半身を低くして腰に重心を置き下半身に力を入れているスタイルを維持しているが、おそらくあたしが蹴ったらあっさり飛ぶ。

 

 しかし村人たちに攻撃を仕掛けると隙が出来る。その隙を狙って悪鬼に捕えられそうで行動に踏み込めない。


 いや、少し前の悪鬼ならそれでも回避して逃げ出せそうだが、今は……。


「ナルベルト様、左側が狙われておりますゆえ防御を固め……今です! 靄を四つに分けて囲うように! 惜しい!」


 村長の指示のキレが良くて、悪鬼の攻撃を回避するので精一杯だ。

 悪鬼も格段に靄の使い方が良くなっていて、四人を一度に相手している気分になっている。


 んあああああああああ!

 駄目だ。ジリ戦だ。正攻法は止めた!


 あたしはわざと村人に近づく。一気に距離を詰められた中年男性が少しだけ目を見開いた。


 ガシっとそいつの襟首を握り、腕一本で背負い投げする要領で悪鬼に投げ飛ばした。

 先ほど悪鬼がやっていた事をそのままやり返す。


 運がよければ死なないだろうけど、まぁおそらく……。


 ドゴ!


 悪鬼は飛んできた村人を殴り飛ばした。

 顔面が潰れた村人は地面にバウンドしつつ動かなくなる。その光景を他の村人も見えていたが我関せずで怯えることも逃げる事もしなかった。

 

 期待してないのでこの辺は良いとして。


 あたしはなるべくタフそうな村人を選んで悪鬼に投げ飛ばした。

 避けると同時に包囲網の人数を減らす。これしか突破方法がないと踏んだからだ。


 良心の呵責はある。あるが……それに負けて死んでしまえば意味がない。


 それに、飛んでくる村人を殴っているのは悪鬼だ。

 飛んでくると分かっているのだから、威力を弱めてやればいいのにそれを行わないので、あたしのせいじゃない。

 

「なるほどなるほど。旅人さんも容赦ないのぉ。……でも」


 村長は邪悪な笑みを浮かべ、スッと後方に待機していた老人達に指示を出す。


 眷属になり素早くなった老人達は風土病にかかっている子供を連れてきていた。それは自分の孫だったりひ孫だったり、友人の孫や子供だったりと大切な人だった。


「さあ! 逃げ場はないぞ。全員がお前の持つ薬を望んでいる! 差し出せ!」


 悪鬼は常に言葉を発し、靄を出し続ける。

 それは周囲を汚染してあとからやって来た子供達にも影響を与える。変化していく子供達を眺めて村長はこう告げた。


「子供達よ。ナルベルト様のために働くのじゃ」



次回更新は木曜日です。

面白かったらまた読みに来て下さい。

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