疑心者は魔王に救いを求める⑧
あたしはナルベルトの重い一撃を受け流し懐へ入る。
身長差はあるが、刀の長さがそれを緩和してくれるので彼の額に刃は届く。スッと額に近づけると黒い靄に当たり、キィン、と金属音が鳴って切っ先が弾かれた。
武器として使っているので部分的に硬くできると思っていたが、これを突破するにはどのくらい闘気を練ればいいのだろうか。
「彼岸花!」
刃の切っ先を額に向かって真っ直ぐ突き出しながら技を放つ。
衝撃波がナルベルトの体から黒い靄を引きはがし霧散するが、それも一瞬で、威力が本体に到達する前に正中線を守るように靄が何十層にも重なった。
「ぐ、う!」
ナルベルトは後方に大きく吹き飛びつつ、体をくの字に折った。
「くくく。くくく」
体がフルフルと震え、笑い声が漏れた。
顔をあげ、顔や胸を手でさわり状態を確認している。ほぼノーダメージと分かると、恍惚の表情を浮かべた。
「これが魔王と呼ばれる災禍の力なのか? 最高だ。これなら村を、妻を救える。この身を捧げるくらい造作もない。寧ろ、俺のすべてを持っていけ」
そして両手を天へ伸ばした。
「結局、練ったんだがなぁ」
あと一歩が届かない。これは攻撃方法を変える必要がある。斬るではなく、打撃に変更しよう。
外部から内部へ電流のように直線的に力を伝える雷神の咆哮ではなく、外部から内部へ波のように変形を生じながら目的部位へ威力を伝える技だ。
あっちでやってみるか。
ナルベルトが体を起す。
黒い靄が肌を染め、全身真っ黒。顔も体躯も2倍になり、腕や足の長さが伸びていて、上半身裸でピチピチのズボンを履いた黒い悪鬼に変貌していた。
人間だったころの面影はない。
「さぁ、まずは薬だ。薬を得る」
彫りの深い悪鬼がこちらを睨みつける。
一段回、魔王に近づいたが、まだ完全ではないと直感が告げた。
『願いを叶えるためにそのつど必要な力を貸している』、というよりも、『力を依代に馴染ませる為に少しずつ与えている』ようだ。
依代の強さは魔王の力をどれだけ受け止められるかで左右されるのかもしれない。
ナルベルトは運悪く、力に耐えられる器だったのだろう。
そんなことを考えながら、あたしは悪鬼の正面に立ち、刀を振るう。
悪鬼は驚きつつも片手で刀の刀身掴んで動きを制した。
それでいい。刀は囮だ。
あたしは刀を離し、それを足場にして悪鬼の手首を踏みつつ肘に片足を乗っける。額に掌底打ちをすると靄が何重にも重なって防御した。
だから、この技が適任のはずだ。
鎧や衣服、皮膚や筋肉を通り抜けて特定の内臓だけにダメージを通す暗殺技。
「怒濤の一手!」
闘気が靄をすり抜け、悪鬼の頭部の中身に届く。
ゴチュ
妙な音がナルベルトの頭に鳴って、一瞬の静寂。
ボコッ。ブシャッ
額と側頭部から血と脳髄の噴射が起こった。
「あぐぁぎぁぁぁぁ!」
悪鬼は絶叫をあげながら腕に乗ったあたしをふるい落とし、宙に投げた瞬間に拳を突き出した。
「っ!」
両手をクロスさせて拳を受け止めるが、足場がなかったのでそのままふっ飛ばされてしまった。
5メートルほどふっ飛ばされ、宙返りして足から着地する。2センチほど踵が地面に埋もれ、草が千切れて舞った。
すぐに敵のダメージを確認する。悪鬼の額に直径3センチの穴がいているが、わずかに呪印から外れている。
インパクトの瞬間、咄嗟に顔を側屈させたようだ。
普通なら頭に穴が空いたらあの世行きなのだが、悪鬼は直立不動のままこちらを睨んでいる。
「あの傷でも生きているのか」
あたしはげんなりしんがら呻く。
呪印を破壊しなければ依代は死ぬことも出来ないようだ。
そして、痛みで怯むことや傷のダメージで動けなくなることは期待できない。
「となれば、呪印に当たるまで何度でも技を…………げっ」
ナルベルトの背後から、大勢の村人が住宅区からこちらへぞろぞろやって来た事に気づいて、あたしは表情が引きつった。
老若男女、その数60人は超えている。
距離が遠く、豆粒くらい大きさだが、確実にこちらへ近づいている。
人々は黒い靄漂う門付近の草原を怪訝そうな眼差しで眺めていた。靄のお陰で死んでいる木こり達に気づいていない。
もう、絶句するしかない。
なんでこう、嫌なタイミングで。
呆然と見つめていたら、村人の集団の中に眷属と化した木こり2名姿を発見した。
うわぁ。途中で数が合わないと思ったら。村人を連れてきたな!
となれば、ナルベルトは最初から人海戦術使う気だったか。
流石にこの数の眷属……『打たれ強く攻撃力強化でおまけに痛覚麻痺した人間』を相手にするのは初めてだ。
というか、皆殺し案件でチヒギ村壊滅の危機じゃないか!?
災いというか、あたしが原因で滅んでしまうぞ!?
駄目だ。勝機が視えない。
一度森に逃げて打開策を考えよう。
あたしが苦い表情を浮かべるのとは正反対に、悪鬼は背後から近づく群衆の気配を察してにやりと笑った。
黒い体と化した彼の姿は靄に紛れてしまうので、村人達は何が居るか把握できていない。
しかし何かが居ると分かると、「なんだあれは?」と誰かが声を出した。
十メートルほど近づいた数人の村人がピタリと足を止め、靄を凝視した。悪鬼の姿を視界に捕えるとみるみる青ざめていく。
彼らの反応や言葉を皮切りに、村人達がざわめき始めた。
そこへ悪鬼が声を張り上げる。
「苦しみを理解できない者は敵だ!」
衝撃波のような爆音にあたしは耳を塞ぐ。
音が空気を振動するのを可視化したように、黒い靄が波状して村人たちに襲い掛かる。
「悲しみを抱きしめていない者は敵だ! 共感できない者は敵だ! 薬を持つ者が旅人だ!」【我に共感せぬ者は仲間ではない。我と共に生きる者でなければ村からこの世から追い出そう!】
非常によく通る声に魔王の声が混じって重なる。
うわぁぁぁ。
きゃぁぁぁ。
ひぃぃぃ。
靄に囲まれた村人達の混乱する悲鳴が草原に響く。
黒い靄に飲みこまれた者は軒並み悪鬼に支配されていき、鬼の面をつけたような険しい形相に変化していく。
な、なにを!
ぎゃぁぁぁぁ!
やめてくれぇぇぇぇ!
そして説明するまでもなく、変化しなかった一握りの者が集団リンチによって命を散らしていった。
「さて。間に合うかな?」
リュックを拾い上げ、あたしは門までダッシュする。距離は三百メートルくらいかな。門は開いているので外に出れば彼らを振り切れるはずだ。
撤退すると決めたので、さっさと逃げる。
【逃さん! 閉じろ!】
ブンっと風をきる音がして、何かが門の場所へ飛ばされてきた。
それは勢い余って防壁に激突し、ぎゃぁ、と悲鳴を上げて血反吐を吐きながら草原の隙間に消えた。
うわ! 村人投げてる!?
あたしが逃走しないように門の扉を閉じさせるため、悪鬼は手当たり次第に村人を掴み、開閉スイッチの所へ投げ飛ばしていた。
最速移動手段だが、上手く着地する者が圧倒的少なく、防壁のあちこちに鮮血が彩られる。
なんというか、これはアートではないな。惨劇の証拠みたいな感じだ。
防壁に激突して命を散らす者が多い中、それでも三人の若い村人が受け身を取って立ち上がり、門の開閉スイッチを操作し扉を閉じる。村からの脱出口がなくなってしまった。
あと五メートルで到着したのに!
ガッカリしながらもあたしはまだ走っている。全力疾走は急に止まれないからだ。
急停止しようか迷ったが、駆ける威力をプラスして、三角形にような形で立ちはだかる村人達に飛び蹴りを食らわせた。
「ひぎゃ!?」という三人分の悲鳴と、骨が沢山折れた音を聞きながら、あたしは無事に着地する。
今すぐにスイッチを入れれば逃げ切れる!
スイッチのある窪みに手を入れようとした瞬間、ヒュンと音がした。舌打ちしながらあたしはその場を逃げる。
コンマ数秒の差で村人が壁に激突した。「ぎあ」と小さな断末魔が聞こえた。
猛スピードでふっ飛ばされたせいで、スイッチのある窪みに背中からめり込み、胸部から腹部が凹んでしまった。即死である。
うわぁ。
これ、スイッチ壊されてしまったんじゃ。
見ると、スイッチの窪みがひび割れている。
仕掛けが無事かどうかすぐに村人を引きずりだしたい衝動があったが、村人達が次々と投げられてくるので断念した。
重量と速度を考えると、受け止めたらダメージ受ける。
門の出入り口周囲に重体と死亡した村人が積み上がっている。約三十人だ。若い年代と中年男女が多い。
うめき声を上げるが痛そうな素振りをみせず、あたしにギラギラした目を向けていた。自由に動ければ噛み付いてきそうだ。
「どうだ。これで脱出できないだろう」
門を閉めたナルベルトは満足そうに言い放つ。
その周囲を村人達が取巻きのように囲っている。ヒトというよりも獣の群れを見ているようだ。
あたしはうんざりしながらそれを眺める。
「あれを追え! 捕まえろ!」
鋭く言い放つと村人達が一斉に動いた。
その数およそ二十人。老若男女で年齢混合。
凌げないわけではないが、相手にしたくない。
魔王が村を滅ぼすのは百歩譲って仕方ないとして、その原因の一端を担いたくないのが心情だ。
盗賊や武術を嗜む者ならまだいい。この度の相手は強化されて眷属に陥ったとしても、普通の村人だ。しかも年端もいかない子供や老人もいる。なるべく手にかけたくない。
さて。困ったな。
対策を考える暇がなくなった。
草原では身を隠す場所はない。となると、住宅街に潜伏するしかないか。
次回更新は木曜日です。
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