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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ヂヒギ村の惨劇(閉鎖された村)――
122/279

旋回する質問と渦巻く暗鬼⑨

 翌朝、朝日と同時に目を覚ますとリヒトは寝ていた。特に声をかけずに食堂へ向かう。

 

 今日の朝食はなんだろうと思ったら、まだマーベルは料理を仕込んでいた。ちょっと早く起き過ぎたようだ。


 あたしに気づいたマーベルが深い皺を作りながら笑みを浮かべている。


 「おはようございます」


 「おはよう」


 「すいません、まだ朝食は出来てないんですよ」


 「大丈夫。今日は早く目が覚めてね。ここで待っててもいいかな?」


 「そうしてくれると助かります」


 マーベルが調理場へ引っ込んだのであたしは食堂のテーブルへ適当に座った。ぼんやりと昨晩を思い出す。


 あいつ、やっぱ勘がいいんだよなぁー。

 最初から睡眠薬盛っておくんだった。


 手順を間違えた事に後悔する。

 

 マーベルは心配そうにこっちをチラチラ見て、出来上がった品から急いで持ってきてくれた。

 よほど腹を空かせていると思われている。

 どんな顔してたんだあたし。


 「すぐできたのはこれとこれ」


 焼きたてのクルミパンとジャムを置いてくれた。とても良いにおいがする。


 「お腹空いたでしょ!? もうちょっとで出来上がるから、待っててね!」


 パタパタと急いで戻っていった。その背中を目で追うと


 「どうやら空腹で倒れそうって思われたらしいな」


 リヒトが声をかけてきた。

 彼は旅の服に着替えており、足取りも軽やかだ。

 沢山空いている席があるのに、同じテーブルつき、わざわざあたしの前の椅子に座った。

 話があるようだ。


 「おはよう。気分はどうだ」


 声をかけると、リヒトは腕の袖をめくった。湿疹が消えて皮膚の色合いも元に戻っている。

 あたしが確認し終わったのをみて、すぐに袖を元に戻す。


 「一晩で消えた」


 「よかったな」


 「………ああ」


 腑に落ちないという表情を一瞬するも、すぐに元の無表情に戻る。


 そのタイミングでマーベルがあたしの朝ごはんをトレーに入れて戻ってきた。

 チキンのスープと野菜サラダ、スクランブルエッグ、卵のサンドイッチ、スコーン、くるみパンとジャム。

 食べれるけど品数多すぎだろ。作るの大変だろうし、どんだけ食べると思われてんだ。


 「これで足りますか?」


 「十分すぎる。用意するの大変だっただろう」


 「とんでもない。村の者が大変失礼しまして。こんなものでしか誠意をみせられず。宜しければ沢山食べてください」

 

 「気にしなくて良かったんだが、有り難く頂く」


 ルンルン気分でスープを飲み始める。

 味は美味しいんだよなぁ。


 あたしがニコニコしながら食べているのを微笑ましく眺めてから、マーベルはリヒトに向き直った。


 「おはようございます。村長から聞きました。ローレルジ病を罹ったそうで。この宿で最後まで看取るように言われたんですが……動いで大丈夫ですか?」


 リヒトは少し沈黙して「ああ」と答えた。マーベルは病に語ろうとしたが、それを制して、リヒトはあたしの半分くらいの量の朝食を持ってくるように頼む。

 マーベルは残念そうに調理場へ戻った。

 あたしはまた老婆の背中を見送る。


 「宿で看取るねぇ? 村長は気が利くのかな?」


 年齢を考慮して薬湯を用意した事を考えると、親切な部類であるとは思う。


 「さて、どうかな?」


 リヒトは窓から見える村の風景を凝視しながら答えた。眉間に皺が寄っている。色々考え事をしているように一点を見つめて動かなかった。


 「それは隠すほうがいいか?」


 先程、病について否定しなかったので、小声で問いかける。


 「ああ。面倒が増える」


 ここで病が治っているとバレると厄介と判断したみたいだ。


 リヒトは辟易(へきえき)したように頬杖をついた。


 「今回の問題は人間だ」


 「それは……」


 「はい。待たせましたね。どうぞ」


 リヒトの言葉の意味を問う前に、マーベルが朝食を持ってきたので口をつぐむ。


 テーブルに料理を置いたマーベルは今度は直ぐに去らず、リヒトの右横へ移動すると椅子に腰掛けた。


 「旅人さん。やせ我慢しちゃいけませんよ。かかったらすぐにだるくて体を動かすのが辛いんです。食事が終わったら部屋で休んで下さい」


 マーベルは心配そうにリヒトの顔を覗き込むが、彼は我関せずでモクモクと食べている。


 「ショックなのは解りますが、受け入れて治療を行わないといけませんよ。湿疹は3日で手足全部を覆い……」


 マーベルの言葉が止まった。その表情は驚いていり。

 リヒトは食べる動きを止めた。しまったと一瞬表情が歪む。



「村長は手の甲にと……」


とマーベルが乾いた声で呟き


「ちょっと失礼しますね」


 リヒトの許可を得ないまま勝手に彼の腕の袖をめくる。彼の皮膚は湿疹の名残のような薄い赤が二個ほど見えるが、肌の色と区別がつかない。

 打ち身の痕じゃないな。しまった。軽く叩いておけばよかったか。


 マーベルは目の周りの皺を押し上げるように目を見開き、穴が開くほどジッと、腕を見つめた。瞳が動揺したように揺れているのが分かる。


 無礼な老婆を殴るかもしれないと、あたしは一瞬ヒヤっとしてリヒトの顔色を窺う。彼は嫌そうに眉をしかめただけで拒絶はしなかった。


「なにも、ありませんね……」


 肩透かしをくらったように呆けながら、マーベルはそっと袖を元に戻す。そして数秒無言になり、ため息をついた。ゆっくりとリヒトから距離を取ると、恭しく頭を下げた。


「申し訳ありません。腕を見せていただき有難うございました。どうやら村長の誤診のようですね。旅の方が発病していなくて良かったです」


 マーベルが安堵した笑顔を見せた瞬間、リヒトの顔が引きつった。おぞましい生物を見たかのように眉をしかめると、すぐにマーベルから視線を外して、椅子を動かしてまで距離をとってから食事を続ける。


「村長が脅すような言い方をして申し訳ありません。でも分かってください。彼も貴方を心配していたのです」


「……」


「気分を害したのは謝ります」


「……」


 リヒトが完全にマーベルを無視したので、彼女はあたしに話しかけた。


「お連れ様がご無事で良かったですね」


 いや誤診ではない、治っただけなんだ。とは言えず、あたしは「そうだな」と頷く。


「症状を把握していないないから不安だったが、そう言って貰えるとホッとする」


「そうですね。………良かったですね」


 マーベルは笑顔だったが、あたしはその笑顔を見て背筋が凍るような思いがした。

 本心なのかそうではないのか、腹に何を思ったのか、想像は出来るが考えたくはなかった。


 料理を食べ終わったリヒトは若干軽蔑した眼差しを向けつつ、マーベルに話しかける。


「今日の昼でここを去る」


 マーベルが「え?」と答え、あたしは「え?」と聞き返す。


 寝耳に水なんだけど。

 そう思ったが、訂正は入れないでおいた。

 成り行きを見守ろう。


 マーベルは驚きで目を見開く。垂れ下がった瞼がパチッと開かれ、完全に目の形が見えるほどだ。


「今、村から、出る、と? おっしゃいましたか?」


「そうだ。早く助けが必要だろう。早急に手を打つよう伝えてくる」


 マーベルは言葉を選んでいるのか、口が開いたり閉じたりしている。


「本来なら来てすぐ引き返せばよかったんだが、俺がこのザマだったからな。すまなかった」


 はあ? 口先だけでも謝っただと!?


「え? いえ、そんな」とマーベルは狼狽して口ごもる。


「すぐに綺羅流れに連絡をして村に応援を呼び、この状況を打破する」


 リヒトは立ち上がりマーベルの肩を優しく掴む。頼れと言わんばかりの態度が、演技かかっているような気がする。


「貴方達が不安を感じる日々をこれ以上続けない様、全力を尽くす」


 いつもとは若干違う雰囲気を出しながら、マーベルの『何か』にむけて説得しようとしている。少々っていうかかなり芝居かかった言い回しだが、マーベルの信頼度がグングンあがっていくのを目の当たりにした。 『言葉巧み』ってああいうのを言うんだな。

 いや、どうしたよあいつ。びっくり仰天なんだけど。


 あたしはぽかんと小さく口を開けてリヒトを眺めた。

 明かりを消して二人だけにライトを当てたい気分だ。朝なので無理だけどな。


「あ……有難うございます! 有難うございます!」


 涙を浮かべたマーベルは憑き物が落ちたような……今度こそ本当に安堵したという希望に満ちた笑顔になった。

 それをみて、リヒトが半眼になり小さいため息をつく。

 老婆に安心感を与えたかったという話ではないと思う。

 あたしはまだ彼の真意が理解できなかった。

次回更新は木曜日です。

面白かったらまた読みに来て下さい。

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