旋回する質問と渦巻く暗鬼⑥
「申し訳ありません旅の方」
村長が椅子から立ち上がり深々とお辞儀をした。
「窘めるとか、口出しするかと思ったが、静観していただけだったな」
あたしが嫌味を投げつけると、村長は顔を顰め唾を飲みこんだ。
「あの者は感情の起伏が激しく、ああなっては誰も手に付けられないのです」
「でも木こりのリーダーなんだろ? あんなので大丈夫か?」
「以前は冷静で頼もしい若者じゃった。察しておると思いますが、あの者の妻が病に罹り瀕死の状態になっておる。いつ手足が朽ちてもおかしくなくての。更に間が悪いことに、腹には子供が授かっておる」
村長は首をゆっくりと左右に振った。その目には悲しみを通り越して諦めの色が強かった。
「子共々命を落とすことを何としても阻止したく、自暴自棄に近い行動を取っておる。最近ではもう、以前のあやつとは思えないほど、人間性が変わってしまった」
「そうか。理解は出来た」とあたしは頷くも、警告を発する。
「だが村長、あいつは危うい。そのうち何かをしでかす。それが良い方向ならいいが、悪い方向に向かえば……」
「重々承知しております」と村長は残念そうに頷いた。
「その割に、お前は冷淡としているな」
リヒトが村長に向けて冷然と言い放つ。
村長はリヒトに顔を向け落胆したように肩を落とした。
「村の者誰もが一年半前とは変わってしまった。友人達も信じられんくらい、変わってしまったのじゃ。ナルベルトの事も慣れてしまったんじゃ」
「この村で二年前にいざこざがあったはずだ。それが風土病の原因だと思った事はないか?」
リヒトがそう質問した。彼の声色は酷く冷たく響く。
村長はぎくりと体を震わせたが、とぼけたような表情が崩さなかった。
「一度も思ったことはないか?」とリヒトが再度確認する。
村長は表情を崩さず、黙ったままだった。
部屋が水を打った静けさに包まれる。
「何のことか、分かりませんなぁ?」
村長はゆっくりと首を左右に振った。
彼は強い拒絶を前面に押し出し、踏み込むなと言わんばかりに貼りつけた笑顔を浮かべる。
「そちらの方から、何を聞いたのか分かりませぬが」
村長がこっちを見た。
丁度、あたしはリヒトの言葉の意味が分からずキョトンとしている。
それを見て、村長は「ん?」と首を傾げつつ、物言いたそうな視線を向けてきた。
「どうした村長。何かあたしに言いたいことがあるのか?」
「いや。……儂の考えすぎじゃったかの」
村長から険が取れた。笑顔が取れて素の表情になっている。
あたしは「なんなんだ一体」と小さく呟く。
村長はリヒトに視線を戻し、分厚い笑顔を作った。
彼を見る目つきは鋭く、懐疑の態度を示している。
「誰から何を聞いたか存じませんが、こちらの問題には足を踏み入れないで頂きたい」
「この度の災いに関係がないなら、踏み込むつもりはない」
関係があれば踏み込む気満々ということ。
村長も意図を読み取ったのか、苛立ちを露わにしたうえ、リヒトに対して殺気も感じる。
あたしがちょっとだけ警戒を示すと、すぐに気づいたか村長は殺気を消した。
察知する能力は鋭い。ふいに出た闘気も力強いな。年寄りと思えない。
「失礼しました旅の方。お連れ様の言動が気に入らなくてつい……」
村長はあたしに向かって丁寧に謝罪したので、「正直だな」とだけ言っておいた。
「はあ。短絡的思考め。話を最後まで聞け」
リヒトはため息をつきながら、右手で側頭部を掻いている。村長はその腕をジッと見つめた。
「問題を暴いたところで、そっちの決め事について非難することも、他に風潮することもしない。災いの発生理由の1つとして、今後の資料にするためだ」
「ほお? この風土病は災いと思うのですか?」
「思う」
「災いなら、尚の事、人の手でどうにも出来ぬ。これは風土病じゃ。だから絶対に人の手で治すことが出来るんじゃ」
「以前と違う症状……」
「それはそうと」
村長はリヒトに言葉を遮りつつ、流れる様な動きでリヒトの右腕をスッと持ちあげ、手の平を見つめて口元にうっすら冷笑を浮かべた。
「ああ、やはり」
村長は左指で、手の平の三か所の内出血を示す。
そこにコインサイズの大きさで、赤い色が薄く浮き出ていた。
「儂も一つお教えして差し上げましょう旅の方。残念なことに、ローレルジ病に罹っておるぞ」
「触るな、離せ」
リヒトは気に入らないと言わんばかりに村長の手を乱暴に振りほどいた。
あーあ、やっぱり発病したか。思ったよりも早かった。
でも村長に見つかったはマズイな。どうやって誤魔化そう。
村長は「お可哀想に」と憐憫をみせるが、その目はほくそ笑んでいるように思える。
性格が悪いな。とあたしは声に出さず呟く。
「はぁ? いい気味だと思ってやがるくせに。不愉快だ」
リヒトは村長の態度に立腹して毒づく。
あー、トラブルの予感がする。
あたしは二人の間に割り込んだ。
「ちょっとどいてくれ村長。どれどれ?」
あたしは村長を後ろに押しのけて、リヒトの手を持つ。嫌がるかと思ったが素直に見せてくれた。
うーん? 湿疹に見えないぞ。
内出血としか……。
よし。内出血だと言い張って言いくるめよう。
「ああ!」
あたしは原因を思い出したとアピールするため必要以上の声を出した。
「これ、朝に打ったヤツだろ? そこ、机で手を打った所だ。なんだ。内出血起こしてるだけか」
村長がちらりとこちらを向く。その表情はとても冷え切っていた。
「これは湿疹じゃ。何十回も同じのを見てきた。これが四肢に広がり皮膚を覆い、そして黒く壊死していく」
そしてリヒトに視線を合わせる、と同時にリヒトは嫌悪感を露わにしながら
「気味が悪い、帰れ」
とても失礼な言動を、強めに吐き捨てた。
村長は冷笑のままお辞儀をする。
「信じられない気持ちは分かります。進行速度は個人差がありますが、すぐに症状は重くなっていくでしょう。強めの薬湯を用意します」
「これは打ち身だから必要ない」
リヒトは即座に断った。
「信じようが信じまいが勝手ですが、風土病に唯一太刀打ちできる薬です」
村長はニコリと作った笑みを浮かべる。それはまるで、仲間が出来たと喜ぶようだった。
「必要ない」
「しかし……」
「耄碌しているのか? このやりとりは終わりにしてくれ」
リヒトは険を強くして毒づくが、村長は気にした様子はなかった。
「それではこれで失礼します」
村長はあたしに向かって深々とお辞儀をする。その目に哀傷を漂わせている。
「旅の方。覚悟はしっかりしておきなさい」
目が合った瞬間、背筋に悪寒が走った。
傷を舐め合う仲間を求めている。そう感じて気持ち悪くなった。
この人達は、本当に解決を求めているのだろうか?
それとも、不幸な人を増やしたいだけなのだろうか?
そんな問いかけが脳裏をよぎったため、あたしは黙って村長を見送った。
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