旋回する質問と渦巻く暗鬼⑤
時間をかけて買い物して時刻は昼過ぎ、そろそろ昼食が欲しくて戻ってきたら、部屋に複数の気配を感じた。
これ、絶対に待っている。
回れ右して更に時間を潰そうか、ドアを開けようか迷ったが、あたしが帰宅するまでずっと部屋で待機される可能性が高い。
リヒトがぶち切れしまったらマズイな。
仕方ない。正面から受けて立とう。
あたしは平然とドアを開けた。
「戻ったぞ」
一斉に注目された。
部屋の中にはリヒト以外に三人の男性が居た。
一人は村長だ。何しに来たこいつ。
一人は大柄の二十代の青年。短い赤茶の髪に日に焼けた肌、上下の茶色の服と立派な斧が腰にぶら下がっている。
一人は中肉中背の細身の二十代の青年。赤茶のウェーブかかった髪で頬がやつれており、上下の茶色の服をきて腰に短剣を三本携えていた。
「なんだこれ。また勝手に入ってきたの?」
さも今、中に人が居たことに気づいたように声をあげると、心底うんざりしているリヒトがあたしに視線を向ける。言葉にしなくても分かるので小さく頷いた。
「失礼、驚かせてしまって申し訳ない」
村長がこう切り出し、二人の男性を示した。
「彼らは村の外で作業している木こりじゃ。彼らが旅人がきたと驚いてのぉ。どうやって霧を突破して来たのか聞きたいと頻りに申してのう」
若干申し訳なさそうな気配を出しながら、
「儂も説明したんじゃが、納得せんで……不躾ではあるが、お前さんが戻るまで待たせてもらったのじゃ」
木こり達の行動に呆れているのか、半眼で見やる。
「村長さん! 先程の話は本当なのか? ほんとにこの子が彼を連れてきたのか? 女の子じゃないか!? どうみても人を抱えて来れるような……」
短剣男が怪訝そうにあたしを指し示していたが、腰に着けている刀に気づいたのか黙る。
「ガキのくせに一丁前に冒険者気取りか」
斧男がズイっと前に出てあたしの正面に立った。見た目通り、血気盛んな様子だ。
こいつだな。リヒトが話していた木こりは。
短剣男と比べて、圧倒的に疑惑の念が強い。
あたしは大げさにため息を吐いて、斧男を見上げる。背が高いので少々首が痛い。
「旅人だよ。この通り、身を護るために武器を得意としている。あたしの見た目で蔑み、威圧してくる輩が結構いてね。ほら今も、目の前にいるしさ」
普通の女子なら斧男の威圧に畏縮するが、生憎とあたしはこの程度の威圧に慣れきっている。
恐れるに足りない。
「はぁ。まず中へ入らせろ。ここはあたしが借りている部屋だ。どけ」
グイっと斧男を押しのけると、彼は意表を突かれたように後ろに数歩下がった。
彼の体を横にそらし、部屋へ入る。
斧男が驚いたようにあたしを凝視して、すぐに短剣男に手招きした。近づいてきた彼にこそっと耳打ちをする。短剣男は吃驚して目を丸くさせ、あたしを凝視した。
ほら、侮ってた。
里の大人も時々ああいう態度をするんだよなぁ。
まぁ見た目とのギャップが激しいんだろうね。と、母殿の言葉を思い出す。
あたしは使っているベッドの上に買物した物を置き、リヒトの近くの壁に立ち、背中をつけて寄りかかる。
現在のそれぞれの立ち位置は、リヒトのベッドの足元にある椅子に村長が座り、その真横に短剣男、ドアの近くに斧男がいる。
なので、あたしはリヒトの頭側に立った。
窓が近いので、トラブルがあったらリヒトを抱えて窓から飛び降りるためだ。
まぁそんな状況にはならないだろうけど、斧男から漂う気配が物騒なので、念のためである。
あたしは大げさにため息を吐いた。
「で? 何が聞きたい? 最初に説明した通り、あたし達は霧が切れている場所を逃げるようにしてこの村に来た。これ以上何を説明すれば良い?」
「そこだ! 矛盾しているのは!」
斧男が大股で近付いてきた。
腕を伸ばせばあたしに届く位置まで近寄って、先ほど同様見下ろす。精神的にもこちらを見下している感覚が伝わる。
俺様一番、なタイプなんだろうか?
「俺達は毎日森を回って、霧の切れ目を探していたんだ! もう村は霧に囲まれて、切れ目なんてなかったんだよ。どうやって突破できたんだ!?」
「本当に切れ目がないって思うのか?」
興奮する男に対してあたしは冷静に告げる。
「何?」
「本当に一瞬でも霧の切れ目がないって、言いきれるのか?」
「ああ! 言い切れるね! 俺らは毎日観察している! 霧が晴れたら助けを呼びに行こうと、二十四時間休みなく観察している! しかし全く途切れない、消えない、それどころか村へ徐々に近づいている」
「あたし達がここ来た時、あんた達の一人でも、その姿を確認できたか?」
これで遠くから見ていたとか、気づいていたとか言われたらどうしようかな? と思ったが、
「………っ!」
斧男が言葉に詰まった。
どうやら木こりたちは、あたし達を発見出来なかった。
ラッキー、そこを穴として言い訳出来る。
「偶然だったが、霧の切れた場所があった。一瞬で消えてしまったが、発生してないタイミングは確かに存在した。そこを走り抜けてきたんだ」
「信じられない」
「なら信じなければいい。話はここで終わりだ」
真っ直ぐ目を見つめて言い切ったが、斧男は食い下がる。リヒトを指し示して喚いた。
「いいや。終わりじゃない! そもそもこいつは何故倒れていたんだ!? 霧を吸ったんじゃないのか!?」
「だったらとっくに死んでるだろ? あんた達だって、霧を吸ったら即死するのを見たって言ってたじゃないか。こいつは逃げる途中で頭を打ったんだよ。で、気絶しただけ」
「そんな都合のいい話があるか!! 嘘も大概にしろ!!」
怒りで顔を真っ赤にして体を震わせている。斧男の歯がカチカチと鳴っていた。
頭の血管切れそうだな。とおもいつつ、あたしは恫喝した。
「初めからあたしを疑っているんだから、何言ったって嘘の話に聞こえるだけだろうよ!」
「ぐっ!」
「あんたに都合のいい答えってなんだ! 言ってみろ!」
発破かけてやったら斧男は拳を握りしめ、威嚇するように視線を尖らせ、憤怒の表情になった。
まぁ、全然怖くもないけど。
「霧の毒を通っているのに死なないなんておかしい! 生きて通って来たってことはあり得ない!!」
あたしは無言で見上げる。
「……そうだ、解毒剤があるんだろう!? そうなんだろう!? 譲ってくれ! いや、言い値で買い取る! ある分全部だ!」
「なるほど。その答えが欲しかったのか。残念だけど、解毒剤はない」
「嘘を言うな!」
即座に否定されたので、あたしは軽蔑の眼差しを向けた。
大分興奮しているので、冷静な態度で対応する。
「あんたさ。霧の成分すらまだ解析されていないのに解毒剤がある。と、本気で思っているのか?」
声色に憐憫を含ませると、斧男の表情が怒りから絶望に変わる。
「そんなはずはない! そんなはずはないんだ!!」
溺れる者は藁をも掴むように、絶望に支配された斧男は救いを求めてあたしに手を伸ばす。
手を伸ばされてもなぁ。こっちが困る。
避けるか、手を捻ろうか迷ったが。
「もうよせナルベルト!」
短剣男が即座に彼を背後から羽交い絞めにして止めたので、その必要はなくなった。
「ぐ! 離せティンモ!!」
体格差はあるが、短剣男ティンモが斧男ナルベルトを静止させ、ズルズル引っ張ってあたしと距離を開く。
「落ち着けって! お前の気持ちは痛い程分かってる!!」
「だったら……っ!」
「ここで騒いでも何も変わらないだろう? 頼む。落ち着いてくれ」
「……く」
仲間に制されナルベルトに理性が働いたようだ。大人しくなる。
「彼女の言うことは尤もだ。俺達が見ていないタイミングで霧が途切れることがあったんだ」
「何を言ってるんだ! 霧は途切れていなかった! もう霧から脱出できないんだ。そうなると、こいつらは解毒剤を持っているはずなんだ。そうでなければ…そうでなければ……っ。この村に、来ることが………」
ナルベルトの目じりに涙が浮かんでいる。
おそらく、親しい人が死の淵にいて、助けを求めに来たのだろう。
病気治しに来たわけではないので、一切関与しないけど。
「ナルベルト、まだ希望はある! 霧が途切れていたことを証明してくれたのは、他ならぬ旅人さんたちじゃないか! チャンスはまだある! 諦めるな!!」
ティンモのセリフに、ちょっとだけ、あたしの良心が傷んだ。
でも本当の事を言うことが出来ないので、不快感を前面に押し出し、軽蔑した視線を木こり達に向け続ける。
「はぁ……。兎に角薬はない。運よくここへ来れたんだ。それがあたしの答えだ。もういいだろ、早く出ていってくれ」
あたしが冷たく言うと、ティンモは「ごめんね」と謝り、ナルベルトは諦めきれず何度も「霧の解毒剤はどこだ!」と繰り返していた。
「気を悪くさせてごめん。さぁ、薬を作りに行こうナルベルト」
仕方ないといった様子でティンモはナルベルトを無理矢理部屋の外へ引っ張り、静かにドアを閉めた。
廊下が騒がしくなったが、すぐに静かになり、足音が遠ざかった。
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