旋回する質問と渦巻く暗鬼④
あたしは畑へ向かった。
根物に毒が含まれているなら田畑に何か異変があるはずだ。
到着すると予想通りの光景が広がる。畑にも白い花があちこち生えて、花の中に畑を作ったようだと苦笑する。
「はは。一面の花畑だな。……誰かに聞いてみるか」
朝から汗水垂らして季節の作物を収穫している老人達がポツポツと見えたので、その一人に声をかけた。
「おはよう。見事な畑だ。一人で手入れしているのか?」
「旅の者かの。おはよう。そうじゃろ。手塩にかけて育てているからなぁ。今年も豊作じゃわい」
ジャガイモを掘り起こしながら、老人はぱぁっと笑顔になる。土の上にジャガイモと、根っこがついたままの白い花が置かれている。
あたしは白い花を示して
「この白い花、沢山生えてるな。これは育てているのか?」
「いや。勝手に育つ」
「雑草?」と聞いたら、老人の目が吊り上がった。
「バカを言うな! これは薬草じゃ! ルルカという昔からこの村で重宝されとる薬の原材料じゃよ」
「そうか。それは失礼した」
全く。とプリプリ怒りながら老人は土を掘る。
「勝手に育つというから、てっきりそうだと。種から撒くと手入れしなくても育つという意味だったんだな」
「違うぞ。種は撒いとらん。いつの間にか生えてきとった」
「いつの間にか? 鳥が種を運んだとか、土壌を混ぜたときに種が混ざったとかではなくて?」
「そうじゃ」と老人は土を掘る手を止めて、起き上がり背筋を伸ばす。
「南の防壁から伸びてきて、村中に広がったんじゃ」
「伸びてきた」
「あっちの方からのぉ。まぁ、他の雑草ならいざしれず、ルルカなら大歓迎じゃ。森に取りに行く手間が省けるわい」
「昔からルルカが使われているのに、村で栽培しないのか?」
「ルルカは落葉樹の下の日陰や水石の傍など、湿った土壌を好むんじゃ。日光と水分の管理が難しくて、十二分に根を育てるのが困難で昔は希少価値が高かった」
「今は畑で栽培出来るようになったのか?」
老人は首を左右に振って、またジャガイモを掘り始める。
「言うたろ。勝手に生えたと。何故かは分からん。じゃが、助かっておる。霧のせいで森に入れないから取りに行けん。病が流行り大量の薬が必要だったときは絶望したもんだ」
「つまり、本来ルルカは森に生えているもので、病気が出るたびに取りに行っていたが、最近は村中に生息しているから取りにいかずここに生えているルルカを使っている。ってことだな」
「そうじゃ」と老人は頷く。
あたしも表面上「それは助かるな」と賛同する。
「南から生えだしたのはいつ頃だ?」
「霧が出て間もなくじったな」
「ふむ。あと、土についてなんだが、ルルカが咲く前と後で、何か違いはなかったか?」
老人は怪訝そうにあたしを見て、土に視線を落とした。
「そういえば、畑から虫が消えたのう。ミミズやアリ、蜂、蝶々を見ていない気がする。だから実になる物が2年ほど不作になっておるわ」
そっか、と相づちをうつ。
災いが発生すると生き物が消える。土壌が呪いで汚染され、昆虫に影響を与えたのだろう。
「なら最後に」
あたしが話しかけると、老人は土からあたしへ視線を動かした。何か思うことあったのか表情曇っている。
「ルルカはどのくらい時間をかけて村に広がったんだ?」
「……一晩じゃ」
老人の手が震えた。異常な事態が喜びで上塗りされていることに気づいたらしい。
悪いことをしたな。
「仕事の邪魔をして悪かった。もうすぐ助けを呼びに行くから、いつも通りすればいい」
「そうさな。儂は息子の分まで収穫せにゃいけん。旅人さん、これ持っていきなさい」
「え、あ、ありがとう」
両手で持つほど沢山ジャガイモを頂いた。
「マーベルに渡しんさい。美味しく作ってくれるわい」
老人はニコッと笑った。あたしは有難く貰って帰ることにする。
あたしは畑の途中で足を止める。
誰もいないことを確認して、芋の泥を服で拭き取り、かぶりつく。湯がいてないので美味しくない。
ほんの僅かだがルルカの匂いがして、薬湯と同じ量かそれ以上の毒性を感じる。
どうやら土を汚染しているのは偽ルルカだ。この芋は土に含まれた呪いを栄養のように蓄積している。
おそらく偽ルルカは毒を生成して根っこから地面にばら撒き、それを吸収して育った野菜が同様の毒をもった。
汚染された土で育った野菜を食べて毒が蓄積され、一定の許容量を超えると発病するという、食による恐ろしいサイクルが発生している。
だから土に放出したニセルルカの根の方が、野菜よりも毒の成分が薄かった。
そう結論付けた所で、芋本来の渋さが強烈に来たので「ペッ」と地面に吐き捨てる。
「なるほどね。よく出来てる」
病気に関しては魔王を倒しても解決出来るか解らない。運が悪ければ、病気のままで死を待つしかないだろう。
宿に戻ってすぐマーベルに会ったので、芋を渡して料理に使ってもらうように伝える。
そのまま調理場に置いてあったリヒトの朝食を部屋にもって行く。
リヒトは起きていて本を読んでいた。あたしの顔をみるなり「収穫は?」の一言。
朝食を押し付けて、リヒトが料理を食べている最中に偽ルルカの説明をした。
「まじかよ」
リヒトは渋い顔を作る。
途端に食欲が落ちたようで、スプーンでスープをぐるぐる回して弄んでいた。
そりゃそうだ。
食材は毒が含まれた物が使われているって説明したからな。
お茶もルルカの薬湯を薄めたものだし。
ぶっちゃけ毒を食べているようなもんだ。
「はー。食欲失せる」
リヒトは半分ほど食事を残し、うんざりした様子で食器を重ねた。
あたしは薬湯を飲みながら「だな」と頷く。
「そんなに飲んで大丈夫なのか」とリヒトに問われたので「大丈夫」と答える。
リヒトは呆れているが、それ以上何も聞かなかった。彼は腕を組んで、窓を眺める。
「今回の災いは外と中で発生か。よほど村に恨みがあるようだな」
「そうだな。外に逃げられないようにして中でじわじわ殺している」
そうすると疑問がでる。
「しかし、どうして老人達は平気なんだ? 真っ先に死にそうなはずなのに」
「本来のルルカの効果だろう」
「ん?」
「発想を逆にすればいい。老人たちは本来のルルカの効果が蓄積されて毒を相殺しているからまだ発病しない。若年層はその蓄積がないから相殺できず発病していると考えられる」
「本来のルルカは薬で間違いない、ということか?」
さぁ? とリヒトが肩をすくめる。
「薬と呼べるものかわからないが、毒の抑止力にはなっているだろうな。そうでなければ辻褄が合わない」
ついでため息を吐く。
「原因は二年前にあると思っていい。お前の話だと村長夫婦もこの宿の老婆も口を濁すらしいから、間違いなく後ろめたい事をやっている」
「そうだよなー。深く追及したらちょっとヤバそうな気配があったから、遠慮したんだよ」
「そうか。俺が一緒に行ければよかったな」
「あんたが行って役に立つの?」
「お前よりも誘導する言い方は出来る」
「それもそうか」
リヒトは意を決した表情をする。
「遅くても明後日には森に行って魔王を倒すぞ。白い花が赤くなる可能性があり、その上、村の食べ物は毒まみれだったら、長期滞在は力を削られるだけだ」
「あんたは特にそうだよね」
「!?」
リヒトがピクリと何かに反応し、身を隠しながら窓の外を確認する。あたしは首を傾げ「なに?」と聞くと、彼は険しい表情に変化した。
「あの木こりが来たぞ。お前は今すぐここを離れろ」
「ん?」
「森の霧について追及するつもりだ」
「めんどくさいな」
「面倒レベルじゃない。大分感情が高ぶってる上に、短絡的思考で周りが見えてない。あれと鉢合わせするのはマズイ」
「わかった。買い物に行ってくる。あんたは何が欲しい?」
リヒトは呆れたような表情になって「携帯食と水」と言った。「了解」と返事を返す。
「さてと」
あたしは窓枠を開け、そこから身を乗り出し一回転して地面に着地した。そのまま買い物へ出かける。
あとはリヒトが誤魔化してくれるだろう。多分。
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