旋回する質問と渦巻く暗鬼③
次の日、日の出と共に起きると、あたしの熱は下がっていた。無事に耐性を得たようだ。
チラッと壁際のベッドを見る。リヒトはまだ寝ていた。
あたしはうーんと呻きつつ身支度を整える。
マズイことに、リヒトはローレルジ病が発病する量の毒を摂取している。いつ発病してもおかしくない。
ここまで広がった原因はなんとなく分かった。霧だけではなく、薬湯にも魔王の呪いが含まれている。この度の魔王はこの村の住人をゆっくり自滅させたいらしい。
さて。どうするか。
リヒトにバレず血清を与えたいんだが。その隙があるのだろうか?
意識が明瞭になった今、困難に思える。かと言って、全てを話すのは躊躇われる。
まぁいいか。発病するまで何もしない方がいいだろう。今は薬湯として使われている植物探そう。
「よし、行くか」
朝の日課訓練を終え、下に向かった。
まずはマーベルに質問をしよう。
魔王が憑りつきやすいのは、強い未練や想いがある人や物だ。それらを依代にして願いを叶えるという名目で、災いを発動させる。
となれば、やはり二年前、この村に何かあったはずだ。
魔王が憑く原因を聞きだせればいいが。それが無理でも推測できる情報が欲しい。
食堂に行くとマーベルが食事を作っていた。あたしを見ると皺皺の顔に更に深い笑顔の皺を作って挨拶をしてくる。
「おはようございます。食事はもう少しお待ちください」
「おはようございます。お願いします」
あたしは席について水を一杯飲む。水に異常はない。
窓の外を眺めると、老人たちがあくせく働いている姿が見える。若者の姿は全く見えない。それほど活発でもない動きを見ると大変だなぁと思ってしまう。
「お待たせしました」
マーベルがお盆に料理を持ってきたタイミングで、あたしは声をかける。
「風土病は老人にはかからないんだな。年齢関係なく発病すると思っていたんだが」
「そうなんです」
言いながらテーブルの上に料理を置き、あたしの前に出す。
「ローレルジ病は二年前までは老人に多く罹る病気だったんです」
「ん? そうなの?」
「はい。ローレンジ病は六十代以上の者が時折患う病でした。でも二年前に年端もいかぬ少女が発病して亡くなってから、間もなく若者に流行しました。手足が朽ちるのは若者特有の症状です」
マーベルは落胆しながら、コポコポコポと例の薬湯をコップに注ぐ。
「ちょっと待って? 二年前と今とでは症状が違うのか?」
再確認すると、老婆は当然とばかりに頷いた。
「そうですよ。昔の症状は『湿疹で手足が赤く染まり激痛になると同時に、高熱で意識混濁して食事を取れず、衰弱死』でした。だから老人や幼児が発症すると衰弱して亡くなる事があり、若者だと体力で乗り切ることが多かったですねぇ」
「変化している?」
聞き返すと、マーベルは首を傾げながら頷き
「変化、そう、ですね。変化してますね」
と軽く答えた。
いやいやいや、ちょっと待て。
これはかなり異常なことだぞ。
もはやローレルジ病という風土病ではない。
全く別の病だ。
「これは別の病ではないのか?」
「まさか。ローレンジ病ですよ」
あたしは開いた口が塞がらなかった。
どうして気づかないのか?
ローレンジ病と思いこんでいるだけなのか?
「なぁ。これはニ年前から違うんだよな? どのタイミングで変化したのか覚えているか?」
「それを旅人さんに教えても……」
困惑したように口を噤むマーベルに『調査報告だから』と言い訳して何度も問いただした。
やっと観念して「村の恥を伝えるようですが」と嫌そうに前置きして話してくれた。
どうやら、二年前に亡くなった少女までが昔のローレルジ病で、その後から流行った風土病が、現在猛威を振るっている新ローレルジ病だ。
新しい病気が蔓延した原因の一つとして、その少女の死が関係しているのではと思い、詳しく聞こうとするが。
その話題になるとマーベルは歯切れが悪くなり、
「遺体は森に埋葬したと聞きます。その少女とはあまり話したことはないので詳しくわかりません」
といったあとは、固く口を閉ざした。
これは怪しい。
閉鎖された村だったら、話したことはなくても周りから何か話題があってもおかしくないはずだ。
これだけ強固に知らないと言われると、怪しさは増すばかり。
しかし、ヤブを突っついて蛇を出しても困るので、少女の件はそれ以上聞くのはやめよう。
あたしは話題を変える。
「この薬湯って何の草なの?」
薬湯示すと、マーベルの表情が和らいだ。
「ルルカという、野花の根っこです。ローレルジ病によく効く薬草なのよ。村で大量発生していて沢山獲れているから、森に行かなくて良くて助かるの。みんな患っているから大量に必要でね。毎日抜いているのよ」
「医者は他の薬を処方しないのか?」
「そうねぇ。医者の処方するお薬もルルカの根を乾燥させて、いくつかの薬と混ぜ合わせた物を出してるわ。ルルカの根は高い効果を出してくれるそうよ」
「それは。ええと。ルルカが薬として利用されているのは、いつからだ?」
「この村が出来てまなしだから、三百年ほど前かららしいわ。とても親しまれて村になくてはならないものよ」
だとすると、そのルルカが汚染されているから、病気が蔓延しているという事だ。
「加工次第で強壮剤や安定剤としても使われて、ルルカは万能の薬だわ」
誇らしくルルカを称えるマーベルを眺めて、「ルルカはどこに咲いているんだ?」と問いかけると、マーベルは窓の外を示した。
「ほら、窓からも見えるでしょ? あの白い花ですよ」
「あれ、だと!?」
思わず立ち上がる。
指し示されたのは、村中に生えていた白い花だ。
あたしの反応を好意的にとったのか、マーベルが朗らかに説明を加える。
「普段は森に生えていて、村ではそこまで多く生息してませんでしたが、最近この辺にも沢山生えてきて。ほら綺麗でしょう。病人達には心の癒しになってます」
マーベルは目を細めて綻ぶ様にほほ笑んだ。
「娘も孫娘もルルカが大好きで、窓の外眺めてうっすらほほ笑むんです」
彼女の子供も孫もローレルジ病に罹っており、孫の方はもう手足が朽ちているそうだ。いつ心臓が止まってもおかしくないらしい。
「では、私はこれ失礼します」
そう言い残し、老婆は食堂から出ていった。
どこか近寄りがたい雰囲気を放つマーベルを眺めてから、あたしは席を立つ。
朝食を終えたのでそのまま宿を出た。
まず花を観察して採取して食べてみる。幸いにもあちこちに咲きこぼれているので探す必要はない。
玄関から出たすぐの道に咲いていたルルカを凝視する。白いマーガレットみたいな花だ。
「あれ? これはどこかで……」
パッと真っ赤な鮮血が思い浮かんで背筋がゾッとした。
そうだ。あの毒の霧を出す花に似ている!
葉っぱに隠れている茎に小さく棘がある。これを大きくして色を変えるとそっくりだ。
「まさか。大きさも色も違うが、同じ花なのか?」
ブチっと茎ごと花を取って匂いを嗅いでみる。微かだが赤紫の霧で感じた花の匂いに似ていた。毒性はない。
口にいれて咀嚼してみるが、この花粉や花弁に毒性はない。
土を掘り返して根を取り出し、軽く土を払って噛みついて咀嚼する。サバイバル生活は水がない事が多かったから、土つきでも余裕で食べられる。
噛めば噛むほど、砂のジャリジャリに混じって薬湯の濃い味がして、同時に毒性と呪詛を感じる。
ルルカは根っこを煎じて薬として飲んでいるようだ。
「この毒はルルカが汚染されたものによるのか。それともルルカに似た花なのか……」
残念ながら、そこまでは判断できない。
ただ、魔王がここにいない以上、村から発生したようには思えない。森から根を張り巡らせてここまできた可能性がある。
どちらにせよ。まだ調べなければならない。
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