旋回する質問と渦巻く暗鬼①
<この村人たち、人を疑う事しかしないのか>
結局、リヒトの様子が心配で、村長宅から真っ直ぐ帰ってきた。
もう少し村の中を探索して、風土病ことローレルジ病について調べてみたかったが、もしかしたら目を覚ましているかもしれない。
状況を伝えて共有しないと、彼との証言が食い違う事は、とても危険すぎると判断する。
宿に到着し二階に上がるが、どうも少し様子がおかしい。
開けっ放しのドアを見て反射的に、うわぁ、と声を出すと、
「おかえりなさいまし!」
あたしの姿を確認したマーベルが、慌てて部屋から出てきて「申し訳ありません」と深々と謝罪した。その表情は疲れ切っている。
「……ん?」
ドアの鍵が壊れている。
鍵がついていた金具がもぎ取られるので、強い力で押して無理矢理開けたようだ。マーベルには出来ない荒業だ。元気の良い乱暴者が来たようである。
「勝手に入られると困るんだけど。何があったか説明してもらえるか?」
問いかけると、マーベルは輪をかけて申し訳なさそうに深々とお辞儀をして
「大変申し訳ありません。木こりの若者が勝手に鍵を壊して、お連れ様に少々乱暴を」
「ひぇ。そいつにはそんな趣向が」
あたしが茶化すとマーベルは慌てて否定した。
「いえ! 単に霧について話を聞きたかったみたいですが、少々やり方が乱暴で。許可なく突然押し入ってしまいました。止めようとしましたが力及ばず……」
「はぁ。血の気多い奴なんだな」
「木こりの……村の自衛団リーダー、ナルベルトです。彼は森に入り素材を確保することと、村の治安を守る活動をしており、この度のことで心身ともに……」
話が長くなりそうなので「うん、分かった」と遮った。
「じゃぁ、鍵のかかる部屋を別に用意してほしいけど、出来そうか?」
「勿論、そうさせていただきます。ご用意しますので少々お待ちください」
足早にマーベルが去ったのを確認して、あたしは部屋に入った。
あ。ごはんの美味しい匂いが漂っている。
リヒトはベッドに座ってスープを咀嚼していたが、
「村長はどうだった?」
と、あたしを見て声をかける。
見た感じ、体調は良さそうだな。
「その前に。あんたの体調は?」
「変な奴に怒鳴られて最悪だ。耳が痛いし服引っ張られて持ち上げられた」
イラッとしているが、怒る元気があるのは良い事だ。
「良さそうだな」
「一応な。……俺の事はもういいだろ。お前の話をしろよ」
「話は部屋を移動してからだ。鍵がかからないのは落ち着かない」
「同感だ」
「……ん?」
スープの匂いに混ざって薬湯の匂いがする。辿っていたらリヒトの傍に寄っていた。
「なんだよ」
嫌そうに顔をゆがめるリヒト。彼の前に置かれているお盆にスープの他にパンとお茶がある。コップに半分ほど残ったそれは、例の薬湯だった。
「あー、これ飲んだのか。っていうか、出されてたんだ」
あたしが嫌そうな表情をしたのを不思議に思ったのか、リヒトがお茶の入ったコップを見る。
「なんだ? 普通のお茶として出されたぞ」
「風土病の予防に飲まれているらしいよ。あたしは飲まなかった」
「………」
リヒトは露骨に顔をゆがめた。
「なんだよその顔」
「お前が嫌がる食べものは碌な物ない。野生の勘は従ったほうがいい」
「野生の勘ってなんだよ。でもまぁ、薬湯を飲んで病人が治ったとは聞かなかった。ってことは、そのお茶で予防できてないってことだよな。薬として珍重されているようだけど。効果なさそうだから飲まなかっただけ」
「なんだそれ? 効果ないのになんで飲まれてるんだ?」
「さぁ……? 解らない」
あたしは村長夫婦を思い出し、思わず鼻先で笑ってしまった。
「うーん。思い込み?」
「ハッ。思い込み? 馬鹿じゃねぇの?」
「言うな。村人に聞こえると反感を買う」
声を低くして囁くように注意すると、リヒトは窓の外から見える人影に視線を向ける。「気を付けよう」と頷き、小声で話を続ける。
「だとしても。効果が見込まれないと知っても、別の薬を探さないなんてなぁ。そんなにコレを盲信しているのか?」
「ちょっと批判したらしっかり非難された」
「そうか。迂愚の集まりか。飲んでも悪化するだけなら、病気を促進しているのと同じだろうに」
呆れたように肩をすくめるリヒト。
あたしが飲まないだけで、そこまで言われる薬湯が少し哀れであるが、同意見なので頷いて……。
んんんん?
あれ? 今こいつなんて言った?
病気を促進する?
滅茶苦茶嫌な予感がした。
「ちょっとごめん! これちょうだい」
リヒトの合意を得ずに薬湯を手に取り匂いを嗅ぐ。村長の家で出された薬湯と同じものだ。
コップに残っているそれを一気に飲み干した。
ぎょっとして固まったリヒト。
阿呆が愚行をしたとドン引きした眼差しを向けてくる。
そんな事を気にもせず、自分の体内で起こる凄まじい反応に納得して何度も頷く。
外れてほしかったが、当たってしまった。
「うん。うん」
お盆の上にトンとコップを置く。
体内反応から考えると未知の毒。血が腐っていくような嫌な感覚がする。
そして魔王の力を感じる。これは呪いであり災いだ。
「あんたの考え正解。濃度は薄いけどこのお茶に毒が含まれている。これが病気を発生させている可能性が高い」
渋い表情になって告げると、リヒトは理解できないと首をひねった。
「は? なんで分かるんだ?」
「仕方ないだろう、解るんだから」
堂々と言い返すと、リヒトは本気で呆れかえったように目を丸くした。大きいため息を吐く。
「俺はまだ本調子じゃない。倒れるなよ」
ストライト湖の毒魚の件を示しているのだろう。
あれは酷かったと思い返す。
でも、今回もそれに近い感覚がある。前回で耐性を得たのでこの程度で済んでいるかもしれない。
「大丈夫」と言って「しかし」と付け加える。
一つだけ疑問が生まれる。
発病するには毒の濃度が薄すぎる。ちょっとしたアルコールくらいだ。肝臓や腎臓機能低下をしていなければ体外へ排出されそう。
「この薄さですぐに症状が出るなんて考えられない。別の要因もあるはず」
「黙れ、話はあとだ」
リヒトが鋭く言うのと階段から足音が聞こえた。
毒に集中して気配に気づくの遅れたから助かった。
開けっ放しのドアをトントンとノックしてから「失礼します」と一声かけて、マーベルが部屋に入ってきた。あたし達をみてお辞儀をする。
「角部屋を用意しましたので、移動をお願いします」
新たに用意された部屋は、今いる部屋の反対側で、一番端っこの部屋だ。
「こちらは夕日が当たると村の光景が綺麗なんですよ~。では後ほど」
どうやら景色が綺麗な部屋に案内するようだ。
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