表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ヂヒギ村の惨劇(閉鎖された村)――
110/279

霧立つ森に閉ざされた村⑧

文字数2800くらい


 到着した村長宅は住宅区のど真ん中で、木造の一軒家だった。

 薄そうな木のドアをノックすると、はい。と返事をしながら老婆がドアを開けた。年齢は60歳ほど。化粧をして花柄のワンピースを着ていた。背はとても低いが背筋がピンと伸びている。

 浅い皺の入った瞼が大きく見開かれ、くるんとまるい眼球があたしを見つめた。


「あらまぁ! 話には耳に入ってましたが、本当に? 旅人さん?」


 「旅人です」とあたしは復唱すると、「そうですかぁ! そうですかぁ!」とはしゃぐような声色を出し老婆は目を輝かせた。目じりに涙を浮かべて、恭しく頭を垂れる。


「ようこそ! 歓迎します!」


 老婆は顔をあげると、祈るように手を組みながらズイっと身を乗り出した。あたしは引きつった笑みを浮かべて一歩下がる。


 何か期待されている。


 あたしは背筋に冷たいものを感じるも、情報収集はしっかりやろうと気を引き締める。


「村長さんはご在宅か?」

 

「ささ! 中へどうぞ」

 

「いや、在宅かどうかを」

 

「どうぞ! どうぞ!」


 言葉を途中で遮られ、すぐに中に入るよう促された。なんだか入りたくない、とあたしは言葉を続ける。


「もし不在ならばまた時間を改めて……」


「旅人さん。遠慮せずに中へどうぞ!」


 強めの笑顔で手招きをする。あたしは呆れながら眺めた。


 この老婆、話ちゃんと聞いているのか? これでじつは村長留守だったから文句言うぞ。


「わかった。お邪魔しよう」

 

 意を決し玄関から一歩入ると、村中に広がる薬の匂いがあった。


 これは、薬のようなお茶の匂いだよな? 

 薬湯というべきか?

 これを嗅いでいると、凄く不快な気分になる。

 なんなんだ、これ?


 嗅いだことのない匂いに眉を潜めながら、老婆に続いて通路を歩く。廊下は動物のはく製が沢山飾られていた。鹿や熊、妖獣の古熊も怪鳥もある。傷が最小限なので、腕の良い者に狩られたようだ。

 剥製を眺めていると、老婆が通路の端にあるドアを開け、「こちらへ」と促した。

 どうやらリビングに案内されたようだ。

 色の装飾が殆どない木目調の部屋に、四人掛けのテーブルと質素な椅子が置いてある。

 ここにも棚に剥製が置かれ、絵が飾られてあった。

 男性数人が武器を持っている絵と、男性数人が牙の生えた虎を持って笑っている絵の2枚だ。


「ようこそ。旅人さん」


 絵を眺めていたら、皺だらけのスキンヘッドの老人があたしに近づいてきた。足腰がしっかりしていて、背筋もピンと伸びている。

 あたしよりも頭五つ分高い老人は、柔和な笑顔を浮かべ、握手を求めてるように右手を差し出した。

 差し出された手はごつごつして、腕も太い。

 若いころはさぞかし長身で肉体派だった。と、予想がつく。老人は元狩人だろう。否、雰囲気からすると、今も現役かもしれない。


「儂がこの村の村長じゃ」

 

 「どうも」と、あたしは握手を返す。

 閉鎖的な村では愛想良くしておいた方がいい。


 あたしと握手した村長は驚いたように瞬きを一回行って、すぐに平常心に戻った。


「おお。これはこれは、只者ではありませんな。まずは席につきなされ。お話はそれからじゃ」


 テーブルに案内されて座ると、村長の妻がひと口サイズの団子が入った皿と、茶色い液体が入ったコップを目の前に置く。

 不快な薬湯の匂いが強くなった。

 どうぞ。と促されたが、飲む気が起きなかったので、あたしはコップを持つこともせず、すぐに村長夫婦に問いかけた。


「失礼な事を聞くが、この変な匂いのするお茶はなんだ? 村中から匂ってくる。これはこの村の特産品なのか?」


 村長夫婦は無言でお互いの顔を見つめた。


 なんだそのアイコンタクトは。

 ツッコミしたかったが耐えた。彼らから嫌気が見え隠れする。返答を待ったほうがよさそうだ。


 少し間をあけ、老婆が静かに答えた。


「特産品ではないですが、この村で昔ながら飲まれている薬湯です」


「世間一般に飲まれているものなのか?」


「……………」


 老婆が釈然としない様子で黙ったので、あたしは訊ね方を変える。


「薬湯なら病気の者に飲ませるってことだよな? あたしが病気を持っているように見えたのか?」


「いえ、その……。そんなつもりはありません。あの、すいません」


 老婆が申し訳なさそうに謝ったので、あたしは首を左右に振った。


「謝らないでいい。気分を害したわけではなく、薬湯を出す理由を知りたかっただけだ」


 「それは……」と言いよどむ老婆の声を遮って、村長が声を出した。


「そうじゃな。旅人さんからすれば、こちらの配慮が不思議でならんじゃろう」


 あたしが頷くと、村長が言葉を続ける。


「ここに来る途中で若い者の姿を見かけたかな?」


「ああ。病気に罹っている若者や子供なら見かけた。というか、殆ど病人しか見ていない」


 即答すると、村長は深いため息を吐きだした。


「現在、この村では風土病が爆発的に流行しておる。老人は無害じゃが、五十代から下に病が蔓延している。だから旅人さんも発症する可能性があると思って用意したんじゃ」


 「そうか」と頷きながら、


 やっぱり霧の他にもなにかあった!


 あたしは内心頭を抱える。

 風土病の流行が災いに関連があるにしろないにしろ、現状を把握するためには、どんな些細な情報も必要だ。

 全く関係のない事が結びつく可能性がある。 

 あたしは「はぁ」とため息を吐いた。


「だから薬湯を用意したと? その風土病とは一体なんなんだ?」


「ローレルジ病じゃ」


「ローレルジ病?」


「まず手足から湿疹がでる。それから体が節々まで痛くなって、動けなくなって、指先から黒くなっていくのじゃ」


「末端から壊死していくってこと?」


「左様。黒くなったら四肢が腐り落ち崩れていく。それが体を浸食し、心臓まで到達すると痙攣を起こしてショック死するんじゃ。朽ちていく痛みは想像を絶するほどで、心臓まで届く前にショック死する者もおるが、ほとんどの者は最後まで苦しんでから逝く。恐ろしい病じゃ」


 なんだそれ、怖い。


「風土病なら、この土地に原因があるんだろう? アテはあるのか?」


 村長は首を左右に振り「わからん」と否定し


「誰も調べようとはしておらんし、儂らも止めた。いつもの事じゃと思ってのぉ」


「手足腐り落ちるのかいつものこと……」


 棒読みで復唱して、呆れた様に肩をすくめた。


「死ぬ病じゃないか。それでも原因を特定しようとしないのか?」


「そうじゃ。ここには正常な医者しかおらぬ。酔狂者はおらぬ」


「酔狂者……ねぇ」


 うっわ、言い方が悪い。

 こっちの言葉を使うということは、風土病解決に対して非協力的と言わざるを得ない。


 風土病は限定した地域に定着し、流行を繰り返す病気の総称だが、原因を突き止めるには色々調査して、研究しなければならない。

 調査研究する。ということは、積極的に病と関わるということだ。下手をすれば自らも死ぬ危険性を孕む。

 それを行う人達は研究者と呼ばれ重宝されるが。

 逆に、病と深く関わる人達の事を愚か者と称し、酔狂者と呼ぶ地域も多い。

 研究者を酔狂者と呼び蔑む地域は、風土病が色濃く残っている節がある。自分の命と引き換えにしてでも、勢の命を救おうとする猛者を、本来は歓迎すべき事なのだが。

 この村では排他してきた可能性が高そうだ。


次回更新は木曜日です。

面白かったらまた読みに来て下さい。

イイネ押してもらえたら励みになります。

評価とかブクマだと小躍りします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ