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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ヂヒギ村の惨劇(閉鎖された村)――
108/279

霧立つ森に閉ざされた村⑥

文字数2600くらい


 陽が昇って、あたしは目を覚ました。

 ゆっくり眠れたから体力気力全快だ。


 さて。あいつの調子はどうかな?


 覗くとリヒトはまだ寝ていた。顔色と熱と脈と心音を確認する。異常はない。放置していて大丈夫と判断して、あたしは食堂へ向かった。

 

 まだ食事はやってないと思っていたが、食堂に到着すると調理場から「おはようございます」と、白髪交じりで腰が曲がった老婆が挨拶をしてきた。昨日腰を抜かした人だ。老婆はマーベルと名乗った。ブルクハルツの妻である。


「旅人さん、お早いお目覚めですね。朝食はもう少々お待ちください」


 老婆は大なべで何かをグツグツ煮込んでいる。その横には簡単な卵料理をこしらえていた。


「おはようございます。というか、もうやってたんだ。勝手に調理場借りて作ろうと思ったんだけど」


「旅人さんの朝は早いですから。今朝はニ年ぶりに朝の準備に取り掛かりました」


「そうなんだ」


「席に座ってください。すぐお出ししますよ」


「助かる」


 あたしは調理場に近い席に座り、料理が来るのを待った。

 数分後、野菜スープと焼きたてのパンと卵料理が出てきた。とても美味しそうだ。


「スープはお代わりできます」


「頂きます」


 スープを飲む。焼き立てパンを食べる。素朴で美味しい。


「……?」


 美味しいのだが、なんか、何かがちょっと気になる。

 違和感というか、変な物が入っているような……?

 卵は問題ないけど。

 気にはなったが空腹に負けた。スープを二杯お代わりする。


 全て平らげ「美味しかった」と伝えると、マーベルは柔らかく微笑んで「お茶をどうぞ」と、コップに注いでくれた。


「どの味がいいのか分からなかったので、好みに合えばいいのですが」


 一口飲む。広く飲まれている一般的な紅茶だった。


「うん。おいしい」


 これで一泊銀貨一枚。

 大富豪もくるというわりに、良心的な宿だ。

 案外、客を見て料金を決めているかもしれないな。

 

 紅茶を飲んでまったりしていると「少しお話よろしいですか?」と、後片付けをしながらマーベルが話しかけてきた。

 丁度いいのであたしも質問しよう。


「ああ。こちらも聞きたいことがある。この村に一体何があったんだ?」


 「……ええと」と困惑した表情を浮かばせたマーベル。


 しまった。いきなり切り込み過ぎたか?


 しかしひっこめるわけにもいかないので、あたしは更に言葉を続ける。


「旅の途中、この村の様子見てきてくれないかと依頼を受けた。他の仲間と別れてここに来る途中、噂の霧に出くわした。あれはなんなんだ?」


 子供二人で旅をする事はほとんどないため、他の仲間がいると嘘をついた。

 マーベルは「はあ」とため息を吐く。


「霧……。まだありましたか……」


「あった」


「そう、ですか……」


 マーベルの歯切れが悪くなる。この村が孤立したのはやはり霧が原因のようだ。

 少し間を開けて、彼女はぽつぽつと言葉を綴った。


「ある日突然、森の中に紫色の霧が出始めました。みるみる内に範囲が広がり。一年前頃だと思うんですが、村の周囲を覆ってしまいました。現在、森への立ち入りは禁止されています」


「立ち入り禁止……」


「木こりたちが言っておりました。霧が目の前に現れたと思うと、その霧を吸った者が突然倒れてしまった。それを助けようと霧の中へ入った者もすぐに倒れた……と。霧が晴れてその場に戻ると、全員死んでいました」


 そうだろうな。と内心頷くが、表面上は驚いたように目を見開いた。


「やっぱりそうか。あたしが遭遇したのも紫色の霧だった。その霧に注意しろとドエゴウの役場で忠告を受けたが半信半疑だった。見た瞬間驚いたぞ。すぐに走って逃げたので、難を逃れることができたけど、ギリギリだった」


 マーベルが驚き開いた口を手で隠す。

 

「そうなのですか!? 霧のことは他の町に周知されているんですか?」


 あたしは重々しく頷いた。


「人の往来が急に途絶えたことを不審に思い、この村の様子を見に行った人達がいたんだ。後日ほとんどの人間が死体で発見されている。難を逃れるた生存者が、霧のせいで亡くなったと証言している」


 そして紅茶を一口飲む。


「そこで様子を見てほしいと頼まれてこの村を目指していた。本当に霧に出遭って、肝を冷やしたよ。囲まれないようになりふり構わず逃げていたら、この村に到着した」


 無難な言い訳がこれしか思い浮かばなかった。

 間違っても霧の中を突っ切ったとは言えない。だってあの霧は本当に即死レベルなんだから。


 マーベルがほっとしたように胸を撫で下ろす。

 

「それはそれは。あなた達が無事で良かった」


「この村に霧が来てなくて安心したよ」


「霧は村を囲っているだけのようですから、大丈夫です」


 根拠は何もないはずなのに、マーベルは自信満々に答えた。


「それで、差し出がましい事を伺いますが、お連れさんはどうされたのですか?」


「連れは……その、逃げる途中で足を滑らせたら運悪く、大木の方に倒れて胸と頭を強打して気を失った。彼はその、呆れるほど運動音痴だから。それであたしが抱えて逃げてきた」


 本人が聞いたら憤慨しそうだが、ここではそうさせてもらおう。


「まぁ、まぁ。頭を強打。それで……だからずっと眠って。打ち所が悪くなければいいのですが……」


 マーベルは不安そうに、皺だらけの顔をさらに皺皺にさせて口元に手を添える。信じたと思いたい。


「頭を打っているから、回復に時間がかかるんだろう。何事もなければいいんだが」


「そうですね。早く目が覚めるといいですね」


 マーベルはゆっくりと微笑む。優しい笑みだが、あたしの目には少し違って映っている。

 老婆の相手を労わる言葉は、おそらく本心ではない。薄い皮一枚の下は、恐ろしく冷えた感情がある。一瞬、ゾクっと背筋が凍るくらいだった。


 「あ。そうだ!」と、マーベルは手を合わせる。


「この村にはお医者様がいらっしゃいますから、容体がおかしかったら診てもらってくださいね。村の中央に大きな建物がありますし、看板もあるのですぐ分かると思います」


 「分かった」と頷くが、医者に診せるつもりはない。さて、世間話はこのぐらいにしておこう。

 あたしは紅茶を飲み干した。


「ごちそうさま。ところで、村長に挨拶に行こうと思うんだが、手透きの時間帯は分かるか?」


「まぁ、会いに行ってくれるんですか?」


「この村の現状を聞き、持ち帰る依頼を受けている。村長の話を聞くのが一番早い」


「そうでしたね! 村長も喜びます!」


 マーベルは目を輝かせて立ち上がった。


「朝の畑仕事が終わった後が良いと思いますので、もう少し日が高くなってからの方がよろしいです」


「わかった。それまでしばらく部屋で時間を潰そう。料理ご馳走様でした」


 マーベルに朝食のお礼を言って席を立ち、部屋に戻った。


次回更新は木曜日です。

面白かったらまた読みに来て下さい。

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