霧立つ森に閉ざされた村⑤
2500文字くらい
案内してくれた老婆アリンダは、「ふふふ」と小さく笑い満悦したように口角をあげながら、あたしに振り向いた。
ゆっくりお休み。と言われ、有難うございます。と礼をいうと、アリンダはのんびりとした足取りで宿から出ていった。
あたしは彼女を見送り、立ったまま待つこと五分。息を切らせながらブルクハルツが階段を駆け下りて戻ってきた。
「お待たせしました。こちらへ」
彼に続いて階段を上がると、二階の角部屋に案内された。ここは窓からの景色が最高に素晴らしいと説明をうける。
まぁ、景色なんてどうでもいいんだけど。
断る理由がないので、そこを借りる事にした。
重厚感のあるドアを開けると、まず埃臭さを感じた。
空気が淀んでいるので、締め切られて数か月以上経過した部屋だとすぐに分かる。
ブルクハルツも匂いで気づいたのか、三つある窓を押し上げ空気の入れ替えをしつつ、謝罪する。
「申し訳ございません。掃除をしてシーツを変えたのですが、空気の入れ替えはしていませんでした」
「特に気にしてない」
「有難うございます」
改めて案内された部屋を確認する。
広さは八畳くらい。
ベッドが両端に二つありその横に棚が置いてある。棚の傍の板をつければ簡易机ができそうだ。服をかけるフックと荷物をかけるフックがある。
ええと。二人で一部屋用意されてしまった。
二部屋用意してほしかったんだが、どうしようかな。
まぁ、リヒトの容体が気になるから、今回は同室いいか。
どうせあいつが起きたら、別々の部屋にしろ。って言うはずだ。その時に対応してもらえばいい。
少々お待ちを。と言いながら、ブルクハルツは洗面と浴槽のドアを開けて入っていった。水音がする。すぐに音が止まる。水回りを確認したブルクハルツは浴室から出てくる。
「室内に簡単なシャワーとトイレ。あと小さな洗い場があります。お湯も出ますので、お使いください」
一通り室内の説明が終わる。王都と遜色ない設備だった。
「結構至れり尽くせりだな」
「今は寂れていますが、二年前までは大富豪の方も泊まりに来ていましたから」
ブルクハルツは懐かしそうに答えた。
あたしはそうかと相づちをうちながら食事について質問する。これ大事。
「簡単なお茶を飲みたい場合と、食事をしたい場合はどうすればいい?」
「宿内一階に食堂があります。そこの調理室をお使いください。食事は明日から家内が用意します。今夜は用意しておりません、ご勘弁ください」
深々と頭を下げるブルクハルツの動きはとても洗礼されていた。
「分かった。じゃぁ今から、調理室を使わせてもらう」
「はい。火の始末をしっかりしてもらえれば問題ありません。では失礼します」
ブルクハルツは綺麗なお辞儀をして部屋から出ていった。
「さてと」
床に荷物を置き、背負ったリヒトをベッドに落として寝かせる。ベッドに溜まっていた少量の埃がもわっと舞った。
「うっわ。埃くさ」
シーツは代えても、マットの手入れは間に合わなかったようだ。急ごしらえだろうから我慢しよう。
「さて、リヒトを着換えさせるか」
慣れた手付きでリヒトの服を剥ぐ。
昔から稽古の後に、同世代の男の服を問答無用で脱がして、怪我の手当していたから平気だ。
コートとマフラー。長袖シャツ二枚とズボンを着ているな。コートに棘が刺さっているので抜くとして。多少生地が痛んでいたが破けていないようだ。
「なんて頑丈な……。そしてこれも。良い素材で作ってある服だなあ」
長袖シャツとズボンは妖獣の毛で編まれたやつだ。袖に折り目が残っているので、最初は結構大きいサイズだったようだ。
「思った通り、ラフそうな装備しているけど防御力高いやつばっかだ。行くのが楽しみだぞ」
脱がせた服は油汗でしっとり濡れていた。後でまとめて洗おう。
「さて、体を拭くか」
風呂場からお湯を入れたタライを用意して、浄化石を入れ、絞った温タオルでリヒトの体を拭く。
最小限のマナーとしてボクサーパンツはそのままだ。流石にその領域は手を出さない。彼が漏らしたら考えよう。
甲斐甲斐しく面倒をみているけど、親切心でやっているわけではない。霧の成分が体や服に着服している可能性を考慮した結果だ。
少量だから大丈夫かもしれないが、万が一、霧の毒が服に付着し、じわじわ肉体に影響を与えるかもしれない。
あたしも今着ている服は全部洗う。
浄化石を使えば多分問題ないはずだ。水と一緒に石をつけておけば、一時間くらいで浄化されるだろう。
浄化石は飲み水の変換や、洗濯や、肉の毒素取りやら、旅をする上で重宝するので沢山常備している。
さてと、この辺でいいかな。
汗と霧を拭き取って一息つく。なんとなく全身を眺めた。思った以上に細身な気がする。
「うーん……。全然肉がないぞこいつ」
野宿とはいえ、狩りをして四六時中肉を調達している。
結構飯をがっつり食ってるはずなんだけど。それにしては脂肪が少ない。
「もしや、背が伸びている?」
出会ったころは身長も体格も殆ど同じだった。
成長期真っ只中なあたしは身長がゆっくり伸びている。たまにリヒトの背を数センチ越すことも、過去にはあった。
しかし今は逆に、ゆっくりと追い越されている。
男子は女子より発育が遅い方なので、リヒトはこれから一気に背が伸びるかもしれない。
「だから食べてもガリガリなのかも? 成長期ならもっと肉食わせてやった方がいいのかなぁ? それと同時にカルシウム系を……。いやいやもう少しバランス考えた食事の方がいいか?」
旅は栄養が偏る。野菜の代わりになる栄養価の高い野草も多めに採取すべきだ。健康な体は食事からだし、体調の良し悪しは戦闘にも影響を与える。
今後の食事のバランスを考えながら、彼のリュックから遠慮なく服を漁った。リヒトが室内でよく着ていた服を着せ、掛布団をかける。
「よし。終わり。次は」
コートとマフラーは掛けて干しす。
「これは霧吹きで軽くかけるとして……。洗濯だな」
脱がせた服をまとめて小脇に抱えて風呂場へ移動した。大きいバケツを見つけて、そこにお湯を張って浄化石を入れて汚れた服を漬けた。
その間にあたしは簡単にシャワーを浴び、湯冷めをしてからリヒトの傍に移動する。もう一度処置を行うため、彼の腕を持ちあげ血止めを外す。
「うん、出血はなし」
我ながら止血剤の効果は抜群だ。
満足しつつ、ビッとまた同じ場所を切る。
耐性の処置を行った。
結局、色々やっていたら深夜になってしまった。
「お茶用意して一服しよっと」
調理室へ向かいお湯を沸かす。
宿に人の気配がしない。なんだか廃墟で過ごしている気分になる。
まぁ、廃墟は灯りないし水ないから違うけども。
部屋に戻って、コップにお湯を注ぐと紅茶の匂いに包まれた。
埃臭さの不快感が若干和らいで、あたしはやっと一息つけたのだった。
次回更新は木曜日です。
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