霧立つ森に閉ざされた村④
2500文字くらい
老婆は手招きをしながら居住区の方へ向き直る。
「案内したげよう、こっちだよ」
小さな明かりをともし、ゆっくりした足取りで歩く老婆に「ありがとう」と会釈をしてからついて歩く。
「明日の朝でいいから村長にも顔をだしとくれ」
「……」
この人、危うい足取りでハラハラするな。
凄く足も遅いから、あたしが抱えて歩いたほうがいいんじゃないか?
「旅人なんて久々じゃからのぅ。驚くじゃろうて」
この速度は疲れる。運ぶ口実はないものか。
老婆が転んだら運ぼうかと思ったが、ゆっくりだが確実に歩を進めている。仕方なく歩調を合わせた。
草原を抜けたら民家が多くなってきた。
居住区へ着いたようだが、街灯は殆どなく道は暗い。民家の窓から零れる明かりが、無いよりはマシな程度に周囲を照らしている。道に慣れていないと迷うレベルだ。
まだ宿屋に到着しない。
のんびり歩くから沈黙時間が長い。
気分的に耐えられなくなってきたので、世間話を振って気を紛らわせる事にした。
「なんでこんな村に宿屋なんてあるんだ?」
「こんな村ねぇ……」
老婆は渋い表情になる。余計な一言を言ってしまったようなので、言葉を付け足す。
「外部から交流が断たれた村と聞いてたんだ。だから、ど田舎中のど田舎かと」
正直な子だねぇ。と老婆が苦笑した。
「まずこの森。リアの森というのじゃが、フィオヴィエリアの土地の七割を占める巨大な森なんじゃ。フィモナーイエリアにも続くほど、な」
「知ってる。地図でも大きく表記されていて、素材の宝庫、宝石箱の森とかの異名を持ってるそうだな」
「リアの森は凶暴な肉食獣が多数生息している。その中には高価な獣もおるし、自然の泉も沸いており高値で取引される魚も生息している。更にこの土地の気質か知らないか純度が高い結晶がよく取れる。主に浄化石と水脈石じゃ」
「凄いな」と呟くと、老婆はこちらを振り返り「じゃろ?」とニカっと笑った。
「この村は資源確保をする労働者の休憩や、住居として作られたんじゃ。ヂヒギ村だけではなく他にも沢山作られた。すべて儂が生まれる前の話じゃけどの」
「物資調達で外部との交流は盛んだった。ってこと?」
「その通りじゃ」
「なるほど。壁で囲ったことによって、肉食獣の奇襲を恐れることなく夜を越せる。商人や冒険者が資源を手に入れるため長期間滞在するから村に宿がある」
「そうじゃ。ついでに食料店や鉱石店や娯楽施設もあるぞ」
「そっか。ここは昔、凄く賑わっていたんだな」
「そうじゃな。あのころが懐かしいわい」
老婆は憐憫を帯びた目をして頷いた。
孤立して、村の生活は一変しただろう。
あたしは森に残っていた道を思い出す。
獣道がうっすらある程度だったが、本来はもっと大きくてしっかりした道だったのかもしれない。
「そういえば、他にも村があると言ったが本当か? 地図はこの村しか記載されてなかったぞ」
あたしが覚えているフィオヴィエリアの地図は、森の中心にヂヒギ村とだけ書かれていた。森の外には村が数個点在しているが、森の中はここだけだったはず。
リヒトに燃やされてもう確認できないけど。
本当じゃ。と老婆は頷く。
「長い年月をかけて滅んだわい。肉食獣に襲われたり、食中毒にやられたり、風土病にかかったりと。お、ついた。ここじゃ」
老婆は立ち止まって宿屋を指し示した。予想よりも大きく立派な、二階建てのレンガ造りだった。辺鄙な村にある宿とは思えない。
驚いて見上げていると、老婆はやれやれと首を横にふる。
「この宿が常に満室になるくらいは、栄えておったんじゃよ」
「失礼。これは本当に驚いた。あと素朴な疑問なんだが、今、営業してるのか?」
建物に灯る光が最小限なので、営業中か判断出来ない。
老婆は「それもそうじゃな」と呟く。
「霧が消えたと木こりから聞いておらん。外から人がやってくるなんて思っておらんじゃろう」
あたしはひきつった笑みを浮かべ、「そうだな」と答えた。
当たり前だが、村人達は霧の毒を知っている。おそらく何人か犠牲者がでており、解決できていない。
そこへポンとやってきた旅人に、霧の毒をどう突破したか尋ねないはずはない。
あたしが会いに行かなくても、向こうからやってくるはずだ。
上手い言い訳を考えておかなければならない。
これは、村に入ったのヤバかったかなー?
後悔先に立たず。と言葉が浮かぶ。
「安心をし、儂が話をつけよう」
あたしが悶々としていると、老婆は宿屋のドアを叩いた。どうやら訪問をしていいものか迷っているように見えたらしい。
「どちらさん?」
「儂だよ。入るよ」
「開いてるよ。入っとくれ」
中から返事が来ると老婆は玄関ドアを開けて室内に入り、あたしも入るよう手招きをする。
宿は豪華な内装だった。
カウンタホールがあり、ふかふかのソファーや高級な椅子が並んでいる。輝光石で作られた灯は花の形をして、天井の花畑があるようだった。
これだけで、この宿を利用する客層が想像出来る。予想以上の豪華さに、あたしは呆気にとられた。
玄関ドアの横に、初老の男性がモップで床を掃除している。
「アリンダさんどうしたんだい」
下を向いているのであたし達に気づいていない。
老婆は親しみを込めて声をかける。
「ブルクハルツさん、お客さんだよ」
「……え? え??」
名を呼ばれて顔をあげた初老の男性ブルクハルツは、あたしをみて大層驚き、高速で瞬きをする。
「え!? ど、どなた?」
「森を抜けてきた人達だよ」
「は!? え!? 客? あ、い、いらっしゃい!?」
心臓麻痺を起こしそうなほど動揺しているブルクハルツ。事態がゆっくり飲みこめて言ったのか、満面の喜悦の色を浮かべる。
「休みたいとさ。部屋を用意してやっておくれ」
「ど、どうぞ!? 準備しますので少しお待ちください!」
あたしが声をかける前に、ブルクハルツは転けそうな勢いでバタバタと足音を響かせながら階段を上がった。
「おい! 客が、きたぞ!」
奥のほうで誰かに向かって叫ぶ。
すると、パタパタとこちらに向かう足音がして、ブルクハルツと同年代の老婆が手すりからひょこっと顔を出した。半信半疑な表情を浮かべていたが、あたしを見ると目が点になる。
「まさか。そんな!?」
両手で口を押え、座り込んでしまった。すぐに我に還ると、「お、お待ちくださいね!」と叫び、目じりに涙を浮かべながら奥へと引っ込んでいった。
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