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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ヂヒギ村の惨劇(閉鎖された村)――
105/279

霧立つ森に閉ざされた村③

文字数2900くらい


 30分ほど小休憩を終え、また駆け出す。

 太陽が沈み始め、影が濃くなってくる時間になってきた。そろそろ野宿準備をしなければならない。

 村までまだかかりそうだと、落胆しそうになったあたしの目に、小さな明かりが飛び込んできた。その方向の空に煙も上がり始める。

 黄昏を通り過ぎ、藍色空が広がってきたから気づけたのだろう。


「ん? 灯?」


 方角はヂヒギ村である。


「生きてる人がいるの?」


 嬉しい誤算だ。野宿準備をやめて走り続ける。

 森の中が薄暗さから闇夜へ変化した時、森が拓けて村の入り口である門が出迎えてくれた。

 太い木材と鉄で作られた頑丈な門と、木組みの壁が広がっている。高さはざっと七メートル強といったところか。壁を構成している木の色は疎らだ。ついこの間、補修工事をしたような真新しい素材が混ざっている。


 あたしは村を護る防御壁(ぼうぎょへき)を「立派だなぁ」と呟きつつ見上げる。 

 鉄門の両横に松明がうっすら灯っている。あたしが見たのはこれだろう。来客を照らすにしては頼りないが、漆黒の世界では貴重な光源である。

 観音開きの扉押してみるがビクともしない。

 夜間の出入りは出来ないように閉じているようだ。


「あー。やっぱ開かないかぁ」


 普段なら夜が明けるまで待つのだが、この場所が安全とは限らない。

 まあ、生きている人がいたので、この周囲には毒の霧が来ないのかもしれないが。確実ではない。汚染された空気を遮断出来る空間が必要だ。


 あたしはリヒトと荷物を下ろす。

 なんとか中に入れないものかと、門の周囲を右往左往する。見張りがいれば会話で開けてもらえることもあるのだが、いないようだ。


 うーん。どうしよう。

 とりあえず呼びかけてみるか。


「おおおおおーーーーいいいいいいいい!」


 あたしの大声が森に響く。

 眠りを妨げられた小動物が驚きの声を上げて逃げ出す音がした。

 しかし中から返事はない。


「誰かいるかあああああああああ!」


 門をドンドンと叩いてみる。

 返事は帰ってこない。

 あたしは門から少し離れる。


「もしかして、住居はまだ先にあるのかな? だから声が届かないとか? 森に肉食動物がいるから、門を壊しちゃいけないけど……。知らせる術はやっぱり振動だよねぇ?」


 あたしはふぅっと息を吐くと、拳で門を突いた。


 ドォン! 


 門が震え、森に音が反響する。

 これが村まで届いているといいけど。

 届いてなかったら諦めて野宿しよう。


 最後にもう一度大声を張り上げる。


「誰か、いるかあああああああああああああああああ!?」

「ひぃ!?」


 門の傍の隙間から震え上がるような悲鳴が上がった。あそこで誰かが覗いている。

 気づいて駆け寄ると、隙間を閉めようとしたので、隙間に指を突っ込みながら慌てて声をかけた。


「待った待った! この村はヂヒギ村か!? 生きてる人いるか?」


「そ、そうじゃ。ヂヒギ村じゃ。な、なんじゃあんたわ」


 老婆の声だ。気圧されている。


「旅人だ。この村が音信不通になったから、様子を見に行って欲しいと頼まれたんだ」


 「え? ほ、本当、ですか?」


 老婆の口調が丁寧なものに変化する。


「森が通れるようになったんですか?」


「いいや。通れない。逃げていたらここへ着いた」


「……そうですか」


 落胆した声が聞こえて


「ああ。ごめんなさいね。今、門を開けます」


 隙間から目が引っ込むと、すぐに門がスライドして扉が開いた。

 扉の中は草原が広がっている。その数十キロ先にこじんまりとした明かりがポツポツ灯っている。あそこが居住区だろう。

 なるほど。これは叫んでも声が届かない。

 老婆が門の近くにいたことは、とてつもない幸運だったようだ。


「どうぞ。中へお入りください」


 あたしは荷物とリヒトを背負って中へ入る。

 出迎えてくてた老婆は、白髪で背の曲がった小柄な人だった。松明と白い花が沢山入った籠を持っている。あたしを見て、老婆の表情が少し綻んだ。

 

「ありゃ子供? ……失敬。旅人さんが来るのは久しいですねぇ」


「大抵が途中で引き返しているみたいで。あたし達みたいな者でも、近くを通るなら様子を見てほしいと頼まれたんだ」


「そうでしたか。それはまぁ」


「ただ、その道中で連れが倒れてしまってね」


 老婆はリヒトの存在に気づくと、ハッと目を見開き近寄ろうとした。が、数歩歩いただけで止める。露骨に眉を潜めて首を左右に振り、遠くから彼の様子を伺おうと松明を掲げた。

 そんなに遠くてはよく見えないだろうに。と思ったが言わなかった。


「そ、そっちの坊やは大丈夫なのかぇ?」


「大丈夫。気を失ってるだけだ」


「そうかね。死にそうではないのかね?」


 恐る恐る尋ねる老婆にあたしは頷く。


「うん、元気だから死なない」


「そうか。それなら良かったのお」


 老婆は少し安堵した声を出し、周囲をきょろきょろ見まわした。不思議そうに首を傾げる。


「貴女達だけかね? 大人の人は?」


「いない。二人で調査するように言われた」


「そうかぁ。なら門を閉めるから、もう少し奥に入りなさい」


 あたしが奥へ入ったのを確認してから、老婆はよろよろと歩いて、門の傍にある色の濃い四角い木をゆっくり押す。パコンとその場所に窪みが出来た。内部にレバーがあり、少し引っ張るだけで扉がギギギパタンと閉まった。ガチャリとガギが締まる音もする。


「凄い仕掛け」


 感心して呟くと、これはね。と老婆が簡単に説明してくれた。梃子の原理で動く仕組みになっているらしい。


 扉を閉じた老婆がよたよたしながら歩み寄ってきた。改めて、あたしが背負っている荷物の量に目を丸くする。


「それにしても、あんた、力持ちだねぇ」


 老婆の口調が砕けていた。

 まぁいいか。 


「鍛えてるから平気。ところでばーちゃん。この村は木の壁で囲まれてるの?」


 森と村を隔てている木の壁は、丈夫な太い一本柱を使っている。人間の二倍くらいはある頑丈な木を、隙間なくびっしり詰めて作られているようだ。

 木々を止めるのは木の湾曲に沿う様に加工された板で、等間隔に打たれて模様のように見えた。

 老婆は壁を見上げる。


「そうだよ。この森は肉食獣が多くてね、古狼(ころう)や大熊、怪梟(かいきょう)なんかも生息していて、沢山の村人が犠牲になったもんだ。私が生まれる前に壁を作ったみたいで、そのお陰で被害が三分の一にまで減ったから、苦労して作ってよかったと聞いておる」


「へぇ。それだけ古いと維持が大変そうだな?」


「そうさね。年に数回、痛んだり古くなった部分を入れ替えて修繕しとるんよ」


「村の出入り口は他にもあるのか?」


 入ってきた門を示すと、老婆は頷いた。


 「いいや。ここだけだね。出入り口が沢山あればその分侵入口が増えるってことで、一つしか作ってないんじゃ。畑で野菜育てられるし、水は湧水や水脈石を使って池を創り、飲み水を確保できるから自給自足で事足りる。森に入るのは狩人たちで、燃料と肉を得るときさ。儂らは殆ど村から出やせんよ」


 そうなんだ。と相づちを打つ。

 籠城に適した村ということだな。

 

 あたしはチラッと門を一瞥する。

 スイッチの位置を確認できてよかった。何かあったら勝手に扉を開ける事が出来る。

 悪い事が起こらないとは限らない。色々用心するに越したことはない。

 あたしは視線を戻し、老婆に一礼する。


「入れてくれてありがとう。そしてちょっと訊ねたいんだけど」


「なんだい?」


「この村に宿屋はあるか?」


「あるよ」


「あるんだ!」


 びっくりした。

 外部と交流が殆どされていないって聞いてたから、そんな施設があるなんて思わなかった。


次回更新は木曜日です。

面白かったらまた読みに来て下さい。

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