霧立つ森に閉ざされた村③
文字数2900くらい
30分ほど小休憩を終え、また駆け出す。
太陽が沈み始め、影が濃くなってくる時間になってきた。そろそろ野宿準備をしなければならない。
村までまだかかりそうだと、落胆しそうになったあたしの目に、小さな明かりが飛び込んできた。その方向の空に煙も上がり始める。
黄昏を通り過ぎ、藍色空が広がってきたから気づけたのだろう。
「ん? 灯?」
方角はヂヒギ村である。
「生きてる人がいるの?」
嬉しい誤算だ。野宿準備をやめて走り続ける。
森の中が薄暗さから闇夜へ変化した時、森が拓けて村の入り口である門が出迎えてくれた。
太い木材と鉄で作られた頑丈な門と、木組みの壁が広がっている。高さはざっと七メートル強といったところか。壁を構成している木の色は疎らだ。ついこの間、補修工事をしたような真新しい素材が混ざっている。
あたしは村を護る防御壁を「立派だなぁ」と呟きつつ見上げる。
鉄門の両横に松明がうっすら灯っている。あたしが見たのはこれだろう。来客を照らすにしては頼りないが、漆黒の世界では貴重な光源である。
観音開きの扉押してみるがビクともしない。
夜間の出入りは出来ないように閉じているようだ。
「あー。やっぱ開かないかぁ」
普段なら夜が明けるまで待つのだが、この場所が安全とは限らない。
まあ、生きている人がいたので、この周囲には毒の霧が来ないのかもしれないが。確実ではない。汚染された空気を遮断出来る空間が必要だ。
あたしはリヒトと荷物を下ろす。
なんとか中に入れないものかと、門の周囲を右往左往する。見張りがいれば会話で開けてもらえることもあるのだが、いないようだ。
うーん。どうしよう。
とりあえず呼びかけてみるか。
「おおおおおーーーーいいいいいいいい!」
あたしの大声が森に響く。
眠りを妨げられた小動物が驚きの声を上げて逃げ出す音がした。
しかし中から返事はない。
「誰かいるかあああああああああ!」
門をドンドンと叩いてみる。
返事は帰ってこない。
あたしは門から少し離れる。
「もしかして、住居はまだ先にあるのかな? だから声が届かないとか? 森に肉食動物がいるから、門を壊しちゃいけないけど……。知らせる術はやっぱり振動だよねぇ?」
あたしはふぅっと息を吐くと、拳で門を突いた。
ドォン!
門が震え、森に音が反響する。
これが村まで届いているといいけど。
届いてなかったら諦めて野宿しよう。
最後にもう一度大声を張り上げる。
「誰か、いるかあああああああああああああああああ!?」
「ひぃ!?」
門の傍の隙間から震え上がるような悲鳴が上がった。あそこで誰かが覗いている。
気づいて駆け寄ると、隙間を閉めようとしたので、隙間に指を突っ込みながら慌てて声をかけた。
「待った待った! この村はヂヒギ村か!? 生きてる人いるか?」
「そ、そうじゃ。ヂヒギ村じゃ。な、なんじゃあんたわ」
老婆の声だ。気圧されている。
「旅人だ。この村が音信不通になったから、様子を見に行って欲しいと頼まれたんだ」
「え? ほ、本当、ですか?」
老婆の口調が丁寧なものに変化する。
「森が通れるようになったんですか?」
「いいや。通れない。逃げていたらここへ着いた」
「……そうですか」
落胆した声が聞こえて
「ああ。ごめんなさいね。今、門を開けます」
隙間から目が引っ込むと、すぐに門がスライドして扉が開いた。
扉の中は草原が広がっている。その数十キロ先にこじんまりとした明かりがポツポツ灯っている。あそこが居住区だろう。
なるほど。これは叫んでも声が届かない。
老婆が門の近くにいたことは、とてつもない幸運だったようだ。
「どうぞ。中へお入りください」
あたしは荷物とリヒトを背負って中へ入る。
出迎えてくてた老婆は、白髪で背の曲がった小柄な人だった。松明と白い花が沢山入った籠を持っている。あたしを見て、老婆の表情が少し綻んだ。
「ありゃ子供? ……失敬。旅人さんが来るのは久しいですねぇ」
「大抵が途中で引き返しているみたいで。あたし達みたいな者でも、近くを通るなら様子を見てほしいと頼まれたんだ」
「そうでしたか。それはまぁ」
「ただ、その道中で連れが倒れてしまってね」
老婆はリヒトの存在に気づくと、ハッと目を見開き近寄ろうとした。が、数歩歩いただけで止める。露骨に眉を潜めて首を左右に振り、遠くから彼の様子を伺おうと松明を掲げた。
そんなに遠くてはよく見えないだろうに。と思ったが言わなかった。
「そ、そっちの坊やは大丈夫なのかぇ?」
「大丈夫。気を失ってるだけだ」
「そうかね。死にそうではないのかね?」
恐る恐る尋ねる老婆にあたしは頷く。
「うん、元気だから死なない」
「そうか。それなら良かったのお」
老婆は少し安堵した声を出し、周囲をきょろきょろ見まわした。不思議そうに首を傾げる。
「貴女達だけかね? 大人の人は?」
「いない。二人で調査するように言われた」
「そうかぁ。なら門を閉めるから、もう少し奥に入りなさい」
あたしが奥へ入ったのを確認してから、老婆はよろよろと歩いて、門の傍にある色の濃い四角い木をゆっくり押す。パコンとその場所に窪みが出来た。内部にレバーがあり、少し引っ張るだけで扉がギギギパタンと閉まった。ガチャリとガギが締まる音もする。
「凄い仕掛け」
感心して呟くと、これはね。と老婆が簡単に説明してくれた。梃子の原理で動く仕組みになっているらしい。
扉を閉じた老婆がよたよたしながら歩み寄ってきた。改めて、あたしが背負っている荷物の量に目を丸くする。
「それにしても、あんた、力持ちだねぇ」
老婆の口調が砕けていた。
まぁいいか。
「鍛えてるから平気。ところでばーちゃん。この村は木の壁で囲まれてるの?」
森と村を隔てている木の壁は、丈夫な太い一本柱を使っている。人間の二倍くらいはある頑丈な木を、隙間なくびっしり詰めて作られているようだ。
木々を止めるのは木の湾曲に沿う様に加工された板で、等間隔に打たれて模様のように見えた。
老婆は壁を見上げる。
「そうだよ。この森は肉食獣が多くてね、古狼や大熊、怪梟なんかも生息していて、沢山の村人が犠牲になったもんだ。私が生まれる前に壁を作ったみたいで、そのお陰で被害が三分の一にまで減ったから、苦労して作ってよかったと聞いておる」
「へぇ。それだけ古いと維持が大変そうだな?」
「そうさね。年に数回、痛んだり古くなった部分を入れ替えて修繕しとるんよ」
「村の出入り口は他にもあるのか?」
入ってきた門を示すと、老婆は頷いた。
「いいや。ここだけだね。出入り口が沢山あればその分侵入口が増えるってことで、一つしか作ってないんじゃ。畑で野菜育てられるし、水は湧水や水脈石を使って池を創り、飲み水を確保できるから自給自足で事足りる。森に入るのは狩人たちで、燃料と肉を得るときさ。儂らは殆ど村から出やせんよ」
そうなんだ。と相づちを打つ。
籠城に適した村ということだな。
あたしはチラッと門を一瞥する。
スイッチの位置を確認できてよかった。何かあったら勝手に扉を開ける事が出来る。
悪い事が起こらないとは限らない。色々用心するに越したことはない。
あたしは視線を戻し、老婆に一礼する。
「入れてくれてありがとう。そしてちょっと訊ねたいんだけど」
「なんだい?」
「この村に宿屋はあるか?」
「あるよ」
「あるんだ!」
びっくりした。
外部と交流が殆どされていないって聞いてたから、そんな施設があるなんて思わなかった。
次回更新は木曜日です。
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