霧立つ森に閉ざされた村①
<初見殺しかよ!>
盗賊に教えられてリアの森を北に進んでいた。村へ続く山道を見つけて、それを辿って森の奥へ進む。
途中まで順調だった。
「はぁ……困ったな」
あたしは困惑して立ち止まった。
正確に言えば、立ち止まった頃には、時すでに遅かった。
「こんな展開、予想も出来ない」
周囲を見渡すが、どす黒い赤紫の霧が視界を遮り、全く確認できない。
数秒前は真っ青な青空が広がって、森林浴を楽しめるほど穏やかな気候だったのに、あっという間に環境が激変した。
足元には真緑の棘が地面を覆い、美しい鮮血色の花束が木々を浸食して咲き乱れ、赤紫色の霧を放出している。
額に熱を感じる。
「ケフン」と咳をして周囲を警戒するが、強い気配はないから魔王はいないようだ。
幸運なような、不幸のような。
額の熱は霧に反応しているから、これは災いだ。
ってことは。魔王を倒さない限り、この霧はどうにもできないってことだ。
敵がいない事を確認し終わると、あたしはすぐにリヒトへ駆けよった。彼は数メートル後ろを歩いていたが。
「やっぱり」
予想通り、彼は倒れている。
「ますますマズイ」
さて、どうしたものかと思いつつ、状況を整理するため少し記憶を遡る。
時刻は夕暮れ前、異変は突然現れた。
何の変哲もなかった森に、刺々しい蔓がビックウェーブのように前方から伸びて地面と木々を覆った。伸び終わり停止した蔓に膨れたこぶし大の蕾が鈴なりに顔を出すと、パッと鮮血色の花を咲かせる。
マーガレットに似ている花が咲いた途端、自分の体が鮮血に染まったような錯覚に陥った。
吃驚する間もなく、赤紫の霧が吹きだされ視界が染まった。
それと同時に、後ろでドサリと誰かが倒れる音がした。
あたし達に落ち度はない。
避けられないタイプの初見殺し。そう、これは罠だ。
この霧に強力な毒が含まれている。
リヒトのように一呼吸で意識混濁に陥るほど。
霧に迷い込んだ生き物は自らの状態を把握することなく、あの世へ旅立つだろう。
はあ。とため息が出る。
あたしは毒に耐性を持っているので、この環境下でも生命活動に支障はでないが、リヒトはそうはいかない。
彼の状態を確認するため、うつ伏せから仰向けにする。
「ぜえ。はぁ、はぁ」
彼は必死で呼吸をしながら呻いていた。
呼吸器系が麻痺し始めているのか、胸を掻きむしるように手が服を握り締め、握りすぎて硬直している。
顔色も徐々に悪くなってきて……あと数分で息が止まりそうだ。
「非常にマズイ。解毒剤を吟味する時間もないぞ」
数秒観察していただけで、瞬く間に容体が悪化した。
もう呼吸が浅く細かくなっており、手と足、体が痙攣を起こし始めていた。
顔は血の気を失い始め脂汗をかいている。目は虚ろで半分閉じられ、打ち上げられた深海魚ように空虚に口をぱくつかせていた。
「神経毒かな?」
神経系の毒素が霧となって鼻腔や口腔から入る。すぐに脳へと到達し、呼吸器系の運動機能を全て麻痺させて死に至る。
という推測をたててみたものの、手持ちの解毒剤で丁度いい物はない。
作ればあるのだが、悠長に解毒剤を作っている暇はない。
「そもそもこれ、ただの毒じゃない」
一度魚でくらったので感覚で理解できる。
この毒は魔王の呪詛だ。通常の毒消しが効くような気がしない。
解毒剤がない、また、それを作る時間がない。
呪詛を解除しようにも周囲に魔王がいない。
もう手立てがない。
通常ならば、だけど。
「うーん」
首を唸る事、二秒。
「よし。やるか」
こうなれば奥の手だ。
あたしは新品のナイフと血止めを取り出して、自分の手の平を切った。傷口からじわじわと血が出てくる。
次にリヒトの腕の一番太い血管を薄く切った。彼の腕から血が滴り落ちる。
「あ。ちょっと切りすぎたかも? ま、いっか」
緊急時だから細かいことを気にしない。
リヒトの腕の傷に合わせるように手の平の傷を押しあて、あたしの血液を彼の血に混ぜるようにする。この手法、前に親父殿にやったことあるので効果は立証済みだ。
注射針ないしなー。
専用の機械もないしなー。
これしかやり様がないんだよなー。
「まぁ、いーや。きっと命が助かるほうがマシ」
しばしそのままじっとする。
霧を吸った時点であたしの体内で解毒剤が作られる。
本来ならば血を抜いて血清を作ってもらうんだけど、こうやって血液を混ぜることでも無毒化できる。
唯一の心配事は、毒の中でも無毒化できるのか? ってことだ。
解毒が追いつかず毒のダメージが蓄積されれば、重要臓器に致命的なダメージを負ってしまい結局、多臓器不全を起こして助からない。
この方法は毒を負ってすぐに処置するか。臓器にまだ致命的ダメージを負う前なら、解毒の効果がある。
呼吸が止まる前に処置したから、多分、大丈夫だと思うけど。
少しドキドキしながらリヒトの容体を伺う。
「スー、はー」
数分後、リヒトが大きく深呼吸をした。顔色がよくなり呼吸も整っている。
脈を確認すると正常の範囲内に収まっているので、ほっと胸をなでおろした。
「ふう。なんとか危機は脱したな」
今、リヒトは意識を失っている。脳や内臓にダメージが及んでないことを祈ろう。
あたしは止血剤を彼の腕に塗って包帯で固定すると、自分の手にも塗っておく。
「それにしても、効くのが早い。数分で死の危機を脱したぞ」
半日は生死の境を彷徨うと思っていたからちょっと吃驚だ。
案外、彼は回復力が高いらしい。
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次回更新は木曜日です。
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