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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第一章 劇的な巡り合い
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伝言は短めに③

 あたしはザマーミロという視線を送ってから、トレンツに向き直った。


「もし皆に何か聞かれたら、伝えてくれるかな?」


「おお、言ってみろ」


「絶対に村に戻ってくるから、その時家に遊びにおいで。って、この前のカリをきっちり返す」


 あたしが凶悪な笑顔を浮かべたのを見て、リヒトが「借り……」と不思議そうに呟く。


「そうか。シュタルにだな」


「その通り」


 トレントは「いつもの事だよ、彼とは犬猿の仲でね」とリヒトに答えて、あたしに「わかった」と頷いた。


「それじゃ、行って来ます!」


 トレンツに手を振り、門の外へ出た。里から出るだけで、こんなに時間を使ってしまったとは。


 近くの街に行くには、森の中を通っていくことになる。

 この辺は何度か通ったが、ずっと街道を通る事はなかった。

 

 ちょっとワクワクしてしまう。

 どんな町があるんだろう?


「大げさな」


 外に期待するあたしに対して、リヒトは冷水を浴びせるような一言を加える。


「村や町はどこも似たようなもんだろ」


 口を歪めながら言い返す。


「だとしても、あたしには初めての事なんだ。五月蝿くてもそっちが我慢しろ。そのうち落ち着く」


「はいはい、そう致しますよ」


 リヒトは鼻で笑うと、あたしと一切目を合わさずにズンズン先へ進む。 


 こんなヤツと旅なんて……胃が痛むんじゃないのか?


「それは繊細なヤツがなる病気だろ? お前には無縁だな」


「放っとけ! ってか、一言多いぞ!」


 本当に、先行き不安である。







 日が落ち始めたので、このまま森の中で野宿をすることにした。


 「疲れた」と小さく呟くリヒトの声を聞きながら、このくらいで疲れるものなんだなと再確認した。


 あたしにとっては散歩の距離なので全く疲れていない。里の者もこのくらいは疲れ一つ見せずに歩くから、一般人の体力が全然わからないのだ。


 もう少しあいつの体力を把握しとくべきか。


 話しかけようと振り返ったら


「化け物並みの体力め」


 小さく軽い毒吐きがきたので聞くのは止めた。毒を吐く相手に親切になれるわけがない。だけど倒れてもらっても困るから、今後は適当に様子をみながら進むペースを考えることにする。


 さて、今日の晩御飯のメインはこれにしよう。


 道中で見かけたので確保した二匹の兎を解体して、毛皮と内臓を取った後、森に生えていた香辛料を刻んで詰めて、大きい草に包んで網の上に置いて蒸し焼きにする。


 二人で火を囲みながら待っていると、あたしの動きをじっくり観察していたリヒトが意外そうに声を出した。


「旅は初めてだって言うけど、手慣れているじゃないか」


「村から離れたことはないけど、野宿は初めてじゃないからね。寧ろ一か月の半分はサバイバルだから野宿だし、食料と香辛料は現地調達だ」


 リヒトは露骨に眉を潜めた。


「野生児か」


「親父殿の教育方針」


 今度は何とも言えない表情を浮かべる。多分、少しだけ同情してくれたのだろう。


「こうやって見ていると、英才教育を受けていると思ってしまう」


「教育方針って言っても、単なる野外放置プレイだぞ」


「わかってる」


「ならばよし」


 パチパチと火が弾ける音に混じって、肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。

 遭難者がいたら匂いでこっちに辿りつけそうだ。腹が鳴ってくる。

 

 包んでいる葉っぱを開くと、湯気と共にふわっと風に乗って、香ばしい匂いが強くなった。

 木の枝を削った即席箸で肉をほぐしながら、中まで火が通っているか確認。


 うん、大丈夫だな。


「あんたは食事どうしてたの?」


「香辛料以外は現地調達で、適当に魚や肉食ってた。汁物に入れて煮込むのが殆ど」


「へぇ、そうなんだ。焼けたからこれ食べろよ」


 火が通ったことを確認して、食べやすいように身をほぐした兎肉をリヒトに促す。


「………」


 リヒトはその動作に着眼したように視線を固定する。


「あ。箸がいるか。もう一組作ってあるから、こっち使えよ」


 渡そうとするが、なかなか受け取らない。


「早く箸を取って喰え」


「それは俺の分なんだな」


 兎の蒸し料理を指で示しながら確認してきた。


 えー? わざわざ二人分作ったんだけど……?

 あ! もしや、あたしが大食漢だと思っているな?

 怪我をした時は別だけど、通常時はそんなにバクバク食べないって。

 とはいえ、里の者の食欲を見ればそう思われても仕方ないかもしれない。あいつらホントよく食べるから。


「そーだ。別に毒入れてないから食べなよ。あんたも腹が減ってるだろ?」


「わかった、食べる。感謝はしねぇぞ」


 リヒトは呆れたように言いながら箸を受け取った。


 なんだか釈然としないので、あたしも言い返す。


「感謝いらない。あんただって、あたしが解体している間に水を汲んで、火をおこしてくれただ

ろ。今日の役割分担はあたしが調理、あんたが野宿準備だったんだよ」


「ふぅん」


 小さく頷きながら、リヒトは小さい鍋を取り出して水を入れ焚火の上に置いた。どうやらお湯を沸かすようだ。


 腹減ったので先に頂こうっと。


「頂きます」


 食事の挨拶をして、肉を一口。


 うん! 肉がジューシー! 上手く旨味と水分を閉じ込めた! スパイシーな野草が肉汁に混ざって独特の匂いが中和されて、噛めば噛むほど美味しい。

 

 我ながら上出来だ!


 森の中が静かなので、焚き木がパチパチ割れる音と、あたしの咀嚼する音と、水が沸騰する音がよく聞こえる。


「頂きます」


 あたしに遅れて数分後、リヒトもゆっくり肉に噛みつく。


 静かに食べているので、ちょっと反応が知りたくてチラッと盗み見すると、少しだけ口の端が上がっており、舌で下唇についた油を舐めていた。


 どうやら好みだったみたいだ。良かった良かった。


「沸いたな」


 ボコボコボコとお湯が沸いたのを見て、リヒトが自分のコップを出した。そしてあたしに手を向ける。


「お前のコップよこせ」


「どうぞ」


 素直に渡すと、リヒトはコップの中にお茶のパックを入れてお湯を注ぐ。

 あまり嗅いだことのないお茶の匂いが鼻腔に届いた。漢方に近いなぁと思った。


「ほらよ」


「どうも」


 熱々のお茶を受け取って、食後のティータイム。


 口の中に残る肉の油をしっかりとってくれて、後味にちょっとだけ苦みがある。うん、悪くない。


「ご馳走様でした」

「ご馳走様でした」


 挨拶は丁寧だなこいつ。


 後片付けを終えて一息ついたところで、災いの話をまとめよう。


 結局のとこ、親父殿はあれ以上詳しい説明をしなかった。


 双子の勇者。ルーフジール一族について。災いについて。伝承くらいあるだろうから、それを教えてくれればいいのに、語るのは簡潔な色沙汰殺傷事件だった。


 あれじゃ、余計にわからない。


 説明下手な親父殿に期待してなかったが、想像以上にダメダメだった。


 かくなる上は。


 あたしは寝袋を用意しているリヒトに呼びかける。


「あのさ」


 リヒトがこちらに視線を向ける。


「作業してるとこ悪いんだけど。呪印や災いや勇者について、あんたが知ってる範囲でいいから説明してほしい。ただし、糞親父殿と同じような内容なら時間の無駄。言わなくていい」


 リヒトは寝袋を広げてから、その上に座った。


「はぁ。無知のままだと使えねぇから、教えてやるよ」


 軽くせせら笑うが


「ルゥファスさんの説明だと、俺も全然理解できない」


 と付け加えたので、あたしはイラッとしなかった。


「だよね」


 同意しながら頷く。


「俺も父上から話を切りだされた。『旅立つ年齢になる前だけど、丁度いいから教える』みたいな、軽いノリで」


 リヒトは眉間に皺を寄せて嫌悪感を露わにした。


 あいつはあいつなりに苦労してんだなと瞬間的に感じる。


「確認するが、お前は双子の勇者の存在をどこまで知っているんだ?」



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