第3話 後のない前進
引き続きリメイク版です。
今後の展開、ちょっと変えました。
【山崎結衣 視点】
______ピッピッピッピッピッピッピッ______
集中治療室に単純な機械音が鳴り響く。
心電図音が"ピッ"と発するたびに、私は心が壊れてしまうような感覚に陥る。
「ねぇ、お願い。翔、目を覚まして…」
私は、未だ意識の覚めない翔のボロボロになった手を、割れ物を扱うかのように両手で包みながらそう溢した。無意識に。
「聞いたよ。子供庇って事故に遭ったってね」
目を閉じたままの翔にそう尋ねた。
「子供も軽い怪我で済んだって。優しすぎるよ…でも翔らしいや」
私は涙ぐみそうになり唇を噛みしめる。
「結衣ちゃん…」
隣に座っている翔のお母さんが思いつめる私を見て思わず呟いたらしい。
「おばさんっ!このまま翔の目が覚めなかったらどうしようっ!」
静か呟くおばさんを見て私は、焦燥感に襲われた。
「結衣ちゃん、落ち着いて」
「無理だよ。落ち着くなんて無理っ!翔が死んじゃうって考えたら私、もうっ!」
ーー翔…あなたまで失ったら、私はどうしたらいいの?ーー
私は思わず、
頭の中で、
"ピーーーッ"
心電図が心肺停止を知らせる場面を思い浮かべてしまった。
あぁ…本当に嫌だ。
ーーまだ翔に、好きって言ってないのにーー
嫌な想像が頭の中にこびり付いて離れてくれない。
「翔っ!死ぬなんていやっ!」
「結衣ちゃん!気をしっかり!そんなこと考えて、翔が目を覚ますと思う?」
「で、でも!」
「今、私たちにできるのは、翔を信じて、待つのみよっ」
「っ!…おばさんはすごいよ。自分の息子がこんな事になってるのに、心が壊れないなんて」
心からそう思う。
翔が死の瀬戸際を彷徨っているのに、そこにはいつもののほほーんとしたおばさんではなく
覚悟を決め、我が子を信じる1人の母。
「そんなこと無いわ。気丈ぶってるだけよ。こうでもしないと心が持たないから…」
その様子とは裏腹に、思わず弱音が出てしまったおばさんを見て、私は黙り込んだ。
「……」
***
遡ること2時間。
冬休みに入ったばかりで、やりたいことも思い付かず私はリビングで録画していたドラマを見返していた。今流行りの恋愛ラブコメディ。
ーー今頃翔は、美梨とデートよね。もし美梨の浮気が翔の勘違いだったら…んっ!ーー
私は、美梨の疑惑も無事に晴れ、依を戻して2人がイチャイチャする光景が思い浮かベた。
頭の中が嫉妬で埋め尽くされそう。
ーーうぅっ!やめやめ。嫉妬なんかしても翔の隣にいるのは私じゃなくて美梨っ!あの時、好きって言えなかった自分が悪い…ーー
みなさんご存知のように、私は昔から翔に好意を抱いていた。何度も何度も翔に告白をしようとした。
しかし、そのたびに躊躇ってしまう。
"自分なんか翔に相応しく無いと、卑下してしまったから"
ーー美梨ぃ…いいなぁ。翔が彼氏なんだから浮気なんて誤解よね?ーー
私と美梨は高校に入学した時からの友達だ。
自分で言うのはなんだけど、私はきれい系で顔は整っている方だと思う。逆に美梨はかわいい系。
しかし外見によらず、私たちは意外にも馬が合った。
実際今観ているドラマも、美梨が煩くおすすめされたイチオシだった。
ーーこのいざこざが終わったら翔に告白して、振られる。それでキッパリ諦めるつもりだったんだけど。いやぁ、なんてねーー
しかし、美梨の浮気疑惑が出てから頭の中の自分が甘言を浴びせてくる。
"翔を美梨から奪い返してしまえ"
と。
ーーもし美梨が浮気してたら、翔を支えよう。あわよくば…ーー
どうやら私は諦めきれていないみたい。
翔のことでうじうじしていたその時、近くに置いてあった携帯電話が突然鳴り出した。
あまりのタイミングの悪さに思わず、心臓がどきんと跳ね上がった。
ーーびっくりしたっ!誰、こんな夜に?ーー
恐る恐る携帯電話を持ち上げ、画面を確認する。
ーーおばさん?なんでこんな時間に?ーー
鳴り止まぬ心臓を手で押さえ付けながら、スピーカーに耳を当てた。
『も、もしもしおばさん、どうしたの?』
『結衣ちゃんっ!』
『は、はい!』
想像より大きな声で名前を呼ばれ、思わず返事をしてしまった。
『結衣ちゃん、ちょっといい?』
電話越しのおばさんの口調はいつもののほほんとしたものではなく、妙に真剣味を帯びたもの。言葉で言い表せないような不安が心を覆った。
『え、えっ…はい』
『落ち着いて聞いて』
『……』
『ついさっき病院から電話が来たの』
『……』
『翔が子供を庇って車に轢かれて意識不明の重体だって』
『……え』
おばさんからの話を飲み込んだ瞬間、
頭を殴られたようなショックが全身を貫いた。
『ほんとよ』
私は頭の中が真っ暗になっていくのを感じ、耐えきれず、思わずソファに座り込んでしまった。
『…おばさん!翔はどこっ?今すぐそっち、行くからっ!』
『ありがとう……結衣ちゃん、今メールで住所送ったから、落ち着いたら来て』
『分かった』
焦燥感で破裂しそうになる頭を何とかして落ち着かせ、
握りしめた携帯電話を片手に、翔が運ばれた病院へ向かい、、、
***
しばらくして、うちはだいぶ冷静になった。そして考え事に思いを巡らせていた時、ふと一つ、気になることが。
そこから少し時間をかけて覚悟を決めた。
そしておばさんに一つ、質問をした。
「おばさん。翔のこと、美梨に連絡した?」
「ええ。結衣ちゃんと電話した後すぐに。
でも電源切ってたみたいで繋がらなかったわ」
「そう…わかった」
私はその瞬間、耐え難い怒りが込み上がってきた。そしていく宛のない悲しみ。
ーー美梨…最低よ。本当に…最低よ。翔がこんなこのことになってるのにーー
「ど、どうしたの?そんな怖い顔して」
「なんでもない」
ーーもう翔のことで、躊躇わない。美梨…あなたが浮気するから悪いのよーー
「そう…うちの旦那もこっちに向かっているわ。来たら送らせるからそろそろ帰りなさい」
「分かった。おじさんがね…」
翔の父であるおじさん。
私のことを小さい頃からまるで我が娘かのように可愛がってくれた。
小さい頃に亡くした愛情を、代わりに注いでくれた。私らそんなおじさんのことが大好きだ。
すでに日が落ちてからだいぶ経っていた。
私は今も尚眠る翔を見て、落ち着いた心に誓った。あぁ、あの時の甘言に身を任せよう。
ーー決めたから翔、目が覚めたら、私…あなたに告白するーー
「翔に何かあったら、すぐに結衣ちゃんに連絡するから、安心して。分かった?」
「うん、翔のことよろしくね」
そして、おじさんが到着するのを待った。
ーーあっ、そうだーー
私は、携帯電話でメッセージを送る。
何かの覚悟を決めた顔をして。
コロナ禍、みなさんお気をつけて。その一言。