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JELLYFISH

作者: 朝霧 詩音

バッサリと切った髪。

首元が少し寒く感じる。

失恋すると女の子は髪を切りたくなるっていうけれどあながち間違っていない気がする。


別にそんな人に話すほどの大失恋をしたわけじゃない。

けど多分私にとってはそんなの関係なくて・・・。

心にぽっかりと空いた穴は想像していたより大きくて存外驚いている。


頬を撫でる風が冷たくて目を細めた。

そのまま足早に館内に向かう。

入り口でチケットを切ってもらうと外とは違う暗さにクラクラきた。

目が慣れてくると目の前いっぱいに広がる青に目が奪われる。


そう、ここは水族館。

特別好きなわけでもない。

特別な思い出があるわけでもない。

ただなんとなく来てみたくなっただけなのだ。


周りを見ると平日のせいか人はまばらでたまにカップルがいるくらいだった。

その光景に少しだけ胸がズキリと痛む。

そんな気持ちに蓋をすることもせずただただどこか達観してる自分がいた。


正面に見える大きな水槽に足を進めるとイルカたちが自由に水の中を駆け回っていた。

親子らしい2頭のイルカが寄り添いながら遊んでいる。

小さいイルカが大きい方に必死について回る様は見ていて微笑ましかった。

でもそんなイルカたちと裏腹に私の心は空虚で言葉には出さずバイバイ、と言いその場を離れた。


進めば進むほどいろんな魚に出会った。

美しく設計されたサンゴ礁に色とりどりの熱帯魚。

狭い水槽に押し込められたイワシの群れたち。

怖いくらいに暗い水槽に潜む深海魚。

ひたすらに笑顔を向けるエイに悠々と泳ぐサメたち。


でもそのどれも私の心は沈むばかりで今こんなところにいる自分に虚しくなった。

どこに行ってもいるカップルを見たくなくて1人になりたくて無意識に早足になる。



「なんで水族館なんて来たかなぁ?」



つい呟いた。

ただの気まぐれだったけどこれじゃ自分で傷口に塩を塗ってるようなもんだ。

多分期待してたんだ。

隣に彼がいて笑いあってることを。


そんなことを思っている自分に気付き嘲笑する。

悔しくて悲しくて切なくて…。

早足で暗い海の中を抜けて行った。


辿り着いたのは誰もいない水槽でガラスに反射する自分の表情が情けなくてその場に座り込んだ。

館内に流れる音楽がやけに大きく聞こえる。

手に力が入らなくて身体も自分の意思とは裏腹に震えが止まらない。


遠くで人の微かな声が聞こえるが、幸いにも私が迷い込んだのはカーテンのかかった少し目立たない暗い場所だった。

足音が素通りするのを気配で感じる。


誰も私に気づかない。

運命なんてあるのだろうか?

そんなのはごく一部の人達だけだ。


彼の隣で笑う見知らぬ少女の横顔が脳裏によぎる。

想いを伝える勇気もなくアピールすらままなら無かった。

行き場を失ったこの想いはどうすればいいのだろう?

いっそ想いを伝えて清々しくフラれた方がマシだった。

後悔ばかりが心を縛って苦しい。


フワリ、と目の前を何かがよぎった。

青白い光に照らされた白い半透明の何か。

目に涙の膜が張っていて何かすぐには分からなかった。

ただ、『自由だ』そう思った。


頬を涙が伝った時、何かの正体がわかった。

クラゲだ。

綺麗な水の中をただフワフワと流されるままに、時には自分の意思で。



「クラゲってさ、不思議だよね。見てて飽きないっていうかさ。」



急に上から聞こえた声にビクリとする。

涙を拭うことも忘れて見上げればよく知った顔が立っていた。

どうして、という言葉が音にはならず抜けていく。

小学校からの幼馴染が切ない顔をしていたからだ。


俺ここでバイトしてんだ、って乾いた笑いを見せながら隣にしゃがむ。

知らなかった。


頭に乗せられた懐かしい手に心が緩んで嗚咽が漏れる。

そのままその手に促されるままに声をあげて泣いた。

胸が締め付けられて苦しくて、それをずっと一定のリズムで宥めながら彼は顔が見えないように水槽を見ていてくれた。



「髪、短くなったね。」



またその表情だ。

切なくて苦しそう。

どうして君がそんな顔をするの?

いや、多分私たちは同じ表情をしてる。


気づいてたから。

君の気持ち。

でも、答えられないから私は君の気持ちに気付かないように蓋をしたんだ。


君を好きになれたら良かった。

そしたら多分おんなじ気持ちで傷つくこともなかった。

好きな人が別の人を好きだなんて…。



「ここは人があまり来ない。だからうんと泣くといいよ。」



君がどこまでも優しくてそれに甘える私は最低だ。

君の弱みに付け込んで、だけど君のものにはならないのだから。



「海水の塩分濃度と体内の塩分濃度って実は同じくらいなんだ。ここは海の中だからどれだけ泣いても誰にもバレないよ。」



あぁ、その言葉を聞きながら思った。

彼はここで泣いているんだなって。

同じように誰にもバレないように一人で。


またフワリ、とクラゲが動く。



「クラゲになりたい。」



ぽつりと呟いた。

そうだね、と呟いた彼の顔は見えなかった。

泣いているのか、そんなことを確認する資格は私にはない。

否、どちらでもいいのだ。


ただ疲れたんだ。

一人を想って感情が勝手に動くことに。

一喜一憂して結局中途半端な自分に腹をたてることに。


のらりくらりと流される方が楽じゃないか。

たまーに自分の意思で行きたいところに行く方が楽じゃないか。

近寄りすぎると絡まっちゃうから気の向くままに毒を刺してさ。


私らの想いなんてさもどうでもいいかのように今も目の前ではクラゲ達が揺られてる。


部屋の中に佇む2つの影はただじっと水槽を眺めてた。

彼が私を抱き寄せる。

少しの間見つめあって切なくなって苦しくなった。

やっぱり君を好きにはなれない。


君がそっと目を閉じる。

私が君に毒の刺すのは容易い。

でも、このまま流されてしまった方が楽なのでは無いだろうか。


あぁ、人間って苦しい。

心が邪魔をしていろんなことを考えてしまう。



だから私は生まれ変わったらクラゲになりたい。

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