目が離せない
食べ終えたコリンの顔色は青空のようだった。
「あんな強烈な食べ物がこの世に存在しているなんて・・・。」
はじめてにしては頑張ったと思う。と、俺は陰ながらに感心していたが、口にはしないでおいた。
初ラーメン、初家系で“固め・濃いめ・多め”は攻め過ぎだとは思ったが、何事も経験だという謎の親心が彼女を制止させることを拒んだのだと思う。
「この世っていうか異世界だけどな。」
「そうでしたぁ・・・。」
ぐったりとするコリンの手を引きながらゆったりとした歩幅で歩きだす。初めての世界で渋谷となると情報量が多すぎる。第一渋谷に来るまでの電車内でも凄い取り乱しようだったのだから気づかないうちに心労というのも積もっているかもしれない。
最寄り駅まで時間はかかるものの腹ごなしも兼ねて歩いて帰ることにした。
「どうだった?こっちの世界の街は。」
「・・・。単純に恐ろしかったです。見るもの、聞くもの全て初めてのものばかりで。」
彼女は下を向きながらぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「鋼鉄がそこかしこにそびえ、豊かな緑は感じられず、鼻が取れそうになる悪臭。あんな場所で生活をしているなんて考えられません。」
「まぁ、そう思うだろうなあ。」
俺の知っているエルフというのは自然を愛し自然と共に暮らしていて、耳は尖り長命で、弓を使った狩猟や木の実の採集などで生活をしているイメージだ。
あくまで俺の個人的な感想だが、そんなエルフが渋谷なんて目の当たりにして卒倒しなかったことに逆に驚いたほどだ。
「ますます帰りたくなりました・・・。ですが」
「ん?」
「森に入っては森に従えです。ここでの生活に順応しなければ元の世界に帰る前に死んでしまうかもしれません。」
「郷に入っては郷に従え」のエルフバージョンってとこかな?本当に言語といい言葉回しといい現実世界と似ているなとその時思った。意味が理解できることは素晴らしい。
彼女にとっては嘆く時間も惜しいのだろう。電子レンジから急にこちらの世界に飛ばされて全くわからない文化に触れてこれから過ごさなければいけないというのだ、手を差し出せないほど俺の道徳心はちっぽけじゃない。
家について荷物を置くとコリンはずっとかぶっていたパーカーのフードを取った。「どうしてこれを被ってないといけなかったんですか?」という問いに「君の耳は目立つ」と答える。
「なぜですか?」
「いいか?この世にはオタク文化というものがあってだな。」
時間の経過に驚くだろう。夕方前には帰宅したはずなのに時計の短針はもう8の数字に差し掛かっていた。
「というように”エルフ萌え”という人種がこの世には存在しているんだ。」
「なるほど・・・”えるふもえ人”というのがいるのですね。」
俺は一息つき時計を見てからひとしきり驚いた後に晩飯の用意を始めるため台所に立つ。
「何をなさっているのですか?」
「これから夕飯を作るんだよ、よかったら手伝ってくれないか?」
彼女は「わかりました」と一言いうと、俺の横に立つ。「この野菜を切ってくれ」と言いかけたその瞬間に俺は目を疑う。それはなぜか?
「つけていない電子レンジが一人でに動き出したから」である。
ブーンという機械音が静かに響く中、俺とコリンはそのレンジから目が離せないでいた。