長い名前はエルフの特権
「とりあえずこちらにおかけください」
「あっ、はい・・・」
この春一人暮らしを始めたのだが、初めて招いた人がエルフだなんて誰が予想できただろうか。俺にももちろんできない。いや、そもそもどうして電子レンジからエルフが出てくるんだ?
「えーっと・・・」
問うことに戸惑う。
『あなたは誰でどこから来たの?』と聞こうにも『あなたは誰でここはどこですか?』
と聞き返したいだろうし、ましてや自分の意志でここに現れたとも考えにくい。
「あの・・・」
「っ!?・・・はい、なんですか?」
言葉が通じることは不幸中の幸い。意思の疎通を図れれば、言葉の壁さえなければこちらの思惑を伝えられる。そして俺がまず初めて聞く質問は
「どうして電子レンジから出てきたんですか?」
くだらなくも最重要案件だ。もしまた今後もこういったことが起きるのならば俺はおちおち冷凍食品を解凍できなくなる。食事の制限は死活問題だ。
目の前のちゃぶ台を挟んで向かいに座るエルフは律義に正座をし俺の問いに首をかしげる。「でんしれんじとは何か」と。
俺は扉が開いたままの電子レンジを指さし「調理器具」であることを説明するも彼女は頭上の?マークを消せないでいる。突如現れた得体のしれない世界に対する困惑もあるのだろう。
「わかった。原因はいいとして、君は一体何者なのかな?」
一瞬の逡巡の後、目の前のエルフは口を開く。
「私はアルフ・エルネスト・ミラン・クラウ・シルーフ・ウルミエナ・コリンズ。“北王”の統べるウラノ大森林のエルフです。」
「え?あるふえるねすと・・・なんだって?」
「アルフ・エルネスト・ミラン・クラウ・シルーフ・ウルミエナ・コリンズです。」
わかったことはおそらく俺はこの人のフルネームを覚えられない。
「呼びにくかったらコリンと呼んでください。」
「わ、わかった。」
床には先ほどまで手にしていた冷凍のしらすのペペロンチーノが転がっている。ひんやりと冷たく床にはわずかな結露ができ始めていた。その雫が滴るほどではないが俺の額にもわずかに結露に似た雫が居た。
「ところで、ここは一体どこなのでしょうか?私のいた世界ではないことはわかるのですが・・・。」
「ここは地球という星の日本という国だよ。」
コリンは大きく目を見開いたかと思うと翡翠色の目を伏せ小さくため息をつく。『やはり自分の知っている世界ではなかった』という事実を再認識してしまったからだろう。
隠せない戸惑いを落ち着かせる様に握りしめる細くしなやかな両手が見える。
「どうしたもんかなぁ・・・。」
こぼれた言葉が天井のライトに反射し部屋のどこかに当たって消えた。ベランダを横切った烏の鳴き声がやけにくっきり聞こえた。そんな気がした。