09 一つの訪問
「やぁ、よく来たね」
「お久しぶりです、渡会さん」
ドアを開けると、そこで渡会さんと再会した。
というか、わざわざここで待っててくれたのか……。
受付の人に、渡会さんの名前を出したら笑われたのがなんとなくわかった気がする。
ともあれ。
今日は学校もない土曜日。
僕は自衛隊の対ゴースト犯罪特殊部隊、渡会さんの所属する部隊を訪ねていた。
「立ち話もなんだし、入って」
「あ、はい。お邪魔します」
渡会さんが体を避けて、扉の中が見えてくる。
その中はーーー。
「もっと物々しいと思った?」
「えっと、その……はい」
その中は、まるで普通のオフィスのようだった。
机があって、書類やデスクトップのパソコンがあるような。
間違ってもライフルやショットガン、特殊なヘルメットなんかが置いてあったりはしない。
「ははは。まぁ俺達も年中ドンパチやってる訳じゃないからね」
それに俺達にそんなものは必要ないだろ?と腕を見せられる。
それで合点がいった。
そもそも、お互いに触れないからだ。
確かにゴースト犯罪に、実際の武器は必要ない、のだろう。
「さて、と……。お、あの奥の小部屋が空いてるな。そこで少し話をしよう」
言われて奥を見ると、扉の開いた部屋。
入って席につくとすぐさまお茶が運ばれてきた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうレイちゃん」
お礼を言って受け取る。
ブロンドの髪を纏めた綺麗な人だ。
……。
…………。
そのまま出ていくのかと思いきや、壁際で立ち止まった。
「えっと……?」
「あっと、失礼しました。……失礼します」
ぺこり、と頭を下げて今度こそ出て行く。
「不思議な人でしょ?」
「不思議というか変じゃ」
「ちょ、りょーこさん!」
「ははは、言うねぇ……でも彼女、すごいんだよ?」
おほん、と咳払いを一つ。
それだけで渡会さんが表情を変える。
さっきまでのにこやかな笑顔から、少し真剣な表情に。
そして。
「じゃあ、答えを聞かせてもらっていいかい?君が俺たちのスカウトを受けてくれるのか、それとも残念ながら受けてもらえないのか」
真剣な目。
その目には嘘はない、ように見える。
だから、僕も昨日ずっと悩んで、ようやく出せた答えを返す。
「はい。スカウトを受けさせていただきます」
「……わかった」
僕の答えを聞いて、渡会さんが目を瞑る。
数秒間そのままでいてから。
「では改めて……ようこそ。対ゴースト犯罪特殊部隊へ。」
右手を出してそう言ってくれた。
その右手を今度こそ、しっかりと掴んだ。
◇◆◇◆◇◆
「さて、じゃあ行こうか」
「えっと、行くってどこへ?」
「もちろん、特殊部隊の本拠地さ」
「本拠地……?」
軽く雑談をした後、唐突にそう言って立ち上がる渡会さん。
場所を移動する、と言うことはなんとなくわかったけど、本拠地ってどういうことだろうか。
ここがまさにそうではないんだろうか。
「来ればわかるって。まぁいいから、おいでよ」
手をひらひらしながら先を行く背中を追いかけて部屋を出る。
そこはさっき見た時と変わらず、普通のオフィスのような場所。
そして、特殊部隊のーーー。
「あ、まさか!!」
「お、気がついたかい?いいねぇ、やっぱり男はそうでなくちゃ」
「主様よ、どういうことかや?」
そこまで考えて、思いつく。
そうだ、昔テレビで見ていたことがある。
何気ないオフィス。
けれどその地下には。
もしかして、もしかするのだろうか。
りょーこさんへの返事もできないまま、僕は渡会さんとエレベーターに乗り込んだ。
そして。
ぴっ!承認しました
小さく、けれど確かに響く電子音。
僕らの乗ったエレベーターは急降下を始めた。
4階3階……2階1階……そのままーーー。
チン!
軽い電子音と一緒に扉が開く。
そこは。
「さぁて、着いたよ。ここが特殊部隊の本拠地だ」
「おおー!」
「なるほどのぅ……」
思わず声を上げてしまう。
目の前にはそれほどの光景が広がっていた。
いろんな所で人が浮いている。
もちろん、ゴーストだろう。
中には、そのゴーストと何かを作っている部屋もある。
そして、その一番奥には。
「お、今日もやってるねー」
何かを仮想敵にした、ゴーストの訓練、だろうか。
戦っているゴーストの姿も見えた。
◇◆◇◆◇◆
「落ち着いた?」
「はい……すいません、はしゃいじゃって」
「いいって、いいって。俺も最初来た時はそんな感じだったし」
手渡された缶コーヒーを受け取る。
それを開けながら、少し前の自分を反省する。
エレベータから降りた後、柄にもなくはしゃいでしまった……。
走り回りこそしなかったけれど、その場その場にいた人とぶつかりそうになってしまったこともなんどもあった。
今思い返せば、その度に生暖かい目で見られていたのだけれど、それにすら気がつかなかった。
「まぁ一通り見てもらえて、だいたい分かったと思うが……」
隣に腰を下ろした渡会さんが、缶コーヒーを手に話を再開する。
「ここでゴーストに関する研究や『対戦』の訓練なんかをしている。上の、さっきまでいた場所はいわば偽装みたいなもので、こっちが本拠地ってことだ」
「『対戦』っていうと、やっぱりあのなんでも願いが叶うってやつのためですか?」
「そうだ。実際に巻き込まれて分かったと思うが、『対戦』ではゴースト同士を戦わせることになる。それで最後に残ったものだけがその権利を得るらしい。」
なんともドラマチックだろ?と笑い半分、ため息半分の渡会さん。
その言葉には頷くしかない。
事実は小説よりも奇なり、とはこういうことを言うんだろうか……。
「あれ、でも『最後に残ったものだけが』って言うことは……」
「そう。『対戦』である以上、負ければ退場だ。……だが、そこにも例外があったんだ」
「例外?というと?」
「ああ……。基本的に『対戦』は、ゴーストが人間でいうところの気絶する状態になった場合に終了する。もちろん、気絶した側が負け、という形で。けれど、もしそこで気絶ではなく『即死』になる場合が起こる」
「即死……」
チラリと渡会さんの手元を見ると、かすかに震えている。
それを見て、出かけていた質問が引っ込んでしまった。
「ゴーストが『即死』の状態になった時、どういうわけか、持ち主の精神まで破壊されてしまう」
そう言った渡会さんの声は、今までにないほど震えていた。