95話
『――いま一度、人類の歴史を見直す時期が来たと考えている。かつてもこのような決意は何度もされてきただろう。平和を望み人々が協力する未来を目指した時期はあった筈だ。だが、その決意は果たされず、何度も我らは過ちを繰り返してきたのが今だ。しかし、今日この日が人類の転換点であったと……平和への一歩を踏み出したという歴史を一緒に刻もう』
この言葉がエックハルトの全人類に向けた宣言であった。
戦いの終結と英雄サラダール。そして意志なき竜を生み出した人類の過ち全てを語ったエックハルトの演説。もちろん公表した当時は衝撃を持って様々な感情が全人類を包み込んだ。
過去の過ちを後悔し、嘆く者。家族や友人、家や都市が無くなり途方にくれていた生き残った者。誰もが降りかかった不幸とその引き金を引いた歴史を知る。
しかし、人の時間は後ろではなく前にしか進まない。歴史の積み重ねが今を生きる世界という結果を作り出す。
今回の戦いの当事者となった人類は同じ過ちを繰り返さないという決意のもと一致団結した。だが、それがいつまで続くのかは誰にもわからない。
その結果は遥か未来に分かるものなのだから。
しかし、その意識を持てた事が平和への一歩であった。
終戦後、多大な被害を被ったセレニア王国、ロウダン王国。そして、多くの人々を失いバラバラになったリシュア都市連合は復興もままならない状況だった。そんな状況であれば、今までの五王国の関係から言うと国力の低下した国が出現すれば各々が利権を巡り、政治的な駆け引きや争いが起こっていた。
しかし、エックハルトは宣言通り素早く行動した。メシア王国のゲンロウと協力し莫大な資金を投入して復興支援や経済的援助が行われたのだ。全ての者が目的に向かって進めば瞬く間に復興していった。
かつてサラダールが話した『矮小な種でありながら良い方向に向かえば彼らは支え合い、高め合い、そして驚くような力を発揮する』という言葉をまさに体現するかのようだった。
しかし、負のエネルギーが減少した世界でも少なからず意志なき竜は現れる。
「今ならば国民の理解を得られる。大幅な変革をしなければならないのだ」
「我らの時代で礎を築こうかの」
それはエックハルトとゲンロウの会話であった。
彼らが行った主な改革は2つある。何れも容易に決断できるような生半可な改革ではなかった。
一つは各国の軍の解体、及び意志なき竜から人類を守る新たな組織の設立であった。その名は『滅竜師協会』と名付けられた。
滅竜の力を持つ者達を国という枠組みではなく世界という枠組みに組み入れた組織。運営は王ではなく各国の代表達でなされる。完全なる中立を謳ったこの組織は今のところは問題なく機能している。
国が保有する軍ではやはり自国の利益を追求してしまうのは仕方がない。その利益追求が行き過ぎればやがて戦争へと発展するのは歴史が証明してきた。故に滅竜師協会が設立されたのだ。
そしてもう一つは国家という枠組みを広げた連合の形成。政治、経済、物流、そして人の自由度を大幅に広げ各国同士が複雑に絡まりあう世界を目指したのだ。お互いが共生しなければ成り立たないシステムは裏を返せば協力せざる負えないという事。
人という種が背負う業は彼らが生き続ける中で永遠に付き合って行かなければならないものである。しかし、その業は人のあり方次第によって千変万化、軽くもなれば重くもなる。
意思なき竜という業から生まれた驚異は今までも、そしてこれからも無くなりはしない。
彼らはまだまだ遥か先にある理想に向かっていく。今はまだまだ先の話とは言えこれからの歴史が積み重なり、いつか達成される事を祈って彼らは行動し続けるのだ。
そんな理想の世界を目指すうえで最も活動した少年と彼を支える5人の竜姫。世界を救った英雄として誰もが知る人物を起用した呼びかけは大いに役に立ったとはエックハルトの言葉であった。
「もう無理……。これなら竜を倒す方がまだ楽だぞ……」
「ならばそのように頼む」
「はぁ~」
そんな会話の後、彼らは危険な意志なき竜を倒す旅を暫くしていたという。
◆◇◆◇◆
セレニア王国の南端。
ここには広大な山々と草原が広がるのどかな風景が広がっている。目的が無ければ誰も訪れないような地域にポツンと存在する村の名をモルネ村と呼ぶ。
そんな村にほど近い草原では今日も男が眠りについていた。
気持ちのいい陽光が草原に降り注ぎ、穏やかな風が吹くとざわざわと聞こえる音色。そんな心地よい草原で寝そべる一人の男の幸せそうな顔を見れば起こすのも躊躇われるものだった。
そんな彼の元に足音が聞こえてきた。
どんどんと近づいてくる足音の主は男によく似た黒髪の男の子だった。男の子は死んだ魚のような半目で男を見た後、ゆっくりと草原に寝転がる。そして、傲慢な動作で寝そべると空を見上げた。
「気持ちい~」
並んで眠る彼らは行動も仕草もよく似たもの。流れる雲と優しい風。のどかな空気がどこまでも流れていた。
暫く目を瞑り寝転がっていた男の子が唐突に口を開いた。
「なぁ父ちゃん」
「んあ? なんだよ面倒そうな顔をして。ここで寝てていいのか?」
死んだ魚のような目が子供に向く。本来ならばここで横にいる筈がない男の子に不審そうに尋ねたのだ。
「姉ちゃんと妹が優秀だから面倒だから逃げてきたんだ。俺もやればできるって周りに急かされるし……。はぁ~、こうして寝る時間も減っちゃったよ」
明らかにやる気のなさそうな言葉。憂鬱そうな溜息を吐く男の子は諦観した表情で流れる雲を見上げていた。彼の姉妹の優秀さが恨めしいとばかりに眉を顰めている。
「そうか……お前は父ちゃんと同じだな。俺の場合は幼馴染達が優秀で面倒だったんだよ」
心当たりがあるのか溜息交じりに呟いた男はどこか遠い目をしていた。
「ふーん、それって母ちゃん達のこと?」
「まあな。お前もこれからどんどん面倒な事に巻き込まれるぞ」
確信に満ちた言葉。まるで見てきたかのように実感が籠ったものだった。
「えぇ〜っ!! 嫌だなぁ〜」
うへぇと顔を顰める男の子を見てまるでかつての自分を見ているようだと男は苦笑する。いつも面倒毎から逃げてきた彼の血がやはり流れているのだろう。
「面倒臭がりは何かと巻き込まれるってのは俺が証明してきたからな。でも、お前もいつかやり遂げなきゃいけない事がでてくるさ」
大なり小なり何かに巻き込まれるのは誰だってそうだ。そして男は息子もまた自分と同じようにやり遂げるだろうと笑みを浮かべた。
「ちなみに父ちゃんが巻き込まれた面倒はどんな感じだったの? 母ちゃん達とついでに世界を守ってくれたって誇らしげにしてるからさ」
生まれてこのかた精力的に活動している父親を見たことのない男の子が疑わしそうに見つめる。彼の母親たちが語る父親の虚像と一致にしないのだ。
じっと見つめていると男が不意に顔を持ち上げ視線を一方向に向けた。
「お迎えが来たみたいだぞ……」
「父ちゃんもな」
そんな会話をしている二人の耳に複数の足音が聞こえてきた。大きな影と小さな影がずんずんと近寄ってくる。
「怒られるかな……」
「これは俺も怒られるぞ」
赤髪を伸ばした女性と左右で結った小柄な少女が目を吊り上げているのが見えてしまう。
その後ろに続くのはどこか諦めた様な、しかし優し気な表情を作4人の女性。さらにちょこちょこと後に続く女の子達の姿が見えた。彼らが良く知る彼女達を見て男の子と男は同時に溜息を吐いた。
「俺の幼馴染達が面倒だった件についてはまた今度な」
竜姫と怠惰な滅竜騎士~幼馴染達が優秀なので面倒な件~
これにて完結です!!
本当に永い間お付き合いいただき有難うございました。
たくさんの応援を頂き本当に感謝しかありません。
今作とは関係ありませんが、新作【白黒の英雄~系統無しだった筈の無能の少年は未確認系統で成り上がる~】でまたお会いできたら嬉しく思います。




