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94話


「殺す……殺してやるっ」


 真紅の大剣を振るったアリスは血走ったように紅い目でサラダールを睨みつける。感情と比例するように全身から真紅のオーラが立ち昇っていく。数合と打ち合う二人だったが、実力は大きく違う。


サラダールの黒剣が赤く染まりアリスの大剣の火が失われていく。


 しかし、アリスは止まらない。何度も何度も振り続ける彼女にサラダールは軽く打ち合わせる。届かない力を前にアリスは悔しさと情けなさで瞳に涙を溜めながらも突き動かされるように戦う。


「我を殺してみよ」

「お兄ちゃんを返せええぇっ」


 後ろの死角にいつの間にか回り込んでいたサーシャが短剣を突きだす。触れた空気が凍りつき、輝く軌跡を残すサーシャの竜具。どれ程の冷気を纏っているのか伺い知れるものだった。


「ぬるい」


 完璧に見切ったサラダールが僅かに動き難なく避ける。だが、新たに彼に迫る二つの影。


「「はあああっ!!」」


 そして挟み込むように左右から突き出された雷槍と翡翠の剣。


「ぬるすぎるっ!」


 大地から生み出される黒剣を前にしながらサラダールは竜具を一振りする。隙を伺っていたアリスもサーシャもローズも纏めて余波が襲う。


「「「「「うっ」」」」」


 それだけで、5人は吹き飛ばされる。


 地面を転がる彼女達を支えようとシュナイデル達が動くが目の前の竜姫達以外には興味が無いとばかりにサラダールが一閃する。


「貴様らは邪魔だ」


 手加減抜きの攻撃は容易く彼らの意識を刈り取っていた。残された唯一のヤマトが躊躇いながらも呟く。


「みなさん……ですが、ここはレグルス君を優先します」

 

 ヤマトが全力でレグルスを回収するとこの場から離れていく。だが、サラダールがその行いを容易に許すわけがない。


「死ねぇっ!」


 僅かな隙を作るためにアリス達は再び果敢にも挑む。


「我を憎めっ! もっとだっ!!」


 だが、一方的だった。サラダールは五大竜王を全ていた存在なのだ。それ故にただ強い。


 遊ぶように戦うサラダールを前に無数の裂傷が彼女達に刻まれていく。だが誰も諦めない。目の前の怨敵を倒すために挑み続ける。その光景は見るに堪えないものであった。


「終わりか?」


 そして可憐な乙女達の姿は無残なものへと変わっていた。まさしくボロボロになった彼女たちはそれでもユラユラと立ち上がる。


「レグルスが起きる前に倒すのよ」

「お兄ちゃんの為にもここでお前は倒すんだっ」

「ふふ、驚かせましょう。だから、ここでお前を倒しますっ」

「夫を支えるのが妻ですから」

「守って貰うだけではありませんわ」


 何度も何度も立ち向かっては地を這う彼女達だったが、やがて血を這う事しかできなくなっていた。


 ずるずると体を引きずりながらもサラダールへと向かっていく。


「我からの贈り物だ」


 その光景を楽しそうに見ていたサラダールが手のひらに5色の球状のオーラを生み出した。


 深く淀み濁った色、それはかつてカインツ達の手に渡った竜玉のような姿をしていた。しかし、決定的に違うのはそれが物質ではないという事。


 そして、ずるずるとひた向きに向かってくるアリス達にそのオーラを注ぎ込んだ。


「これは負のエネルギーを吸収し凝縮したものだ」


 ある変化が起きた。


「呑まれよ」


 サラダールの呟きが指したもの。アリス、ラフィリア、サーシャ、カエデ、ローズから溢れ出る竜気の色が変化していた。綺麗な真紅はドス黒い赤へ。澄み渡る青もまた濁った青へと黒く染まっていく。


 彼女達の目は真紅に染まり、サラダールを壮絶な表情で睨み付けている。手に持つ竜具はアリエスやカレンが見せた竜具の色。


「エネルギーが反転するのはいつ見ても楽しいものよ。そして、我の力が増す」 


 アリス達は堕ちた。眼の前でレグルスが刺された。どう見ても致命傷であり、もはや助からないと思える傷を見てレグルスを想う彼女達はサラダールをそれだけ恨み憎んでいた。


 そして、サラダールの言葉通り世界に蔓延る負を凝縮したエネルギーを注ぎ込まれたのだ。彼女達に宿る竜のエネルギーが負に堕ちるのも当然であった。盛大に吹き荒れる漆黒の竜気が一体に吹き荒れる。


 哄笑するサラダールを前にアリス達は変貌していた。

 挑むような視線を向けていた彼女たちは全てを憎むような凍てついた深紅の目に変わっている。それは誰が見ても堕ちたものであった。


 真っ黒に染まった竜具を手にアリス達はユラユラと立ち上がる。憎悪に染まった目で世界を睨みつける。人を憎み、世界を憎む5人の竜姫が誕生した瞬間であった。


 六王姫の意識を受け継いだ災厄となり果てた彼女達はサラダールの前に跪く。


「さあ、終焉の時間だ。我と共に人類を滅ぼそうぞ。世界を守ろうとして己が世界を滅ぼすという何とも愉快な話よ。手始めにそ奴らを殺して貰おう」


 サラダールが指した場所には意識を失い倒れるシュナイデル達がいた。


「これは憎き人類に味方する敵。さあ、殺せ」


 言われるがままに憎悪を宿した目で彼らに歩み寄っていく5人。楽しそうにサラダールは笑い続ける。長年に渡って蓄積された感情を爆発させるかのように笑う。


「さあっ! 殺せ」


 竜具を振り下ろすアリス達。






「おい、まだ終わってないぞ」

 

 その声に反応するかのようにピタリと止まる5人。何かに抗うように竜具を持つ手を逆の手で抑えていた。どれ程の力が込められているのだろうか、震える腕がその抗う意思を物語っていた。


「なぜ生きている?」


 サラダールの驚愕した声を無視してレグルスは歩く。


「その竜具は――」

「煩い」


 レグルスが持つ白い細剣から溢れ出した光がサラダールに降り注ぐと包み込んだ。繭に包まれるような状態へへと変化したサラダール。


「黙って見てろ」


 レグルスは彼女達の元へ歩いていく。


「どうやら大丈夫そうだな」


 いつのまにか彼女達の憎悪を宿していた筈の瞳が僅かに輝きを取り戻していた。

 どんな時でも助けてくれる――そう信じたレグルスを見て彼女達は笑う。


「レ、レグル……ス……いつも、遅い、わよ」

「もう大丈夫だ。いつも悪いな」


 そして、レグルスが白く輝く剣でアリスを斬った。


「お、にいちゃ……ん」

「お兄ちゃんを信じて待ってろ」


 サーシャの頭を撫でたレグルスは再び白剣を振るう。


「ふふ、待って……いましたよ」

「ありがとな。ラフィー」


 倒れそうなラフィリアを支えるレグルス。


「信じ、てい……ました」

「余り無茶をしないでくれ」


 白剣が振るわれるたびに皆の禍々しい竜気が消えていく。


「ぎゅってしてくれていいんですよ?」

「ローズはいつも通りだな……」


 その反応に苦笑しつつレグルスはそっと抱きしめた。


 皆の意識が戻っていた。だが、蓄積されたダメージは大きくその場から動けない彼女達を背にレグルスは立つ。その背中を見つめる彼女達は安心したような視線を向けていた。


「みんなの力を貸してくれ。これで終わらせる」


 その言葉に呼応するように彼女達から5色の光がレグルスへと注ぎ込まれる。アリスから齎された真紅の炎が姿を変え、白いオーラは純白の聖炎を作り出す。


 注ぎ込まれる色によって様々な形態へと変化していく。キラキラと輝く清浄なる聖氷。断罪の鉄槌と化した聖雷。優しさに包まれるような聖風。全てを育む豊穣の聖土。


 神秘的な光景が広がっていた。


「舐めるなぁぁっ!!」 


 それと同時にサラダールを包み込んでいた光が霧散する。憤怒に染まったサラダールの背には漆黒の翼がはためくと漆黒の波動が暖かい光を吹き飛ばす。


「貴様を殺す。我の邪魔をした報いを与えてやろう」


 烈火の如く怒るサラダールはレグルスを睨みつけ告げる。迎え撃つレグルスが片手を突き出しくいっと曲げる。


「さあ、来いよ駄竜」


 その言葉を合図にサラダールは翼をはためかせた。地面を吹き荒れる暴風と共に一直線にレグルスへ向かってくる。


 大地が捲れ上がる程の速度。


深淵世界アビスワールド


漆黒のオーラがサラダールの剣を覆う。全てを呑み込み崩壊させる絶大な力。触れた空間が歪んでいく光景はその力を物語る。


 漆黒の世界を纏ったサラダール。


白王聖域剣サラダール


 レグルスの背から美しい純白の翼が現れる。


聖域世界ホーリーワールド


 レグルスを起点に純白の領域が作り出されていく。そして、白と黒が激突した。侵食しようと蠢く闇と全てを浄化する光。


 その変化に取り乱したサラダールは切り結んだ状態で叫ぶ。


「なぜ貴様がその力を持つのだぁっ!」

「さあな、とりあえず死んどけ」


 レグルスが不適に笑う。


「その力は有り得ぬっ!」

「まあそうだろうな」


 レグルスとサラダールの剣戟が加速していく。


「我を浄化するとでも言うのかっ!?」


 咄嗟に上空へと飛び上がったサラダールを追いかけるレグルス。そして、上空で高速で繰り広げられる白と黒の閃光。戦いの余波は地上からでも視認できるものだった。


 まるで神話の世界のような光景が広がっていた。


 レグルスが振るった竜具から噴き出た白炎をサラダールが逸らした。衝突した白炎が大地を舐めマグマと化す。お互いが竜具を振るうと大地が隆起した衝突する。


 お互いが全ての属性を駆使して激しく戦う。


 そんな激しい戦闘を見つめていたアリスが呆然と呟いた。


「そんな……レグルス」


 いつまでも続くかと思われた拮抗は白の光が下降する事で終わりを告げたのだ。


「ふははは。所詮は人間よ。竜である我には勝てぬ」

 

 肩で息をするレグルスとまだ余力を多く残したサラダールが上下で向かい合う。


「これで最後だ」


 漆黒の闇が空を覆い尽くす程に広がっていく。世界が闇に呑まれたと思う程の現象。それを見つめるアリス達にも、そして遠くで戦いを見つめていたロウダン、ルーガスの民達も同じであった。


 禍々しい邪気が世界を支配する。


 絶望的な状況を前に誰もが諦めた。


「ああ、そうしよう」


 だがいつもの眠たげな目でサラダールを見つめるレグルス。


「もう終わりだ」


 呼応するようにレグルスの白王聖域剣サラダールから清浄なオーラが立ち上る。天を二分する相克した竜気。


「ならば終わらせよう」


 そして、同時に一直線に向かっていく。お互いが全力を出した状態で竜具を振るう。


 拮抗していたのは一瞬。徐々に白を染めていく黒。


「何をしたあぁぁあっ!!」


 だが、笑みを浮かべ勝利を確信していたサラダールの笑みが凍り付く。サラダールの手に握られていた竜具が先端から粒子となって消えていったのだ。


「俺の勝ちだ」


 それはレグルスの言葉。サラダールはレグルスに答える余裕もなく背後を振り返った。


「何故だ……テルフィナ……」


 竜具から姿を変えたテルフィナがサラダールを背後から抱きしめていた。


「サラダール様……あの時の涙の理由が分かったわ。あの子達が消えていく事を悲しんでいたのよ」

「やめよっ! テルフィナ」


 レグルスが迫る光景を見てサラダールは叫ぶ。


「もう終わりにしましょう。私も貴方ももう終わるべきなのよ」

「離せぇぇぇ――」

「さあレグルス。私と一緒に貫いて」


 そして、レグルスの白王聖域剣サラダールが二人を貫いた。清浄なる白が漆黒に染まったサラダールを浄化していく。闇が全てを呑み込み消し去るものならば、光は全てを照らし浄化するもの。


 サラダールに蓄積された負のエネルギーが見る見る間に消えていく。天を二分していた黒が白へと変わっていく。


「終わる……訳には……」


 消えていく負を取り戻そうとサラダールが手を伸ばすがテルフィナは離さない。もはやどうしようとも覆らないほどに黒は白へと変わっていた。


「くそがぁぁぁぁ!!」


 このまま消え行く事を悟ったサラダールはレグルスを睨みつける。


「このままではすまさんぞおぉぉっ!! 全てを呪えぇぇっ!!」


 サラダールはこの世の全ての負をレグルスへろ解放した。最後の最後に己に蓄積した負を注ぎ込んでいく。


「ふふふ、あーはははは……貴様が我の恨みを為すのだ。貴様は滑稽なり」


 サラダールは消えかけながらも笑う。レグルスが負に呑まれ人類を滅亡させることを確信して笑い続ける。


「さあ、滅ぼ――」

「残念だったな。俺はどうやら怠惰のお陰で大丈夫らしいんだよ」


 半目で告げるレグルスを見てサラダールは愕然とする。


「そんな馬鹿な事が……」

「いや、そもそも人類を滅亡させるって面倒だろ? 人がいなくなったらどうやって俺は怠惰生活を送ればいいんだ? 俺は嫌だぞ、そんな世界」


 それが本心からだと言う事を理解したサラダールは更に目を見開いた。時を同じくしてサラダールの体から全ての負が消え去っていた。


「どうやらあっちのサラダールが言ったことは本当らしい」


 穏やかな表情を浮かべるサラダールの体は徐々に光の粒子となって消えていく。


「ふふふ、まさかこのような怠惰な滅竜騎士が世界を救うとはな」


 愉快そうに笑うサラダールの姿は精神世界で見たものと同じであった。


「怠惰で解決なんて釈然としないものもあるんだがな」


 首を振るレグルスを見てサラダールはさらに笑う。


「感謝するぞ、レグルス……愛する人々を導いていくれ」


 その言葉を最後にサラダールとテルフィナが消えていった。


『すまなかったテルフィナ』

『いえ、私はどこまでもお供します』

『そうか。ならばまずは友と彼女達に謝らなければな』

『そうですわね。竜王様達は最後まで私達の事を考えてくれていました。それにアリエス達が頬を膨らませているに違いありません』


 そんな声が聞こえたような気がして、レグルスは微笑を浮かべながら空を見上げた。


「ふぅ。こんな気持ちの良い日は眠たくなる……」


 どこまでも青い空には雲一つなかった。

ここまでお付き合い頂きありがとうございます!!

面白かったと思って下されば幸いです!


ブクマ、下の☆、感想等ありがとうございます。

とても嬉しく励みになります。

ではでは、次話にて。


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