92話
「やはり五竜王の力は凄まじいわね」
そう呟くテルフィナは目の前で五属性を宿したレグルスを見つめていた。
生み出した闇の全てが悉くレグルスによって消されていく。レグルスの手には竜具は握られていない。しかし、手を振るうだけで荒れ狂う各属性の力。
「ここでお前を倒せば大方は解決する」
テルフィナが生み出した闇が吸収するよりも早く炎が吹き荒れる。辛うじて防いだテルフィナの背後にバチリとッという音を残してレグルスが現れる。
「呑み込みなさい!」
足元から湧き上がる闇がレグルスに襲い掛かる。
「氷刃千舞」
それさえも千となった煌めく氷刃の嵐に呑み込まれ闇を削っていく。終わりのない刃の舞いに晒されガリガリと無くなっていく闇。
そして遂に中にいたテルフィナへと刃が届く。どちらが優勢なのか一目瞭然であった。しかし、体中に小さな裂傷が刻まれ血が噴き出しているにも関わらずテルフィナは笑う。
「はぁ、もうこれ位で終わりね」
そして、彼女の周囲が闇で歪んだ。
それはかつて死神を連れ去ったものと同じような現象。覆われた闇は暗く深く中がどうなっているのか分からない。だが、確かに感じる重圧。
まるで深海のような重苦しい圧が辺りを支配する。
不吉な感覚にレグルスは即座に最大級の攻撃を叩き込んだ。
「消えない……か」
しかし、その感覚は消えないまま闇が鼓動する、
そして、蠢き霧散した。
長身でがっしりとした体躯を持った男。全身に浮かぶ漆黒の文様が酷く不気味なものだった。レグルスが何かを呟く前にギロリと男の深紅の目が射抜いた。
「我が来た、跪け」
その男の言葉にテルフィナが膝をつく。そして、時を同じくしてヤマト達を背に現れた5人の竜姫達も膝をついた。誰が見ても臣下の礼をとるその姿を見れば誰もが理解できる。
この男の正体
「長い間お待たせして申し訳ありません。サラダール様」
サラダールだと。
黒竜の姿ではなく人の姿をしたサラダール。以前見た巨大な漆黒の竜ではないが、その身からあふれ出る威圧感は先と変わらない絶望であった。隙を伺うレグルスだったがサラダールを前に手を出せないでいる。
「良い。して、此奴が我の鍵となった者か?」
周囲に展開するシュナイデル達を見て興味無さそうに視線を巡らしもう一度レグルスで止まる。
「はい」
「ならば肩慣らしといこう」
何気ない言葉だった。その言葉と同時にサラダールの姿が消えた。否、レグルスの眼前まで瞬時に移動していた。そっと突き出しただけなのだろう、しかし、その貫き手に驚異を覚えたサーシャが叫んだ。
『お兄ちゃん!!』
瞬時に作り出された氷の壁。
ガシャンッ
サーシャが生み出した氷の壁にサラダールの貫き手が衝突する。勢いを殺された手が極厚の氷壁の中ほどで止められていた。しかし、徐々にだが氷に罅が入っていく。
「忌々しい竜王共の子か。我もまた本気をだすとしよう」
ズボッと手を抜いたサラダールが再び瞬時に跪く5人の竜姫の前に戻る。
それを合図のようにニーナが口を開いた。
「全てはサラダール様の為に」
ニーナの姿が竜具へと変わりサラダールの手に渡った。
「うむ」
その力に満足したように頷くと徐に
バキンッ
「おい……」
レグルスが思わず声を上げた。竜具の砕け散った破片がパラパラと落ちる。バキリと再び鳴る音と共にキラキラと破片が地面に山を作っていた。そして、サラダールが立つ地点を起点に闇が広がる。
ニーナだった竜具は闇に呑み込まれ姿を消した。
「何を……しているんだ?」
その余りの光景にレグルスはそう呟くことしかできない。
「何をか……簡単な事だ、力を取り戻しておる。ララ、フィオナ早くせよ」
その言葉を受けてララとフィオナが竜具ヘと変わる。そして、再び繰り返される異様な光景。竜具とは竜姫が変化したものだ。それをへし折り、あまつさえ闇に吸収したと言う事がどういう事か。
「お前らも何も言わないのかっ!!」
レグルスが残されたアリエスとカレンに叫ぶ。しかし、彼女達は平然としている。
「これが私達の望んだものよっ!」
「そうだよ!!」
それが当然であり、望むものだという表情を作る彼女達。仲間が無残に殺されたたというのに何も感じていないような仕草を見せる二人は気が付いていない。
「じゃあ何で涙を流しているんだ」
彼女達の両目には一筋の雫が頬を伝っていた。指摘された二人が頬に触れると確かに感じられる雫。戸惑いを浮かべた二人は理解できないといった表情を浮かべた。
「あ、あれ……?」
「分かんないよ〜。でも、これが本心から望むものなのは確かなんだ!」
「何をしている」
しかし、サラダールの言葉によって彼女達は止まらない。そして、竜具ヘと姿を変えた二人もまた同じくサラダールに吸収された。
「これで我はかつての力を取り戻した」
5人の竜姫を消したサラダールがテルフィナを見る。
「なぜお主も涙を流しておる」
そこに立つのは涙を流すテルフィナであった。
「……恐らく嬉しいという感情でしょう」
「ふむ、ならば良い。黒王深淵剣」
サラダールの手に握られた黒王深淵剣の切先がレグルスに向けられていた。しかし、サラダールは首を傾げると頭を振る。
「未だ力が足りぬな……ならばこうしよう」
ドスッ
それは刹那のものであった。誰も反応できず結果を直視する。
「ぐぅっ……」
「先の件に動揺していたのか? 他愛もない」
漆黒の剣を胸に生やしたレグルスの口から盛大に血が吹き出す。胸から滴り落ちる血が大地を赤く染めていく。サラダールの剣を持つ腕を両手で握りしめたレグルスはこれ以上進ませない為に離さない。
しかし、結果は残酷にも変わることは無かった。
「終わりだ。……ん?」
止まらない剣がレグルスの背を破り貫いた。しかし、その際に僅かに違和感を感じたサラダールが竜具を見つめる。
「やはり力が鈍っている……か」
その違和感が己の力が鈍っているのだと結論づけたサラダール。
「さて、どうする?」
力なく腕がぶらりと垂れ下がるレグルス。
漏れ出ていた5色の光が弾けると同時に地面に投げ出された5人の少女は一様に青褪めた表情で結果を見ていた。
「嫌よ……。ねぇ……レグルス」
アリスがその場でしゃがみ込む。まるで現実から逃げるように頭を振る彼女は自身の体を抱きしめる。だが、その手は大きく震えていた。
「そ、そんなっ――」
レグルスの元へ走り出そうとしたサーシャはその場で転倒する。力なく伸ばした手はレグルスを掴むように虚空を彷徨う。
「おにい、ちゃん」
絶望に染まった瞳からとめどなく涙があふれていた。
「レグルスさんが……」
ラフィリアはその場でフラリと体を揺らすとペタリと崩れ落ちた。
「……」
「……」
カエデもローズも言葉を出せない。何度も口を開いては閉じてを繰り返す。脳が追いついていないのだろう、ただ貫かれたレグルスを見つめていた。
誰もが動けない。そんな光景をつまらなさそうに見ていたサラダールが呟く。
「反応が薄いな」
剣をレグルスの腹から抜いたサラダールが再び構える。その切先は胸に向いていた。未だ僅かに息をするレグルスの息の根を止める攻撃を前に彼は僅かな気力で口を開いた。
「逃げ、ろ……」
レグルスの言葉に反応を見せる5人。サラダールは何が面白いのかレグルスを甚振るように傷口に切先をあてかきまわす。
「……っ」
声にならない声をあげるレグルス。
「絶望せよ。我に嘆き恨め。今より此奴を殺す」
その言葉を合図にアリス達が一斉に駆け出した。何も考えず、ただ体が動いた彼女達を見てレグルスを投げ捨てるとサラダールが笑う。




