91話
「あっちも始まったな……」
奇しくも5対5となった向こうの戦場を見てレグルスは呟く。彼らほどの実力者同士が戦えばその戦場は広大なものになるのは当たり前であった。
今も天変地異の如く様々な属性が吹き荒れている。
「お父様は……」
「大丈夫だ。おっちゃんも強い」
心配そうな表情を見せたローズに告げる。
「それよりもコイツの相手は少し骨がおれそうだ」
そして、テルフィナが残るこの場所でレグルス達は相対している。彼女だけが属性を知られていない。そもそもサラダールの竜姫としての彼女の実力が低いはずが無かった。
「今までもこうして何度か会ったわね。でも、今日は本当の意味での戦いよ」
「だろうな」
「始めましょうか」
恍惚の表情を浮かべたテルフィナの言葉が合図となった。
レグルスが緋王煉獄剣を振るう。大剣からゆらゆらと漏れ出す莫大な炎。それが白く染まり視界一杯に出現する。炎竜王の息吹とでも表現できそうな業火だ。
「地王縛鎖」
地面から無数に現れる黒鎖が蠢き筒状の円環を作り出していく。そして、噴出した白炎が筒に沿って莫大なエネルギーを一点に集中させる。溶けた鎖が溶岩となり辺り一面に爆散した。
たったのそれだけで地形が変わる程の威力。テルフィナが居た地点を中心に巻き起こる大爆発は遠くで戦っていたヤマト達も視線を向けざる負えない程のものだった。
しかし、相手はテルフィナ。
「おいおい、何の能力なんだよ……」
その場から一歩とたりて動いていない。ただ右腕を振り払ったような動作をしたのみ。その結果は白炎が呑み込まれるような消滅であった。見た事がない能力に警戒レベルを最大にするレグルス達。
相殺された訳でもなく、回避したわけでもない。
「お兄ちゃん……どうするの?」
一筋縄ではいかないとは思っていたが、無傷だった事にサーシャが表情を曇らせた。
「レグルスさん。以前、死神を迎えに来た時の闇を覚えていますか?」
ラフィリアが心辺りを思い出す。
「ああ、確かあいつが現れるときに闇が現れたっけ……。それから消えた」
「そう闇でした」
考え込むレグルス達を前にテルフィナが指を鳴らす。
パチン
レグルス達が立つ地面に現れた闇。
「やばそうだな……」
闇が変化していき形を作る。そして、漆黒の球体が蠢いた。
「逃げろっ!!」
咄嗟に叫んだレグルスに続き三人がその場から離れる。それと同時に球体が触れていた部分がごっそりと飲み込まれるように消滅した。
「ふふ、危なかったわね」
悠然とほほ笑むテルフィナは再び指を鳴らしていく。無数に生まれる漆黒がレグルス達を囲むように展開する。だが、レグルスとて黙って見ているわけではない。
「黒縛剣」
地面から鎖を伴い何本もの剣が生まれていく。
「貫け」
言葉を合図に縦横無尽に走り出した黒剣。ピンポイントに漆黒を貫くと一緒に消滅していく。だが、それよりも多く生まれ続ける黒剣がテルフィナへと殺到した。
「いい攻撃ね。でも、これは際限なく生み出せるのよ」
「任せてっ!」
そして、レグルスの背後から飛び出す人影。サーシャが走る鎖に足を掛けるとそのまま疾駆する。軽快に駆けるサーシャは鎖を足場に飛び上がると短剣を振るった。生み出される氷針が球体を貫いていく。
四方を掛ける数多の鎖を足場に乱舞するサーシャが次々と球体を消していく。もはや球体はサーシャによって防がれていた。
「参ります」
「ふふ、見ててくださいね」
二人がテルフィナを強襲する。風のように疾駆するラフィリアと閃光となったカエデ。まさしく疾風迅雷の彼女たちが左右からテルフィナを強襲した。そして止めとばかりに鎖の先端、黒剣が発火し炎蛇を形作ると殺到した。
だが、それさえも全て防がれる。テルフィナが左右に伸ばした両手に触れた槍と剣がその輝きを失い止まっている。炎蛇に至ってはテルフィナの眼前で全てが静止していた。
「それが本気かしら?」
悠然と呟くテルフィナが両手で彼女たちの竜具を握りこむ。その行為にレグルスはゾクリとするものを感じ、駆け出した。両手に持つ二振りの竜具をテルフィナへと振るう。
だが、全てがあたる直前で静止していく。何度も何度も振るうも速さが奪われたように静止する不可思議な現象を前に焦りへと変わっていく。
「くそっ! お前ら離れろっ!!」
咄嗟に後退った二人は距離を取る。続けてレグルスも爆炎を生み出し後退した。再び相対する彼らであったがその顔色は大きく違う。
ここまでで分かったテルフィナの能力にレグルスは顔を歪める。
「吸収か。空間も速度も力も何でも吸収している。そんな力ありかよ……」
何度も切りかかったレグルスが感じた感触。テルフィナに触れる前に失速していくのを確かに感じていた。全ての攻撃が消滅する現象とそれらの現象。そこから導き出された答えに戦慄を覚える。
目の前に立つテルフィナの埒外の力はまだまだこんなものではない。そう教えるようにテルフィナは笑う。
両手を合唱したテルフィナが紡ぐ。
「黒王深域剣」
ずるずると姿を現した漆黒の剣。その竜具から波紋が広がった。
「さあ、これで終わってしまうのかしらね。深淵世界」
その瞬間、レグルス達はこの空間が何かに変化した事を察した。そしてその考えはすぐさま肯定される事となる。闇がこの辺りを囲っていく。そして、ゆっくりとテルフィナが竜具を突き出した。
離れた位置に立つレグルスの目の前から突如として現れる竜具。切っ先は頭部を捉えそのまま進めば串刺しとなる。
「くっ……」
咄嗟に首を振って避けるレグルス。そして、先ほどの深淵世界の力を思い知った。それからも際限なく襲い掛かる竜具を何とか躱しつつ考えるレグルス。
「どうする……」
考えてもテルフィナに勝つ方法が思いつかない。圧倒的なテルフィナを前にレグルスはどうするべきか考え続ける。
「仕方ない……」
そんな彼の元に集まった三人が決意した表情を見せていた。
「レグルスさん、ここで使いましょう」
「そうだよ、お兄ちゃん。どのみちアイツを倒さなくちゃ始まらないよっ」
「さあ、レグルス。力を見せてやりましょう」
「まさか、サラダールと戦う前にこうなるとはな……」
彼女たちがレグルスの周りに立つ。
それぞれが頷くと同時に竜具へと姿を変えていく。三振りの竜具の前に立つレグルスは徐に体に突き立てた。
吹き荒れる青、緑、黄の竜気がレグルスを包み込んでいく。その姿はカレンと相対したときに見せた姿。竜王の力をその身に宿す力である。
「それで勝てるのかしら?」
三色の輝きを身にまとったレグルスを見てテルフィナは笑う。未だ彼女は余裕の態度を崩さない。
「避けられないでしょう?」
そして、そんなレグルスに向かって四方八方から闇を凝縮した手が迫りくる。
「これだけじゃないさ」
両手に持つ二振りの竜具を更に突き刺した。
吹き荒れる五竜王の竜気。五大属性の頂点に座していた竜王が持つエネルギーは想像を絶するものだ。完全に開放された力が吹き荒れる。
例えそれがサラダールの力だっとしても、その膨大なエネルギーが深淵世界を歪めていく。
「これでいい……これで全てを終わらせる」
テルフィナが形容しがたい表情を浮かべた。
「こっからだぜ」
そして同時に闇の世界がバラバラと崩壊していき、渦巻く五色が天を突いた。
◆◇◆◇
爆炎と超高温のレーザーが大地を抉り取る。ガルシアとジークハルトは結果を見ずに次の行動をとっていた。飛来する巨大な氷塊が頭上から迫りくる。
しかし、地上に大きな影を落とす程の氷塊に向け数多の雷が地上から放たれる。バリバリと轟音を響かせる雷の筋は氷塊に激突していく。
シュナイデルが高速で打ち出す閃光を前にバラバラに砕け散った氷塊とてその大きさは巨大。当たれば只ではすまないものだったが、キョウヤが一振りすれば吹き荒れる嵐が生まれ全てを散らしていく。
続けて放たれる巨大な火球が連続して迫ってくる。だが、その全てを切り払ったヤマトは余りの不可にその場で膝をついた。
「でたらめにも程がありますよ……」
先ほどから繰り返される超ド級の攻撃の嵐。一つ一つが容易く地形を変える攻撃はまさしく悪夢であった。それはヤマトと同じく戦う4人も同様に疲労が蓄積していた。
「六王姫ってのは相変わらず化け物揃いだ……」
悪態を吐くシュナイデル。思い出すのはセレニア王国での戦いだ。ベルンバッハのお陰で抑えることが出来ていたが、こうして戦ってみるとその規格外さがよく分かる。
「あの黒い箱も気になるが、ここを何としてでも死守せねばならん」
ガルシアは遠くに現れた闇に視線を向けそう呟いた。
「あの闇はやばそうだな」
キョウヤは闇から溢れ出る不穏な気配に当てられてのか、額から流れ落ちた汗をぬぐう。
「レグルス君に助勢するべきでしょうが……」
だが、言葉とは裏腹に大きく消耗した彼らにとって目の前の敵は余りに強敵であった。
「ジーク、まだいけるか?」
「もうそれなりに力を使っている」
滅竜騎士の二人の視線の先には少しばかり疲れた様子の5人の少女。消耗度合いで比べれば大きく差がある。これまで拮抗していた彼らであったが、戦いは劣勢のまま佳境を迎えようとしていた。
戦略を立て直すべく思考する5人。だが、いつまでたっても彼女達は動かない。いや、既にヤマト達から興味を失ったかのように現れた闇を見つめたまま静止している。
「何だか分からんが……余所見とは余裕だなっ!!」
そんな状況に業を煮やしたシュナイデルが雷槍を大きく振りかぶり動こうとしたその時。闇から現れた五色に輝く光が天を衝いた。
「次はなんだっ!」
その幻想的な光景に思わず意識を奪われたシュナイデル達。刻一刻と超常現象のように変化する戦場に苛立たし気に吐き捨てたシュナイデル。だが、この光を待っていた彼女達は動く。
「戦いはもう終わりだよっ」
アリエスの言葉と共に5人は一斉にテルフィナの元へと向かっていく。




