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90話


パンッ


 乾いた音が響き渡った。

 詰め寄ろうと大股で歩いていた3人が思わず固まってしまう。それ程に意外な光景だったのだ。


 右手を振りぬいた状態で静止した状態の少女。


「今回ばかりは怒っています。レグルスさん……」


 その音を作り出したのはラフィリアだった。いつもはレグルスを肯定する事が多い彼女だったが今は眉を吊り上げレグルスを睨みつけている。


「「「……」」」


 怒っていたアリスも、サーシャも、カエデも黙り込んだまま見守っていた。


「どれだけ心配したと思っているんですか……」


 押し殺したような声音。


「ごめん」


 レグルスはそう一言だけ告げる。


「もう勝手にいなくならないで下さい……」


 すると、レグルスの無事を確かめるようにラフィリアが裾を掴み俯く。


「ぐすっ」


 目に涙を浮かべたラフィリアはじっとレグルスを見上げた。

 こんなにも感情を表に出したラフィリアを見て、レグルスは驚きと共に申し訳なさそうに眉を寄せるともう一度皆に向かって頭を下げる。


「ひぐっ。お兄ちゃんのばかぁ~」


 綺麗な青がレグルスの背中に突撃した。顔をグリグリと押し付けその存在を確かめるように抱き着く力を強めていく。


「ふふ、えいっ!」


 眺めていたローズがレグルスの右腕に飛びついた。彼女らしい行動にレグルスは苦笑を浮かべながら受け止める。


「ふ、ふんっ! バカっ」


 そして、アリスが少しばかりうるんだ瞳を悟られまいとそっぽを向く。しかし、ちょこんとレグルスの裾を握るのは忘れない。


「そうですよ、レグルス!」

「悪かった」

「もうレグルスさんは独り身じゃないんですから」


 まるで妻のような発言をするカエデに思わず頬が引きつってしまうのは仕方がない。一先ずの区切りがついたことを見計らったロイスがレグルスに話しかけようとする。


「レグルス、終わったか? ならば説明を――」

「カエデ……立派な妻になって……」


 だが、その問いかけは傍観していたヤマトの声に中断された。


「おい、ヤマト。俺は突っ込むべきか?」

「……?どうしました、キョウヤ様」


 そんなやり取りをするのはメシア王国のヤマト、そしてキョウヤである。その後ろではヒイラギとサクラが微笑ましそうに眺めていた。


「ジェシカ……止めるなよっ」

「男は黙っていなさい」

「だが、ジェシカ……いや――」


 妻の無言の重圧に撃沈した親バカであった。


 死神の言葉を受けてこの場に集まったのはヤマト、サクラ、キョウヤ、ヒイラギ、そしてジークハルト。セレニア王国騎士団長のシュナイデル、ガルシアとその妻の竜姫である。


 言わば現時点での最高戦力が集結した事になる。彼らがここに来た理由は一つ、サラダールと六王姫達との最終決戦であった。


 しかし、レグルスもまたある意味では最終決戦の最中となっていた。


「それで、説明してよねっ!?」


 じりじりと詰め寄る三人の包囲網。カエデだけは後ろからそれを見守っている。彼女的には特に言う事がないのだろう。「レグルスほど強い方なら女性が集まるのも仕方がありません」とはカエデの発言であった。


 実力至上主義の国で生まれ育った彼女ならではの価値観ではあったが、他の3人はそうもいかない。


「お兄ちゃん……。ローズさんは?」


 サーシャが淡々と尋ねる。


「……契約した」

「ふーん」

「お兄ちゃんっていつの間にかこんな風になったよねぇ~」


 二人から冷たい視線に晒される。助けを求めるようにラフィリアを見たレグルスに頷くと問いを投げた。


「理由を聞いても良いですか?」

「あ、ああ。今回は――」


 そして語る内容。全てを話し終えたレグルスは恐る恐る反応を伺っていた。すると返ってきたのは諦めと共に少しばかりの納得であった。


「――そ、それなら仕方がないわね。逆に何もしないレグルスって考えられないし」

「お兄ちゃんとローズさんかぁ~。いつかはこうなると思ってたけど」

「はい。例え増えたとしても今さらですね」

 

 既に4人と契約しているレグルスに対して今さら感が強い三人であった。更に相手がローズと言う事もありこれ以上追及する必要性を感じなかったのだろう。これが見知らぬ女性であればこう簡単にはすまなかったに違いない。


 機を見ていたのか傍らのローズが前に進み出る。


「という事なので、これからよろしくお願いしますわ」


 ローズがぺこりと頭を下げるとロイスが再び口を開いた。


「レグルス……説明を――」


 ロイスの言葉は空しく空を切る。


「さて、レグルス君。僕もグレイスから大体の事は聞いているけど、詳しく詰めていこう」


 レグルスと最も付き合いがあるヤマトが告げると彼らの元にシュナイデル達が集まってきていたのだ。


「レグルス君、まずアレについて聞かせてくれるかい?」


 彼が指さしたのは大地に支えられ宙に浮く陸の事であった。とてもで無いが自然に出来た物とは考えずらい。ましてや良く見れば浮島にたくさんの人の影が見えるのだ。


「あれは暴動を起こした市民達をグレイスが隔離した結果です。どうやら収まりそうに無かったので血が流れない方法をとったんだと」

「なるほど。それで、死神の二人はやはり……」

「自刃しました。地竜王の力を継がせる為でしょう。それに色々とあったようです」

「どうやら語ったのは本気だったようだね。彼が僕達に伝えた内容どおりだよ」


 レグルスが出ていった後、グレイスとキャロルが説明していたのかそこに驚きはなかった。だが、誰しもが考え込むように押し黙る。死神の二人もまたサラダールに翻弄された者達だったのだから。


「最後は笑っていましたよ。いつも唐突に現れては消える彼ららしい最後でした」

「彼らの為にもここで終わらせよう」


 そうして今後についても軽く話し合う彼ら。


 最後はテルフィナが話していたサラダールが時期に目覚めるという事実を共有し、その場で彼らは戦いの準備を始めるのだった。


「ロイス様……無視されて涙目になっていますよ」

「そんな訳ない……」


 遠くで何故か落ち込んだ様子のロイスを見つけたレグルスがようやく向かっていく。


「悪かったロイス。ん? 何で涙目なんだ?」

「う、うるさいぞっ……」


 そんな光景をマリーは微笑ましそうに眺めていた。


◆◇◆◇◆




 それは前触れも無く起こった。


 天を突きさす漆黒の光。


 初めは僅かな光だった。天に昇る光は気が付けばその範囲を広げ極大の柱へと変わっていた。そこから漏れ出す圧倒的な圧だった。誰もがその暗く、深く、不気味な黒の光に全身が粟立つ。そして、その光が指向性をもって動きを変えた。


 こちらに進路を変えた光を見てこの場にいる精鋭がとった行動は同じだった。即座に竜具を顕現させると、最大出力の防御技を周囲に展開する。迫りくる光が視界を覆い尽くす。


 どれだけの時間、降り注いでいたのか漆黒の光が弾けた


「大丈夫か?」

「はい、何とか大丈夫です」

「何なのよっ」


 傍らに立つラフィリアとアリスの無事を確認したレグルスに少し離れた位置に立つサーシャが元気よく呼び掛けた。


「お兄ちゃん! こっちも大丈夫だよっ」


 そこには無事な様子のローズとカエデの姿もある。そして、彼らは周囲を様子を伺った。極大の光が齎した被害は尋常ではない。平坦だった大地の大部分がクレーターとなって広がっている。所々に残っている平坦な土地には防ぎ切った他の者達の姿。


「ロイス! ここから離れてろっ」

「しかし……いや、理解した」


 辛うじて防いだロイスだったがその姿は疲労を色濃くしている。いくら優秀とはいえ相手は化け物を煮詰めて更に化け物を掛けたような相手だ。悔しそうに頷いたロイスがこの場から離れていく。


 まさしく破壊が行われたこの場所では騎士団長クラスの者でなければ生き残る事は叶わなかっただろう。それほどの破壊をもたらす者の存在はただ一つ。


 降臨する6つの光。


「お待たせしたかしら?」


 漆黒のドレスがふわふわと風に揺られていた。テルフィナを中心に六人の竜姫が姿を現していく。彼女からあふれる尋常ならざる竜気が圧迫感を持ってこの場を支配する。


 しかし、そんな中にあって堂々とした少年が声を上げた。


「ああ、ちょうどいい時間だ」


 平然と話すレグルス。そして傍らに立つ5人の少女は六王姫と対峙する。いつでも動けるようにヤマト達もまた既に臨戦態勢をとっている。


「そう、では始めましょうか」


 初めに動いたのは雷竜王のニーナ=ロウダン、そして嵐竜王のララ=リシュアであった。


「早く死んでよねっ」


 ニーナの体から黄色いオーラが吹き上がる。周囲にはバチバチとスパークが弾けていた。彼女が持つ雷を模した槍は黒雷を纏っていた。


「先手必勝です」


 そして、翡翠の剣には可視化できる黒い風が纏っている。どちらも尋常ならざる竜具であり、内包する力はそれこそ桁が違う。しかし、彼女たちは思い違いをしていた。いつもの彼女達ならば冷静に戦闘を組み立てていた筈だ。


「雷と風か……ならローズ、アリス、手を貸してくれ」


 古の戦争を生き残った彼女達が戦いの定石を知らないなどありえない。だが、古より待ち望んだ時を前にして彼女たちは急いた。


 故に


「待ちなさいっ!」


 テルフィナが焦ったように叫ぶ。


「お前らの相手は後でしてやる」


 アリスとローズ、この二人が竜具へと変わる。『緋王煉獄剣イグニアス』、『地王縛鎖剣ガイア』。二振りの剣がレグルスに握られた。


 ニーナが雷の如く加速する。鋭角に消える姿が気が付いた時にはレグルスの眼下。槍先を上に向け一気に振り切った。彼女の雷速でもって放たれる技は不可避と思われた。現に知覚できていても、騎士団長達は間に合わない事を悟っている。


「黒砂縛」


 しかし、地面から無数に伸びた黒い鎖が槍を巻き取り固定する。そして雷槍の真価である轟雷が切っ先から放たれるが、それさえ密集した黒砂縛を抜ける事が叶わない。更にニーナの地面が黒く染まり、無数の黒剣が突き出していく。


 咄嗟に後方へ後退ったニーナを追撃する黒剣。根元には黒い鎖が存在し、縦横無尽に駆け抜ける。


「うそっ!?」


 大きく後退したニーナは元居た位置にまで後退していた。未だレグルスはその場から一歩も動いていない。更に遅れてララが莫大な風を頭上から解放した。その圧はレグルスの周囲にクレーターを作り出す。


「返すぞ」


 だが、振るわれた緋王煉獄剣イグニアスから白炎が放たれた。全てを焼き尽くす高温の炎が風とぶつかればどうなるのか? それはララが証明した。吹き上がる風に煽られ態勢を崩すララ。


「戻りなさい!」

「すみません……」


 吹き飛ばされた勢いそのままに元居た位置に戻ったララ。再び振り出しに戻っていた。一連の戦闘を見ていたヤマト達はすぐさまレグルスの元へと駆け寄る。


 相対する両者。特にレグルスを経過した六王姫は動かない。


「流石に全てと契約した紛い物は強いわね」

「僕のイライラを分かってくれたかな?」


 カレンの言葉にアリエスが以前の戦いを思い出したのか呟く。彼女の場合はレグルスに加えて、死神、そしてヤマトを相手にしていたのだからその苦労が分かるのだろう。カレンたちは一様に同情の念を向けていた。


 だが、いつまでも膠着しているわけにはいかない。未だに動きをみせないサラダールを睨みつけながらレグルスに告げる。


「レグルス君! 六王姫は私たちが抑える!! 君はテルフィナを倒してくれ」

「貴方達もあいつらの相手をして貰うわ」


 どちらとも示し合わせたように散開する。

 

 人類の存亡をかけた戦いはまだ始まったばかりだった。

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