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88話


 月明かりが照らす街道を一人の少女が駆けていた。緩やかにウェーブする金色の髪も今は流れる風に煽られボサボサの状態であった。焦燥感と共に走る彼女はローズである。確信があった訳ではない、それこそローズとレグルスの関係はそう長いものでもなかった。


 しかし、いつものようにからかい半分で寮に向かった彼女は静かに眠る4人、そしてレグルスがいない事に気が付いたのだ。


「やっぱりそんな気がしていましたの……」


 過去にハーフナーと戦った際に感じた彼女たちへの思い。それは、幼馴染のアリス、ラフィリア、サーシャを狙われたレグルスは静かに怒っていた。そこにカエデが加わったことに関しては少しばかり嫉妬の念が過るがそれは今はいい。


 そして、昨日のテラスでの会話。今回の件は裏組織や竜が相手ではなく市民が相手なのだ。それも、煽動されているとはいえ原因はレグルス達となっている。彼が動く理由としては充分だったのだろう。


 何をしようとしているかまでは分からなかったが、相手は2カ国の市民達、そして主導する竜騎士達なのだ。


「竜具を使えない状態ではいくらレグルスさんとて厳しいですわ。彼の思いを考えればアリスさん達を起こす訳にはいきませんし、せめて私だけでも行かなくては……命の恩を返しますわ」


 決意を顕に走るローズ。父や国に報告する訳にはいかない。レグルスの独断専行によって、セレニア王国側は軍を出さざる負えないだろう。そうなれば人間同士の戦争が始まってしまう。


「恐らくレグルスさんは誰にもバレず今日中に終わらすつもり……」


 名無しのアジトに乗り込みハーフナーを倒したときのように彼は難なくやってのけるのかもしれない。だが、相手には六王姫という未知の敵がいるのだから心配は増大するばかりだ。


 情報によればロウダン王国の王都に集団が集まっていると聞いている。レグルスの性格からして向かうとすれば王都に直行だろう。駆けるローズだったが立ち止まることを余儀なくされた。


 地理的にセレニア王国とロウダン王国はそう離れていない。しかし、大多数の人間は死の大樹林を迂回しなければならず時間と距離は増えてしまう。竜の棲家となっている森の前でローズは自分がとれだけ焦っていたのかを痛感していた。


 聖域が無ければ竜姫は竜具を顕現できない。せめて、レグルスの事を親友だと自負しているケインやロイスを連れてくるべきだったと激しく後悔していた。


「ここを生身で突破するのは自殺行為でした……。私としたことが――」

「ふむ。やはりレグルスはバカものだな。昨日の態度に何かあるとは思っていたが、見張っていて良かったな」

「ロイス様……それは一歩間違えればストーカですよ……」

「な、なに……それについては問題ない」


 それは聞こえるはずのない声。振り返ると堂々とした立ち姿で歩いてくるロイスの姿があった。しかし、グサグサと刺さる単語に弱々しく歩幅が縮まっている。


「この僕の手を煩わせるとは世話のかかる奴だ」

「ロイス様は頼ってくれなかった事に怒っているのですね」

「マリー……」


 カッコよく決めたかったのだろうが、マリーはそれを許さない。悲しそうな呟きが虚空に消えていった。


「ロイスさんにマリーさんっ!?」

「手を貸します、とロイス様は言っていましたので」

「僕の聖域があればこの死の大樹林も抜けられるでしょう」

「危険ですよ……?」


 そんなローズの言葉は愚問だとばかりに大仰に首を振るロイス。


「友を見捨てたとあればバーミリオン家の名に傷がつきます。それに……個人的な理由もあるので」

「そう……ですか。では、参りましょう」


 ローズの脳裏に浮かぶのはロイスの父、そして兄が殺された件であった。ロイスをチラリと見やればそれが憎悪に呑まれた復讐では無いのだろう事は理解できた。しかし、瞳に宿るのは力強いものだった。 






◇◆◇◆◇





 ロウダン王国の王都は騒がしかった。それは先程まで行われた両王国の王族の死刑に起因する。最後まで尽力していたアルノー。そして、どれだけセレニア王国に対抗心を燃やしていようが最後の一線を守ろうとしたロウダン王は憎悪に汚染された人々によってその命を散らしたのだ。



「私はこの日をずっと待っていた。裏切り者のロウダン王のもと英雄ガイネクス、そして将軍達は己の武を誇張し、贅の限りを尽くす為に民に永らく過酷な我慢をしいていた。しかし、あの日、六王姫の方々の協力で民達を開放することができたのだ!!」


 王宮のテラスから朗々と話す彼の声に皆が聞き入る。彼はロウダン王国で唯一生き残った将軍パルセラスである。


「我らが信じるのは英雄サラダール様のみだっ! 5カ国の王達、己らが世界を握る為に裏組織と結託し、永きに渡る封印という洗脳によってサラダール様を利用した!! 幸いにも今日、この日、

アルノーとロウダンは我らの前に裁かれた。残すは全ての元凶、セレニアとメシアである!! 洗脳から解放されたサラダール様は我らと共にある!! 全てを終わらせた暁には死んでいった者達を生き帰らせ、我らを新たな世界へと導いてくれると仰られた。サラダール様、万歳! 万歳! 万歳!」

「「「万歳!!」」」


 眼下で広がる復唱は終わることなく伝播していく。そして、群衆の興奮した様子を見届けた彼は王宮内の部屋へと帰っていく。


「勝つのはサラダール様達であり、新たなる世界の王となるのはこの私だ。そして、お前は王の后となるのだ、ミザリー」

「ええ、それはとても楽しみですわ」


 パルセラスの竜姫ミザリーは薄く微笑む。


「5カ国の均衡などあの方たちにとっては些事に過ぎん。超常の力はそれだけで全てを統べるに値する。そして、選ばれた私達もまた統べる側だ」

「あぁ、待ち遠しい……」


 二人になった彼らはあの日の戦いを思い出し震える体を必死に抑え込む。ガイネクスを赤子の手をひねるように殺した六王姫、そして現れたサラダールの力は彼の理解をゆうに超えていた。そして、浮かぶのは恍惚の表情。


 セレニアに何とか喰らいつこうと英雄ガイネクス、そして滅竜騎士を筆頭に創り出していた幻想の何と滑稽なことかとパルセラスは笑う。蟻が地面で何をしていようが遥か高みから見下ろす者には関係ない。


『先の世界で王という立場をあげるわ。欲しければ私の言うことを聞きなさい。民の憎悪を扇動し混沌を創り出す。これだけでいいわ』


 怪しげなローブに身を包んだ少女。名をテルフィナと語った彼女から漏れ出る死の気配に頭を垂れるしかなかった。既にこの戦いの結果を確信している様子の彼女。


 もはや彼女達の勝利に疑う余地はない。人間が勝てる相手ではないと本能で理解していたパルセラスは反抗する気さえ起きなかった。そして、欲望のままに従うことを良しとした。


「パルセラス様、ご報告です!!」


 そんな彼らの元へ部下の一人が尋ねてきた。


「入れ」

「パルセラス将軍! 王都近辺に配置した者より交戦とのことですっ!! 


 焦った様子で告げる部下に覚めた視線を送る。


(その程度の事もろくに対処できんとは、先の世界では不要だな)


 選別を行う優越感が脳を満たす。


「どこの軍だ?」

「いえ、その相手は……一人しか確認できずとの事でした」

「セレニアか? いや、一人となると……もしや、レグルスとやらか……」


 噂程度には聞いていたレグルスの存在。たかだか個人相手に関心を寄せる存在に眉を寄せる。


「どうなされますか?」

「計画が進んだ以上、不足の事態が起こるのは許容できん。精鋭を集めろ。私が率い、さっさと終わらせる」

「はっ!」

 

 パルセラスとて将軍である。


「ミザリー、行くぞ」

「ええ、私達の未来の為に」


 自分の腕に自信を持つ彼は精鋭を率いて現場に向かったのだった。






 パルセラスが辿り着いた時には警戒部隊は阿鼻叫喚の渦に叩き込まれていた。高官の一人がパルセラスの姿を認め縋るように言葉を吐き出した。


「パルセラス将軍、もう包囲が破られます!」

「そのまま耐えていろ、直に終わる。ミザリー」

「はい」


 ミザリーの姿が輝き竜具を形作る。そして、堂々と歩みだした彼の自信は瞬く間に崩れた。


「何だこれは……」


 例え先の戦いで破れたとはいえ彼らは2カ国の竜騎士達なのだ。包囲している筈の部下達がいとも容易く撃破される光景はさながら荒唐無稽なものに見えていた。


「これは、どういう事だ……一体何が起きている」


 理解できない現象に呆然とつぶやく。


「これでは……。滅竜技のみでこれでは……コイツも超常の者ではないか」


 黒髪の少年が悠然と包囲のど真ん中で立っている。普通ならばさんな馬鹿な行為をする彼に嘲笑を浴びせただろう。しかし、現実は斬りかかった竜騎士の一人が突風で舞い上がる。


 左右から挟み込もうとした二人は天空から飛来する雷に撃ち抜かれ崩れ落ちた。大技を繰り出そうとした者は炎の渦に呑まれ跡形もなく消える。理解の範疇を超えた現象であった。


「ひっ……」


 全方位から襲われているにも関わらず、離れた位置に立っていたパルセラスとレグルスの視線が重なった。パルセラスの脳を恐怖が支配する。そして、彼は背を向け逃げようと動きだした。


「お前がこいつらのトップか?」

「っ!? わ、私はパルセラス将軍である!! ぶ、無礼者めっ!!」


 いつの間にかパルセラスの背後に立つレグルス。恐怖のあまり情けない悲鳴を上げ、すぐさま取り繕うパルセラスに呆れた表情を向けていた。既にこの場での戦いの決着はついていた。


「それでも将軍なのかよ……。まあ、いい。お前らの目的は何だ?」

「……」


 パルセラスは自分がバカにされた事で黙り込む。勝てないまでも、彼のささやかな抵抗であった。


「まあ大体の理由は思いつく。負のエネルギーを生み出すつもりなんだろ?」

「なぜそれを……」

「前に古竜とやらと戦った事があるんだよ。竜とはエネルギーの集合体であり、人間が生み出す負にあてられると悪に染まるってな」


 レグルスが思い出すのはカインツ達との一件だった。暴走した竜から人を助けるために竜王たちが立ち上がった。そして、同族殺しを良しとしない古竜達との壮絶な戦争の歴史の一端。


「なんだそれは?」

「それは聞かされていないのか……まあ只の駒ってところだろう。そろそろやられるばっかりは飽きてきた所だ」


 パルセラスの反応に興味を無くしたレグルスは片手を向ける。


「そ、そうだ……交渉だ」


 懇願する目がレグルスに向けられていた。


「お前ほどの力があるのなら次の世界での地位を約束する!! 私にはその権利があるのだ、この意味がわかるな?」

「さぁ、どっちに転んでも次の世界とやらに興味は無い。そこにアイツらがいないからな」

「ま、待て――」

「雷砲」


 レグルスが放った雷はパルセラスを飲み込み消滅した。一人で二か国の竜騎士を圧倒したレグルスに疲れは無い。彼は王都に視線を送っていた。


 パチパチパチ


 唐突に拍手の音が聞こえてきた。


「呆気ない駒ね。まぁそういう役割を与えたんだけど」


 漆黒のドレスに身を包んだ少女。以前、要領の得ない会話をした意味もまた今では理解できる。


「テルフィナか? お前が六王姫のトップだったんだな」

「ええ、そうよ」


 薄く微笑む彼女の隙を伺うが彼女から漂う不気味な気配にレグルスは歯噛みする。そしてテルフィナは楽しそうに話し出した。


「まさか単身で来るとは予想外だったわレグルス。それで、気に入っていただけたかしら? これは私の時代のちょっとした再現よ。平和なんてきっかけさえあれば直ぐに消えてなくなる。欲が戦争を呼ぶの」

「何が言いたい?」

「貴方にも体験してもらおうと思ってね」

「それが目的か?」

「いいえ、これはちょっとしたサプライズ程度と思ってくれていいわ」


 テルフィナが後ろを振り返り指を鳴らす。


「なんで来たんだ……」


 後方から駆けてくる足音にレグルスが振り返る。


「レグルスさん!!」

「これはどういう状況なんだ」

「理解不能ですね」


 それは急いで来たのだろう息を切らすローズたちの姿だった。彼らが見ているのは空間に現れた真っ黒な空洞。


『正義の鉄槌を!! サラダール様万歳!』


 中から聞こえてくる声。


「今回の件でサラダール様の封印はじきに解ける。それまでの暇つぶしと思ってくれていいわ。ちょうどいい、貴方達に民を殺すことができるかしら? どちらにせよ貴方もまた私たちと同じく繰り返す。楽しみだわ」


テルフィナの姿が消えると共に、ぞろぞろと狂気に侵された民たちが姿を現した。


完結が見えてきました……。

低頻度の更新ではありますが、もう暫く拙作をよろしくお願いします。

あと、感想返しが出来ずすみません。。。応援や指摘等ありがとうございます!!


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