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87話


 ベルンバッハの執務室であった部屋を後にしたレグルスは過去を反芻するかのようにベルンバッハの執務室をちらりと振り返った。


「後は任せて下さい。全て終わらせます」


 彼がレグルスに託した人類の勝利。それを成すにはやらなければならない大きな事が横たわっていると聞かされた。ルーガス王国、そしてロウダン王国側からの宣戦布告という前代未聞の知らせは起きたばかりのレグルスとて到底無視できるものでは無い。


 難しい表情で考え込んでいたレグルスの思考は声によって中断された。


「よぉ、レグルス。元気ねぇな」

「グレイスか。まあその通りだな」

「怠惰ライフはまだまだ先らしいじゃねぇか。で、どうすんだ?」


 先ほど執務室で行われた会議にはグレイスも出席していた筈である。どうやらこの質問は何かを探っているのだろうと容易に判断できた。


「どうするも何も言われた通り国に任せるさ」

「ま、それが妥当だろうな」


 返ってきた答えに興味を無くしたのか、おざなりに返したグレイスは手をひらひらとさせながら去っていった。放浪していた生来の性格からかどこか掴めない男だ。


「レグルス! 今日はもう終わったわよね?」

「んあ? アリスか……」


ひょっこりと姿を現したアリス。更にアリスの影から順にラフィリア達の顔が飛び出してくる。そして、彼女たちは期待するような視線をレグルスに向けていた。


「今日はもう暇よね?」

「まぁ、暇と言えば暇だな」

「私も混ぜてもらいますわ」

「ローズ……」

「あら? 反応が鈍いですわね。将来を約束した仲ですのに……」

「なっ!?」


 からかうような笑みを向けてくるローズ。しかし、その発言内容を黙って聞いていられる者はこの場にはいない。ずいっと詰め寄ってくるアリスとサーシャ、カエデ。そして、後ろからは微笑を浮かべたままのラフィリアから極寒の視線が降り注いでいた。


「約束って……」

「あらあら? メシアに行く前に約束しましたのに……」


 よよよ、と泣き崩れる真似をするローズ。相変わらずの性格に辟易してしまうのも無理はない。燃料を投下するその行為に少女たちの視線がさらに熱を増すのだから何とも言えない。


「それで約束って……あぁ、あれですね。一緒の部隊に入るとか何とか」

「そう! それですわ!!」

「いやまだ隊を率いる立場ではないですよ」

「いえいえ、レグルスさんと竜姫の4人合わせて5人ですね。立派な小隊になりますわ」

「はぁ~」


 久しぶりに会ってもいつも通りのローズに久しぶりの溜息が漏れるレグルスだった。アリス達の誤解も解けたことでぞろぞろと校庭を移動していくレグルス達の元に走り寄ってくる複数の影が見えた。


「おーい、レグルス!!」

「ケインかっ!?」


 そう、ケインを筆頭に同じクラスの皆やシャリア、ロイス達が駆けつけてきたのだ。


「久しぶり! 聞いたぞ、そっちも大変だったんだってな」

「ああ、冥府やら巨大な竜やら六王姫やらが襲ってきたぞ」

「はぁぁっ!?おま、それ裏組織の2つじゃん…流石だな~」


 驚いた後は監視するという見事な反応を見せたケインは見慣れない少女で目が止まる。桜色に染められた着物を着流したカエデである。ぼうっと見惚れていたケインはすぐさまレグルスの耳元に囁き替えた。


「レグルス……あちらの方は?」


 視線を送ったケインはカエデとばっちり目が合い頬を再び染め上げた。


「初めまして、メシア王国から来ましたカエデと申します」

「こ、こちらこそ初めましてです! レグルスのクラスメイトでケインって言います!!」

「ケインさんですね。よろしくお願いします」

「はい!」


 名前を呼ばれたケインは背筋を伸ばして答えていた。アリス、サーシャ、ラフィリアにも初対面時には見惚れたものだが、馴れていたケインだったがカエデもまた劣らず美少女なのだ。言葉遣いや仕草、そして着物を見れば彼女がメシア王国の上流階級だっただろう事は容易に判断できる。


 ケインは仮称お姫様を前にガチガチに緊張するのだった。そして何故かレグルスと妙に立ち位置が近いカエデに恐る恐る尋ねた。


「それで……レグルスとは――」

「はい! お嫁さんになりますね」


 それはもう満面の笑みと共にレグルスの右腕にひしっと抱き着いたカエデ。その表情は赤く染まっており見つめる瞳はもうそういう事だった。


「おい、カエデ……竜姫だろうが」

「いいじゃないですか! どちらも同じですよ!!」


 呆れたレグルスと更にひっつくカエデ。そしてその空気にあてられた少女達。


「お兄ちゃん!! ぎゅ~」

「ふふ、今日は何を作りましょうか?」


 腰に抱き着いてきた義妹と胃袋を握るラフィリアに挟み込まれるレグルス。


「あのなあ……」

「私だって……それくらい……で、できるもん」


 最後の仕上げとばかりにアリスが羞恥で真っ赤になったままちょんと左腕を抱え込んだアリス。桃色空間が瞬時に作り上げられてのだった。


 隙を見ていたローズが手をワキワキとさせながら忍び寄る。しかし、寸での所でレグルスが『勘弁してくれ』とばかりに視線を送る。


「わかりましたわ」

「くそぉ~!」


 それは魂の叫びであった。


「アリス、成長しましたのね」


 奥手で感情表現が表裏となるアリスを見てきたシャリアは感動したように呟いていた。


「や、やめてよシャリア……」


 恥ずかしそうに目をそらすアリスを見つめるシャリアは慈母お微笑みを送っていた。続けてロイスが何時ものようにマリーに通訳されながらも彼らの再会は騒がしいものとなったのだった。




「かんぱ~い!!」


 学園の食堂に場所を移した彼らはレグルス達が戻ってきたお祝いとばかりに騒いでいた。中央では女子連中に囲まれたアリス達、そして新たに加わったカエデを取り囲み何やら話をしている。断片的に聞こえる内容は恐らくレグルスと彼女たちが契約したシチュエーションになるのだろう。


 時折、黄色い悲鳴が食堂に響いていた。


 一方、レグルスを囲むのはロイスとケインである。


「レグルス、ロウダンとルーガスの宣戦布告はどうなったのだ? 僕が聞いてやろう」


 王都襲撃から日が経たない内に二か国から布告された宣戦。明るく振る舞う彼らだったがやはりその事に対しては不安を覚えているのだろう。竜との戦いではなく、ましてや同じ同盟国家からのそれは衝撃だったのだ。


 レグルスの周囲から騒がしさが消えていた。


「理不尽な話だよな。自国を守るのは自国の騎士だろう? 何でレグルスの責任になるんだよ。しかもその原因がレグルスにあるって訳がわかんねぇよ。封印ってのも弱まっていたって聞いたし……」


 詳細までは知らなくともサラダールの復活は誰もが見たものであった。事態の収束を図ったエックハルトにより断片的な情報はケイン達にも入ってきていたのだ。サラダールがかつての英雄ではなく人類の敵になったこと、古よりの封印が綻びレグルス達が利用されたことなどだ。


 レグルス達の契約と連動してとまでは伝えられていない彼らは単純に二か国の行動が理解できないと首を傾げている。


「しかし、現実的にこのような状況で戦争できる訳でもない。相手は竜騎士と市民だ。しかし、その市民達は噂のサラダール信仰という悪循環」


 小さく呟かれた言葉。そして遠くで談笑しているアリス達を見ていた。


「これ以上どうにもさせないさ」

「ん? レグルス、何か言ったか?」

「いや、とにかく面倒な話になったってな」


 暗い溜息が辺りを包んだ。


「ま、まあ、今日くらいは楽しい話題にしようぜ。せっかくレグルスが戻ってきたんだしな」

「ふむ、確かに無粋だったようだ」


 ムードメーカーのケインによって話題は移り変わっていく。


「それにしてもあのいつも気怠そうな顔をしていたのに変わったな」


 ロイスはまじまじと見つめながら感想を漏らした。寝ぐせでぼさぼさ、そして死んだ魚のような半目だったのに、今では綺麗に整えられた髪に気持ち開かれた目であった。


「ああ、髪はラフィリアやカエデが起きるとな……。目は気づかなかった」

「ご馳走様だな。まぁ、目は俺には分からいけど。よく見てるなロイス」

「そ、そうか……僕だけなのか?」


 周囲を見渡しても同意を得られないロイスは恥ずかしそうに視線を逸らした。そこにいたのはサムズアップしたマリーであり、ロイスは再び視線を戻さざる負えなかった。


 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。学園内に暮らすレグルス達とは違う彼らはアリス達に見送られながら食堂を後にしていく。テラスに出ていたレグルスは遠くを見つめるように外を眺めていた。


「レグルスさん。何を考えていますの?」

「いや外を見ていただけです」

「そうですか。……あの冥府の事件がずっと前に思えますわ」


 ローズは過去を反芻するように目を細めていた。


「確かにそうですね。あれからそう時間がたっていないのに、今とじゃ遥かに環境が違います」


「そうね。それで責任を感じているのかしら?」

「い、いや……」

「サラダールの復活はレグルスさん達の契約と連動していたと父を問いただして聞きました」


 じっと見つめるローズ。今の彼女が持つ雰囲気はふざけたものではなく、年上らしい優しいものであった。アリス達には無い余裕とも言うべきか、だからこそ、レグルスは続きを話してしまう。


「聞いていたんですか。確かに思うところはありますね。村にずっといれば避けれたんじゃないかとも言えますし。アリスやラフィリア、サーシャ、カエデを巻き込まずにすませれた可能性もあったんじゃないかと」


 数々の事情が重なりあって起こった今回の件。実際には六王姫や冥府、そしてあの頃は死神までもがサラダールの復活を進めていたのだ。村にいたところで結果は変わらない筈だ。しかし、人間の感情はそこで割り切れるものではない。


「巻き込みたくないんですね」

「ああ、俺の所為なのかもしれません。今回の件は俺が……」

「どうしました?」


 最後に呟かれた言葉は小さく、ローズには届かなかった。


「いえ、何でもないです」

「そう……ですか。それでも結局は遅かれ早かれ復活しただろう、と父は言っていましたよ。年月が経ちサラダールの封印が弱まり干渉が激しくなった。だからこそレグルスさんと同じ村に3人もの竜姫が集まったと思いますわ」

「そうなんでしょうが、ね」


 ローズは曖昧に返したレグルスの手を取っていた。


「貴方は学園の皆を救ってくれました。メシア王国だって救ったときいています。もちろん私の命の恩人でもありますわ。だから、レグルスさんは救った事実を胸に堂々としていればいいのです。私はレグルスさんの味方ですわ。だから……私との約束、お嫁さんにして下さいね」


 最後の最後に放たれた一言にガクッと崩れ落ちるレグルス。てへっと笑うローズであった。


「さ、アリスさん達が目を吊り上げる前に戻りましょう」


 テラスから中に戻った二人。


「むっ、お兄ちゃん?」

「ほら、ケーキだぞ」

「えへへ~」


 サーシャの頭をわしわしと撫でると途端に相好が崩れる。私もと続く3人に撫で撫でとケーキを振る舞ったレグルスをローズはじっと見ていたのだった。

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