82話
普段であれば子供達の笑い声が行き交い、活気ある営みが行われていた王都は凄惨な様相を見せていた。上空では溢れ出した竜が飛び交い、飛竜隊が応戦している。
その中で声を張り巡らせて指揮をとるのはフルートであった。
「西方から新たな襲撃です!!」
飛竜隊だけでは圧倒的な数的不利を覆せず、城壁にも大勢の騎士団が詰めかけ飛び回る竜を撃墜していた。空の戦いは一進一退の攻防を見せていた。
竜が民家を押し潰しながら墜落していく。煙が上がり整然と立ち並んでいた町並みは廃墟と化していた。当然ながら既に民や学園生徒達を含めた非戦闘員の避難は完了している。
各都市への受け入れが間に合わなかった者たちは城へと避難し、彼らを守るのは世界最高峰の団長達だ。守るべき対象がいない王都においてリンガス達は思う存分戦えていた。今も襲いかかってきた名無しを纏めて斬り伏せた所である。
「クソッ!! 属性竜……しかも、名無しってのは何人いやがんだ!」
既に爆発地点に向かっていく各騎士団の隊長格達の姿も見えた。ベルンバッハがかつて倒したファフニールよりは遥かに格下の属性竜ということがまだ幸いである。
何人斬ったのかすら覚えていない乱戦。リンガスは崩れかけたポイント目掛けて嵐でもって斬り伏せる作業を続けていた。しかし、襲い掛かってくる数は止むことがない。不気味な仮面をつけた名無し達、一人一人の実力はリンガスから見てもそれ程強くはない。
それでもなお疲労と焦りが彼の判断を誤らせる。戦線を立て直すために大技を放ってできた硬直を狙っていた3人の名無しが崩れた瓦礫の中から飛び出してくる。
「こりゃ参ったな……」
振り下ろされる武器を眺めるリンガスは対応出来ない。何れも急所を狙って突き出された竜具は致死のもの。諦観を浮かべ、死を確信したリンガスであったが、予期していた未来は訪れなかった。
「はあぁ!」
紫電が走り、よく見知った上司が溺愛する1人娘が名無しを切り裂く。
「この程度、僕の敵ではない」
槍を手にした少年が名無しを突き上げる。
「あ、あの、ごめんなさい!」
更に襲い掛かってきていた敵を氷漬けにする気弱な少女。
「私も負けていられませんわね」
真紅に輝く剣が敵を両断した。更に続けて飛び出してくる少年、少女達。その姿にリンガスは溜息と共に言葉を吐き出した。
「おいおい、学生がなんでここに? いや、助かったのは有難いんだが……」
レグルスと縁が深いもの達。ロイス、ローズ、ミーシャ、シャリア、ケイン、コリン、クラスメイト達である。
その中で最もリンガスと付き合いが長いローズが進み出た。
「帰ってきたら部隊に入れてとレグルスさんと約束したので、その前に国が無くなっていたら大変ですわ」
「任せていいんだな?」
リンガスは下がれと言わなかった。今さら戻れと言っても聞かないと目を見ればわかる。
それに覚悟を決めた彼ら、彼女達はこの状況では多少なりと必要であり、何より自分の目の届く所に置いていた方が安心だという打算的な判断も入っていた。
「もちろんですわ。それに、ここで戦功を上げておけば卒業後の部隊編入も有利になりそうなので」
そう言って悪戯っぽく笑うローズにリンガスは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「なら責任は俺がとる。お前らは俺と共に遊撃部隊だ」
◆◇◆◇◆
「ガルツッ!? なにが……」
横たわるガルツへと駆け寄るエックハルトは直ぐに三人の侵入者に気が付いた。スキップでもしそうな程に嬉しそうなカレンと人竜のような2人。
何れもただ者ならぬ気配を纏っている。
「冥府と我が古の血族カレン・セレニアか……」
「そっかそっか。妹のミレンちゃんの子孫かぁ〜。でもまぁ、関係ないけど」
そう言って邪悪に笑うカレンは復讐相手の1人の子孫が目の前にいる事に笑みを更に深めた。かつて自分達を封印した者達に協力したミレン。
「ガルツがやられた事にも納得がいく相手ということか」
呟いたエックハルトは一般人であった。既にカレンが向けて竜具を振るっていたが反応する事は出来ない。だが、寸前の所で立ち上がったガルツが体を張って受け止めていた。
「本命はこの三人であるか。我がエルレインの名において任務を遂行しよう」
陽炎のように見え隠れする剣を持ったガルシアが冥府を牽制するように立ちはだかる。
「お前達は王都の陣頭指揮を取ってこい!!」
自分も戦おうとしていた幹部達であったが、三人の騎士団長達が初めて見せる顔色。そして対する三人との実力差を感じ取り大人しく身を引いた。それ程までに異様であった。
「ガルツ!!」
巌のような体躯をしたがルツがカレンの細腕に押され始めていく。咄嗟にシュナイデルは光輝く槍を鍔迫り合いを繰り広げていたカレンに向けて投げはなった。
高速で飛来する槍を見もせずにかわしたカレンの出来た僅かな隙にガルツはエックハルトを片手に抱えて大きく後退した。
「ガルツ……お主」
エックハルトを背に片膝をつくガルツは盛大に吐血していた。
「死風を受けてまだ立ったのは褒めよう。だが、限界だな」
「騎士団長とはこの国の頂点。まだまだ終わらん!!」
肩で息をするガルツは悔しそうに眉を潜めると竜具を構え直す。既に腕の力は失われ感覚すら消えている。だが、気迫で立ち上がったガルツと前に出たシュナイデル、ガルシアの二人。
騎士団長の一角が既に満身創痍。相手はその一角をいとも容易く粉砕した六王姫と冥府の二人という事実。
だが、この国には英雄が存在する。そして、その英雄は静かに怒りの炎を蓄えていた。コツコツと鳴る足音と共に姿を表した伝説。
「ミハエル、エリザベートを殺したのは誰じゃ? 答えよ」
既に臨戦態勢に入っているベルンバッハの竜具は鍔の鬣が青白く燃え盛り、踏みしめた地面が融解していた。
「俺とシェイギス、いやレーー」
「喰らい尽くせ、蒼炎獅子よ」
青白く染まる炎が形を成し、獅子となってジャックへと襲い掛かった。
「この俺に炎は効かねぇよ!!」
それは既にベルンバッハと同格のミハエルを倒していた事から生まれた自信故か。
「避けなさい、ジャック!」
「なに、避けれんよ」
焦った声を上げたカレンだったが、既にジャックは蒼炎の獅子に噛み付かれていた。ジャックとてベルンバッハの竜具の力は伝え聞いている。曰く、炎を喰らうものだと。
だが、彼は竜そのものの力を宿す。その竜たる力が負ける筈はないと体を赤熱化させていく。
「俺は紛い物じゃねぇ、本物の竜だぞ?」
故にジャックは不敵に笑う。セレニア王国の支柱となるミハエルは既に殺した。次は英雄ベルンバッハの番だと。
彼らが縋る英雄が真正面から成すすべもなく負ければ僅かに見えた光明は木端微塵に砕け散るだろう。圧倒的に蹂躙し、自信を打ち砕かんと更に笑みを深める。
「英雄はご退場だぁ」
「儂はこの国を背負う英雄じゃて」
否、ジャックの笑みが凍る。
「小童が粋がるな。のう?」
ベルンバッハはそう甘くはない。
この一瞬の攻防によって勝敗は決していた。
「このジジイがあぁっ」
赤熱化により蒼炎獅子を燃やそうと考えたジャックだったが、蒼炎獅子が燃やし負けるどころか徐々に白へと変わっていく。
「くそッ! この俺が……この俺がこんなとこでーー」
「死ねい」
竜の力を得てから感じたことのない熱さ。それがジャックに襲いかかっていた。
「ミハエルを倒したとてそれは慢心が無かったからじゃろう? 貴様の死因は慢心からじゃ」
そして、ベルンバッハが手に持つ炎獅子を振るおうとした時、ジャックの顔に絶望が色濃く浮かぶ。
「この役立たず!」
すかさずカレンが動こうとしたが2人の騎士団長が牽制するように竜具を放つ。
「いきなり本丸は取らせんぞ」
「ふん!」
その一撃一撃は恐れるに足りないが、無防備に受けるわけにもいかない。それは、クレストとて同じだ。
「チッ、このアホ! 早々にやられて使えないわねぇっ!! 何の為に竜の力を分けたと思ってるのよっ」
「申し訳……あり……ません」
カレンの悪態と共にジャックは白く燃え盛り、灰すら残さずに消え去った。




