80話
時を同じくしてセレニア王国の王都にもまた警報が鳴り響いていた。不吉なその音を合図に慌ただしく騎士団の者達が走り回る王都は緊迫感に溢れていた。
「タイミングが良いのか、悪いのか……」
エックハルトは微かに見える黒い点を眺めながら呟いた。既に王都の住民は近隣の都市へと移送している。経済の中心である王都を機能不全にするには多大な悪影響を及ぼす。
期間が長くなればなるほど大きくなる悪影響に懸念を示していた上層部であったが、やはりと言うべきか起こった襲撃に複雑な心境であった。
エックハルトの眼前では騎士団の幹部達が一同に介している。自らの王の言葉を待ちわびる彼らの中でも特に厳かな表情を浮かべる面々。
「水晶騎士団を除く騎士団は外壁につき王都の防衛、各騎士団長は四方を固めよ。騎士団は全てで持ってい竜の撃退を任せる。そして、水晶騎士団よ汚名を晴らせ」
「「「はっ!」」」
ミハエルやリーリガルの死を契機に姿を消しているシェイギスという容疑者をトップに据えていた水晶騎士団の面々は硬い決心のもと頷くと出立していく。
胸に刻んだ水晶騎士団の紋章は彼らの誇りである。団長が国に対して最大の反逆行為をしたとの容疑がかかっている彼らにとってはまさしく疑いを晴らす絶好の機会であった。
「お主らに全てが掛かっておる」
そんな彼らを見送ったエックハルトは目の前に立つ面々を見据えた。シェイギスが姿をくらましリーリガルが殺害された今、五大騎士団の戦力は大幅に下がっていた。
ミハエルが欠け、騎士団長は三名となり、かつてのセレニア王国ほどの余裕はない。
だが、ここに居るのは紅蓮騎士団ガルシア・エルレイン、砂牙騎士団ガルツ・ファラミア、翡翠騎士団シュナイデル・ライブルク、そして英雄ベルンバッハである。
何れもどの時代に生を受けても英傑として数えられる者達だ。口々にエックハルトへと決意を秘めた声音で返事をする。
彼らに任されたのは内部へと繋がる四方の門の守護である。門を抜かせなければ封印の陣を破壊される事は無く、仮にそこを抜かれれば第二陣の封印が脅かされる事となる。
「分かってはいるだろうが、ミハエルとリーリガル、そしてシェイギスが居なくなった今、我が国に回せる戦力は半減したと言っても良い。だが、負けるわけにはいかぬ」
「守り抜きましょう」
エックハルトの言葉に各々が反応を見せる。重く頷くガルツはその岩のような巨体の胸に手を当てる。
「お任せを」
そして、シュナイデルが頭を下げる。
「我がエルレインの名にかけて」
ガルシアが片膝を付き騎士の礼を取る。
「我が国ならず他国全ての命運が掛かっておるのじゃ。何れも抜かせはせん、儂が守り抜こう」
そして、ベルンバッハが頷いた。
「勝利をセレニアニ捧げよ」
エックハルトの視線を背に彼らは持ち場へと歩み去る。四人の双肩に乗るは人類である。セレニア最強戦力が動き出す。
その光景は各国でも同じく見られたものである。規模は違えど各国の精鋭達が決戦へと挑もうとしていた。
「どの国が落とされてもいかん……世界を巻き込む争いか……」
世界の命運を賭けた戦いが始まろうとしていたのだ。
◇◆◇◆◇
強靭な四肢は既に大地に根を張ることもできずに倒れ伏していた。獅子のような鬣を持つ雷竜王ボルテクスは憎々しげに目の前に立つ者達を睨みつけた。
「もはや止められぬか……いや、止まらぬか。残る儂が消えればサラダールの楔は弱まる。主らは我らを憎むか」
「いえ、私達は竜王には感謝しているの。この力を授けてくれた事をね」
そう言って笑うテルフィナはそっと右手をボルテクスに当てる。
「遅かれ早かれこうなっていたのだろう。天竜王を抑えつけるには力が足りなんだ」
その言葉を最後に雷の化身、自然そのものであるボルテクスは消えた。
「ふふ、ふふふふ」
「ご機嫌だね、テルフィナ」
「あら、早いわね。アリエス」
振り向かずに答えたテルフィナは目の前の最後の竜王が消えたことに喜びを抑えきれないのか笑みを讃えたままだ。
「あの紛い物が中々手強くてね。カレンがやられちゃった」
そう言って担いでいたカレンを降ろした。テルフィナは倒れたカレンの元へと近づくとそっと左手を添える。
「そう、レグルスが……。でも、もう遅いわ」
「これから攻めるんだよね?」
アリエスの言葉に被せるように倒れていた筈のカレンががばりと立ち上がる。
「だあぁっ! 油断したわ!! 頭に来るわね、もう!!」
地団駄を踏むカレンは怒りが抑えきれないのか漏れ出す熱気が大地を溶かす。
「煩いよ、カレン」
眠たそうに答えたフィオナは欠伸を噛み殺しながら目を擦る。
「何よ、フィオナ!」
「まあまあ、落ち着きなさい」
「カレンもニーナも煩いよ。眠いんだから」
ギャーギャーと言い争いをする3人を微笑ましそうに見つめていた少女はテルフィナへ問いかけた。
「それよりも、落とせますか?」
翡翠の髪を持つ少女、ララの言葉にテルフィナは頷く。
「私達が一人ずつ行くの。そして、既に始まっているわ。メシアには頭文字の全てとアリエス、もう一度お願いね。数が減ったとはいえ強敵が多いセレニアには冥府クレストとジャックを連れていって、カレン」
そう言いながらどこからか出した勢力図に記された戦力の配分。
ロウダン王国の五大武団に向けられたのは天地破軍と二将、天将メイヴィスと地将リリアン。最後にニーナ・ロウダンである。
リシュア都市連合国、守護三結と相対するは冥府ヒューストンとララ・リシュア。
ルーガス王国、聖騎士には冥府ビスケス、フィオナ・ルーガス。
「名無しの全てを各国にもう回してあるわ。総力戦ね」
「と言う事はアガレシアには貴方と冥府レウスかしら?」
「そうよ。それにしても、まさかガイウスが負けるなんてね。ヤマト、見誤っていたかしら?」
可愛らしく首をコテンと傾げたテルフィナであったが、言葉とは裏腹に悲壮感はない。
「でも気になるのはレグルスと死神だけね。グレイスはさっさと殺しておけば良かったかしら」
「キャロルとの契約程度では驚異になりえませんしねぇ……」
「でもまあその二人が注意かしらね。さて、行きましょうか」
パンと軽やかに叩かれた手と同時に空間がグニャリと曲がる。そしてその場から彼女たちは消えていた。
大陸の中央に位置するアガレシア皇国。その皇都に聳える天の塔を眼前に捉えたテルフィナは口を釣り上げながら手を広げた。
彼女の後ろに控えるのはシェイギスであった冥府レウス。軽薄な笑みを浮かべている。
「勝てますか? テルフィナ様。ここには滅竜騎士が勢揃いですよ」
「問題ないわ。どうせ、滅竜騎士がいない5ヶ国じゃあ1人も冥府と私達に勝てる者はいないもの。あるとすればレグルスと死神の介入かしら? アガレシアは滅竜騎士達は劣勢の知らせを聞いて動くんじゃない?」
「なら良いんですが……」
シェイギスとて滅竜騎士の実力は身を持って知っている。リーリガルと他副騎士団調停達がいたがそれは彼らにとっては驚異たり得ない。
だが、冥府二人がかりでミハエルはまさしく奮闘した。それなりの手傷を追った彼らがすぐに復帰できたのはテルフィナの能力のお陰でもある。
万が一にもそこにベルンバッハかジークハルトが居れば負けていたのはレウス達だったのかもしれない。
だが、そんな事にも興味がないのかテルフィナは広げた腕をそっと閉じる。
「さて、始めましょう。どちらかが死ぬか生きるかの戦いをね」




